第17話

「え? それは一番外側にあるナイフとフォークから使っていくんだが……もしかして知らなかった?」


「食事をする時にこんなに沢山ナイフとフォークが並んでいるのなんて初めて見たの。わかる訳ないわ」


「こんな初歩のことも知らなかったのか……? 嘘だろう……? バーンズ伯爵家ではアデレードに虐められていたけれど、伯爵令嬢としての勉強はしていたと言っていたじゃないか」



 リリーはベンに嘘をついていた。


 彼女はベンの前で義姉に虐げられていても健気に頑張る伯爵令嬢を演じていた。


 その一環で、アデレードに虐められているけれど、伯爵に認められる為に伯爵令嬢としての振る舞いを日々勉強していたことにしていたのだ。



 彼女が作り出した設定ではこのような物語ストーリーになっている。



 リリーは両親が死亡し、叔父である伯爵に引き取られた。


 リリーは伯爵の養子になったけれど、伯爵の実子であるアデレードがバーンズ伯爵令嬢は自分一人で十分だと主張。


 アデレードはリリーのことが気に食わず、やがて虐めるようになる。

 

 しかし、伯爵は姉妹間の仲は我関せずで、アデレードがリリーを虐めているということは黙認している。


 そこで伯爵令嬢としての振る舞いを完璧に身につけ、伯爵にリリーを認めさせ、父という立場からアデレードを叱ってもらい、リリーに対する虐めをやめさせる。


 リリーが伯爵令嬢として認められる道のりは険しく、中々認めてはもらえない。


 アデレードによる虐めは続いているし、伯爵にも認めてもらえないことで悩んでいた時にベンと出会った。



 勿論、これは事実ではない。


 そういう設定にしてあるだけだ。


 実際のリリーは伯爵令嬢に相応しい振る舞いなど一切学んでいない。



 実際には学んでいないことを学んだと嘘をつく。


 これは極めて問題がある。


 

 何故なら”これは自分は学んだから出来る”と吹聴し、いざそれが必要な場面になった時、やれと言われた時に出来なかった場合、嘘つきであることが発覚し、信用を失うからだ。


 何らかの理由があって実際には出来ることを出来ないと言うよりも質が悪い。



「そ、それは……勉強はしていたけれど、緊張で全部頭から吹き飛んじゃったの!」


 リリーはベンの問いにしどろもどろになりながら何とか答えたが、答えとしては不適切だった。


 

 最初にどのナイフとフォークを使うのかというテーブルマナーの中でも初歩的なものを知らず、ベンに質問したのは、伯爵夫妻にいい攻撃材料を与えてしまった。


 良い攻撃材料が落ちていて、伯爵夫妻は勿論それを見逃すはずがない。



 このディナーは、ただ単に食事を楽しむ場ではない。


 リリーは伯爵夫妻にどんな人物なのか観察されていたのだ。



 それに伯爵夫妻は話をするよりもまず食事をするよう自然に誘導したが、これはテーブルマナーのテストも兼ねている。


 伯爵夫妻は前情報として、経緯は不明だが、ベンの新しい婚約者になった伯爵令嬢と聞いている。


 話をするにあたり相手の情報は出来る限り掴もうとするのは当然だ。


 

 また、マナーはどの程度習得しているのかを確認するには、このディナーはちょうどいい。



 伯爵夫妻の思惑に気づかず、リリーはベンの家族とお話しながら美味しい食事をする程度の呑気な認識でしかなかった。



「そこのお嬢さんはテーブルマナーはよくご存知ではないのね。アデレードちゃんの義妹だと聞いたから、てっきりマナー関係は完璧に出来るお嬢さんなのかと思っていたけれど、そうではないのね」



 伯爵夫人はアデレードを気に入っていて、彼女のことは親しみを込めてアデレードちゃんと呼んでいる。


 夫人にとって、彼女は既に自分の娘のようなものである。


 アデレードはバーンズ伯爵が厳選して雇った優秀な家庭教師の下でしっかりとマナー関係を勉強していたので、トーマス伯爵家で伯爵夫妻と一緒にランチをした時もマナー関係で一度も粗相はしたことがない。


 そんなアデレードを引き合いに出して、彼女とは大違いだと言外に告げる。



「そうだな。伯爵令嬢だと聞いていたからテーブルマナーは大丈夫だろうと思って、いつも通りのフルコースの料理にしたのだが。この様子だと無駄な気遣いだったようだ。君の分だけもっと簡単に食べられる料理を出すべきだったかな」



 伯爵の方も仮にも伯爵令嬢を名乗るのであれば、テーブルマナーは身についていて当然だと言外に言っている。


 どのナイフとフォークから使うのかさえわからないのなら、平民同然だと評価している。



 リリーは早くも窮地に立たされた。





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