第58話

「軽食は全て食べ終わりましたし、そろそろ温室の方に移動しますか?」


「ええ、そうですね。そこは思い出の場所ですので、案内して頂けるのならお願いしたいです」


「では、行きましょう」


 アデレードは今まで滞在していたガゼボを出るにあたり、再度メイドを呼びつける。


「私達はここから温室に向かいますわ。なので、ガゼボの後片付けをお願いしていいかしら?」


「畏まりました、アデレードお嬢様。私達はここの後片付けをしますので、他のメイドに温室の方に向かうよう声をかけておきますね」



 メイドにガゼボの後片付けを頼み、アデレードとウィリアムとローランは温室へ向かう。


 温室は上から見下ろすと大きめの五角柱型の建物で、屋根の部分は五角錐になっている。


 五角錐の頂点には黄金の薔薇のオブジェがちょこんと乗っており、太陽の光が当たるときらりと輝く。



 今日も温室は解放されているので、三人はそのまま温室の中へと足を踏み入れる。


 温室の中は青紫色の紫陽花が壁側にぐるりと植えられており、温室の内側から見ても、温室の外側から見ても美しい青紫色の紫陽花を堪能することが出来る。


 紫陽花の花はこんもりと大きいので、沢山の紫陽花の花が集まると、見応えがある。


「見事な紫陽花ですね。青紫色の紫陽花だけではなく、ピンクや赤紫、白の紫陽花もあって、見ていて目が楽しいです」


「青紫だけは地面に直に植えていますが、後は鉢植えにしておりますわ。庭師が言うには、結構色の調整が大変だったようなので、お客様に見せて色合いが美しいと仰られると私達も嬉しくなりますわ。ローラン様はどのお色の紫陽花が好きですか?」


「私は王道の青紫が好きですね。自分の瞳の色にどことなく似ていて親近感があります」


「そう言えば、ローラン様は私と出会った時、瞳は青でしたわよね?」


「ええ。成長するにつれて今みたいな青紫のグラデーションのような色合いになっていきました」



 温室の中は紫陽花がメインに植えられているとは言え、他の植物や花も育てている。


 温室は庭園と違って屋根も壁もある建物の中なので、風や大雨といった自然環境に晒されている中では育てにくい珍しい花を育てていたり、品種改良中の花を育てている。


 アデレードはローランにそれらを紹介しながら案内する。


 すると、ソファーが置いてある場所までたどり着く。


「これはローラン様が昔、座っていらしたソファーですわね。お天気が良ければ明るく、かと言って直接太陽の光を浴びる訳でもないから、ここで読書をするというのはすごく分かりますわ。しかも人は庭師が温室の手入れをする為に来るくらいで、ほとんど来ないから静かにゆっくりしたい時は最適の場所です。そう言えば昔、ウィリアムもよく自室を抜け出してここにいましたわね」


「もう、アデレード姉様! そんな昔のことをお客様の前で言わないで下さい!」


 アデレードによって思わぬ暴露をされたウィリアムは慌てて制止しようとするが、既にアデレードの口から出た言葉は消えない。


「ウィリアム君はどうして自室を抜け出したりしたのですか?」


「それは勉強から逃げていただけですわ。次期伯爵としてかなり小さい頃から家庭教師を手配されていたのです。昔のウィリアムは少々やんちゃで勉強よりも遊びたい男の子だったのです」


「私にも身に覚えがあるので気持ちはわかります。しかし、今のウィリアム君からはあまり想像出来ない一面ですね」


「そんなことをしていたのは本当に一時期だけでしたけれどね。今はすっかり落ち着きましたわ。さて、これで温室も案内が終わりましたので、そろそろ本邸のサロンの方へ向かいましょう」



 庭園と温室の案内は終わり、アデレードとローランとウィリアムは本邸のサロンの方へ戻ることになった。

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