第8話

 そして、約一時間後、伯爵は手紙を書き終え、その手紙を手にベンとリリーがいる応接室に自ら出向く。


 二人はアデレードが退室した後も応接室に居座っていた。


 家令のテレンスからの指示を受け、メイドがクッキーと紅茶を用意し、適当なタイミングで二人に出して、ベンの滞在を引き伸ばしていたのだ。


「伯爵閣下、お邪魔しています。私達に何か御用ですか?」


 ベンがアデレードと交流する為にバーンズ伯爵邸に訪問し、伯爵に挨拶する時には常にだるそうでやる気がなく、自分がわざわざ出向いてやったのだと言わんばかりの態度を取っていたのに、今日はやけに相手が好印象を抱くような明るく礼儀正しい態度だ。


 ベンの声のトーンも明らかにいつもよりも高くなっている。


 伯爵はそれに気づき、不快な気持ちになったが、貴族としての腹の探り合いを幾度となくしている彼にとってはそれを隠すのは造作もない。


「アデレードから話は聞いた。あの子と婚約破棄して、新たにリリーと婚約するそうだな」


「そのつもりですが……もしや伯爵閣下は反対ですか?」



 アデレードが婚約破棄を承知し、新たにリリーと婚約することについて、バーンズ伯爵家の意向として異論はないと言っていても、彼女は伯爵家の娘であり、家長である伯爵の言葉ではない。


 貴族の令嬢の婚約関係については家長の許可が必要だ。


 いくら当人が良い返事をしていても、家長が認めなければ婚約は成立しない。


 伯爵が婚約について言及したので、ベンはもしかしたら伯爵に自分とリリーの関係を認められないのではないだろうかと不安になる。



「アデレードが君に伝えた通り、バーンズ伯爵家としては異論はない。私も認めよう」


 伯爵の認めるという言葉にベンはホッと肩をなでおろす。


「ありがとうございます! リリーは必ず幸せにします!」


「わたしはベンのお嫁さんになれるのね! やったー! わーい!」



 伯爵の二人を認めるという発言に、ベンとリリーは手を取り合って喜びを分かち合う。


 二人とも弾けるような笑顔だ。


 伯爵が二人の関係を本気で認めていると微塵も疑っていない。



「それで私からトーマス伯爵宛てに手紙を書いた。内容は君達の婚約についてだ。この手紙は必ずトーマス伯爵に渡しなさい。それと、君は伯爵夫妻に新しい婚約者としてリリーを紹介する予定だろうから、今日、このままリリーをトーマス伯爵家に連れて行ってもらって構わない」


「手紙は間違いなく父上に渡します。それとリリーを両親に紹介する為に我が伯爵家に彼女を連れ出す許可を伯爵閣下から取らなくてはと思っていたから、その件については有難くご好意に甘えます」


「ああ、気にするな。何ならリリーはバーンズ伯爵家に戻らず、そのままトーマス伯爵家で暮らすということで問題ない」


「本当ですか! 伯爵閣下がそう仰られるなら、我が家で預からせて頂きます! 結婚式までリリーは我が家で暮らしながら花嫁修業でトーマス伯爵家について勉強してもらっていたら丁度いいな。母上が張り切って教えてくれるだろう」


「ベンの家の屋敷で過ごすのは別にいいけど、花嫁修業なんて大丈夫? ベンのお母さんが怖い人で虐められたらどうしよう……」


 リリーは不安の宿る瞳でうるうるとベンを上目遣いに見つめる。


 上目遣いに見つめられたベンは胸をドキドキと高鳴らせながら、彼女を安心させるような優しい口調で答えた。


「母上は優しい人だからきっと大丈夫だ。うちの伯爵家の女性は母上だけで、お嫁さんが来たらお嫁さんとお茶をしたり、一緒にお買い物したり女同士で楽しみたいと確か以前口にしていた。リリーのこともすぐに気に入って可愛がってくれる」



 トーマス伯爵家の家族構成は、ベンの両親である伯爵と伯爵夫人――名はゴードンとバーバラ――、長男のベン、二男のトビーという四人家族だ。


 アデレードはベンの婚約者として三か月に一度程度の頻度でトーマス伯爵家を訪問し、将来の義理家族と交流を深めていた為、当然トーマス伯爵一家の全員と面識がある。


 ベンはアデレードがトーマス伯爵家を訪問していた時も、アデレードには目も向けず自室に閉じこもり、トーマス伯爵夫妻が自室から出てアデレードの相手をするよう注意しても言うことを聞かなかったので、その間、アデレードはベンを除いた伯爵一家と交流していた。


 その結果、アデレードは婚約者であるベンよりもむしろベン以外の家族との親愛度が高まった。


 伯爵夫人が言っていたという女同士で茶会や買い物を楽しみたい相手とは、勿論アデレードのことである。


 夫人はアデレードを気に入っていて、息子の嫁としてトーマス伯爵家に来てくれる日を楽しみにしていたのだが、ベンはそれを知るよしもない。



「ベンがそう言うなら大丈夫そうね! ベンのお母さんに気に入られるように頑張ろう」


 リリーはベンの言葉に安堵し、花嫁修業をすることに同意する。





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