第6章 海浜都市レオーネ編 第4話(4)
聖塔を出ると、夏の名残を残す太陽は少しずつ天頂から傾きつつあった。
日暮れまではまだ時間があったが、クランツにはこの町で他に行く所もない。それに、行かなければならない場所は決まっていた。クランツは見当をつけ始める。
この状況で、クラウディアが一人になりたいと言い出して、行きそうな場所。
先日のことも考えると、可能性は一つしかなさそうだった。
クランツは天頂に淡く輝く太陽を見上げると、呼気と共に意気をつけて走り出す。
今の彼女に届く言葉を自分の心の奥から探し出そうとしながら、クランツはただ一心に、クラウディアの元へと走った。
町の南端、海岸霊園の最端にある大墓石の前――案の定、そこに彼女は佇んでいた。白雲の空から降り注ぐ淡い陽光が、儚く佇む彼女の朧な影を照らされる草地に落としている。
クランツの気配に気づいたのか、振り返ったクラウディアは、虚ろなほどに穏やかな表情で、クランツのことを見つめた。
「クランツか。よくここがわかったな。一人にしてくれと言ったはずだが」
「他にあなたが行きそうな場所が思い当たりませんでした。邪魔なら宿で待ってますけど」
済まなさそうに言うクランツの言葉に、クラウディアはふっと相好を崩して首を振った。
「君は人が善いのだな。そんなふうに言われると、こちらも毒気を抜かれてしまうじゃないか。……帰らなくていい。むしろ、誰かに傍にいてほしいと思い始めていた頃だ」
そう言って、クラウディアは穏やかな、しかしどこか寂しそうな微笑をクランツに向けた。
「君がよければ、少し傍にいてほしい。一人だと、どうも頭ばかりが空回って困る」
「……わかりました。僕でよければ」
クラウディアの言葉を受け取り、クランツは一歩ずつクラウディアのいる大墓石の前へと歩み寄る。光を浴びる棺桶に近づいていくような神妙な感覚をクランツは覚えた。
そうしてクランツは大墓石の前に立ち、クラウディアの隣に並ぶ。見上げた彼女の横顔は、翳る日に照らされているからか、どこか淡い影を帯びているように見えた。
クラウディアは何も言わず、ただ黙って目の前にある光を浴びる大墓石を見つめている。それはまるで、そこに眠る人と、言葉のない対話をしているかのように見えた。
彼女なりに、答えを探そうとしているのだろう。今のクランツにはそれがわかる。
シャーリィから彼女の通ってきた経緯を知らされた以上、今のクラウディアの内心が混迷を極めていることくらい、今のクランツには察しが付く。
レオーネの町の人々への被害を食い止めるために、かつての家族である十二使徒をその手で討つ――その状況に、彼女の抱いている問題が、全て集約されているだろうことも。
「…………」
見上げるクラウディアの表情も瞳も、見ていて悲痛に思えてくるほどに感情を映さない。
今まさに混迷の淵にある彼女に何も言えない自分に歯痒さを感じて、クランツは俯きかける。そんな中、隣からクラウディアの力のない声が聞こえてきた。
「どうして、私がここにいると思った?」
探るような様子のクラウディアの言葉に、クランツは正直に言った。
「あなたのお母さんのお墓が、ここにあるから。昨日も来てましたし、他に行く所も思いつかなかったから、もしかしたら、と思って」
クランツの言葉に、クラウディアは、そうか、と小さく呟くと、穏やかな声で言った。
「母様と話をしていたんだ。母様だったらこんな時、どんな決断をしたのだろうと思ってな」
墓前での、故人との魂の対話――両親を亡くしたクランツにも、わかるものがある。
「クラウディア。あなたのお母さんのこと、シャーリィさんから少し聞きました」
「そうか……シャーリィ様は、何か仰っていたか?」
クラウディアの言葉に、クランツは言葉を選んで、クラウディアに伝えた。
「セレニアさんを救いに行けなかったことを、今でも後悔していたみたいです」
「そうか……そんなふうに思い続けてもらえているだけでも、僥倖だな」
寂しげに零したクラウディアに、クランツは何だか申し訳ない気分になった。
「すみません。勝手に話を聞いたりして」
「謝ることはない。シャーリィ様の意思だったのだろう。むしろ、君に少しでも私達のことを理解してもらえたのなら、それは喜ばしいことだと思うよ」
クラウディアの影がわずかに緩む。その隙に、クランツは訊いていた。
「クラウディアにとって、お母さんは――セレニアさんは、どんな人だったんですか?」
するとクラウディアからは、穏やかな声で、意外な答えが返ってきた。
「実を言うと、私は母様のことも父様のことも、よくは知らなかったんだ」
「え……そうだったんですか?」
「何しろ、村を焼かれて母様と別れた時は、私はまだ何も知らない子供だったからな。母様がこの王国を支える六星の一角として大きな役割を果たしていたことや、魔女と人間の間の軋轢を埋めるために苦心していたことなどを知ったのは、随分後になってからのことだ。そういう意味では、私は大人になるまでに随分な回り道をしたのかもしれないな」
自嘲するように呟き、クラウディアは茫漠とした様子で話を続けた。
「そして今でも、母様のことについて知らないことは多い。私はまだ、母様が目指したものも、そこに至ろうとした母様の戦いの生涯も、十分に知ることができていない。私が及びもつかないのも、当然のことだろうな」
ふふ、と小さく笑ったクラウディアの表情から、笑みの色が徐々に薄れて消えていった。
「母様は、きっと誰よりも、己の信念に生き、それに殉じた人だった。誰よりも意思の力を信じて、その力で歪んだ世界を正そうとした人だ。私はその名に泥を塗るわけにはいかない。
だから、答えは、私自身が出さなければならない……わかっては、いるのだがな」
呟き、表情に影が差すクラウディアに、クランツの胸に暗澹とした思いが渦巻く。
迷っているのは、彼女だ。その答えを出すのも、最終的には彼女自身だろう。
それでも、その迷いにほんの少しでも、自分が何かを導くことができないか。
この町に入る前から――いや、彼女の過去に触れ始めた頃からずっと抱え続けていた悩みが、もう何度目かもわからない無力感となって、クランツの胸をじくじくと蝕む。
それでも、シャーリィに彼女の過去の話を聞いた時、自然と決めたのだ。
彼女を救えないことを、自分の無力のせいにはしない。力がないことを言い訳にはしない。きっと、それは力がないのではなく、自分が届かないと勝手に諦めているだけだから。
なぜそんな考えに至ったのか、思い返すと不思議だった。だが、クランツの心は、自然とそう、クランツ・シュミットという少年の中心から命じていた。
諦めるなと。彼女を救えるのなら、その身を擲(なげう)つと誓ったのだろうと。
今も枯れることなく溢れる、ただ一筋のその想いが、クランツに勇気と共に口を開かせた。
「クラウディア。十二使徒の人と戦うって話……本当にいいんですか」
クランツの問いかけるような言葉に、クラウディアはわずかに間を置いた後、答えた。
「ああ。……私の手で、この町を脅かす十二使徒を討つ。これ以上、彼らに町の人々を脅かさせるわけにはいかない。それに、彼らとけじめをつけられるのは、私しかいない。
私が彼らと決着をつける。事を収めるには、それしかないだろう」
そう語るクラウディアの言葉は、とても決然とした意志に満ちたものではなかった。他に選べる道がないが故の選択。それが彼女の導き出した最善の答えだとは、クランツにはどうしても思えなかった。クランツは糾すようにクラウディアに言葉を重ねていた。
「クラウディアは……本当にそれでいいんですか。本当にそれで、けじめをつけられますか」
クランツの言葉に、案の定、クラウディアは力ない呟きを返した。
「……わからない。その答えが自分で出せるなら、こんなに悩んだりはしていないだろう。だからこそ、こうして母様の元に来たのだろうな」
そして、クランツに覇気のない顔を向け、何を思ったか、こんなことを言った。
「いずれにせよ、これは私自身の問題だ。……君が巻き込まれる必要はない」
「――――――――」
知らず、歯が食い縛られ、拳が握りこまれる。
彼女のその言葉が、クランツ・シュミット少年の、心の鍵を外した。
「……いいかげんに、してください」
「……クランツ?」
怪訝に思ったクラウディアに、クランツの口から歯止めを失った言葉が溢れ出していた。
「君が巻き込まれる必要はないって……だったら、何のために僕を傍にいさせてくれたんですか? 僕があなたの力になりたいって気持ちは、まだ伝わってなかったんですか? 僕はずっと、あなたの力になりたいと思って、ずっとあなたを想っていたのに……僕はいつまでも、あなたにとって子供のままですか⁉ 僕は……まだ、そんなに頼りないですか⁉」
「クランツ……」
その剣幕に気圧されるクラウディアに、クランツは声を震わせて叫び続ける。
「僕はずっと、あなたに救けてもらったあの日からずっと、あなたのことが好きだった! あなたに喜んでほしくて、あなたの力になりたくて、僕は自警団に入った! あなたのためになれるなら何だってできると思って、いつまでもあなたの傍にいようって誓ってた! だから、あなたに旅業に同行を許してもらえた時、僕は嬉しかった……やっと、あなたに信じてもらえたって思えて、一生で一番嬉しかった!」
なのに、と、クランツは肩を震わせ、涙混じりに後先を考えない言葉をぶつけていた。
「僕は……まだ、あなたにとって、頼ることもできないただの子供なんですか⁉ あなたの抱えている傷を、少しでも一緒に背負いたいのに……僕は……いつまで経っても、あなたの心に近付くこともできないんですか……⁉」
クラウディアが息を呑んだのがわかった後、涙に声を震わせていたクランツは冷静さを取り戻すや否や、しまった、と、己の早計さを呪った。感情に身を任せて、彼女の気持ちも考えず、勝手な言葉をぶつけてしまった。これでもう、戻れはしないだろう。
絶望に目を伏せかけるクランツに、クランツ、と、力のない声が返ってきた。
思わず顔を上げると、そこには、今にも泣き出しそうな顔をしたクラウディアがいた。
「君の気持ちは、嬉しいと思う。だが……だとしても今は、どうすればいいんだ」
返ってきたクラウディアの言葉は、混迷の色をより深めたものだった。
「君がいくら私の力になろうとしてくれていても、十二使徒は私を付け狙い、レオーネを襲うことをやめない。アルベルトから託された魔戒計画も、私達が行動を続けない限り、いずれ王国に大きな災厄をもたらすことになるかもしれない。私や君の気持ちなどお構いなしに、時間は流れて状況は動いて、取り返しがつかなくなる。……そんな状況で、私に私情を通すなどという選択が許されると思うのか?」
それは、言葉を重ねるだけではどうにもならない、彼女が直面している「現実」だった。
クラウディアの言葉に、クランツは慎重に言葉を選びにかかる。
ここで、彼女の心を解きほぐす言葉を選べないのなら、自分の言葉に価値などなくなる。彼女が何を悩み、恐れているのか――整理した上で、クランツは言った。
「許すも許されるもないと思います。あなたの信じる行動をするべきじゃないですか」
クランツの進言に、クラウディアはとんでもないとばかりに目を伏せた。
「この状況で私の好きにやれるわけがない。私が十二使徒を止めなければ、この町やこの先の王国の人々にも被害が出る。魔戒計画を止めるためにも、私が率先して戦うしかない」
「それを決断しきれないから、あなたは迷っているんでしょう? それはきっと、あなたが納得できてないってことなんだと思います。本当に進むべき道はこれじゃないってことを、あなたはきっとわかっている。だから決めきれないんじゃないですか?」
クランツの言葉に、クラウディアは口を噤む。クランツはそこに迷わず言葉を重ねた。
「クラウディア。僕はまだ、あなたについて知らないことが多くあると思います。あなたが、尊敬しているお母さんのことを多く知らないように。けど、僕は知っていることがあります。――あなたは、もうこれ以上、何も失いたくないんでしょう?」
「……!」
それは、これまで彼女と行動を共にした中で得た、クランツの彼女についての確信だった。
告げられた言葉にクラウディアが瞠目する中、クランツは構わず言葉を続ける。
「だからあなたは苦しんでいる。かつての家族も、今の仲間も、この王国の人達も、皆守りたい……だから、一つでも切り捨てるような選択が、あなたにはできない」
そして、顔を上げ、クラウディアの紅玉の瞳を一心に見上げた。
「けど、僕はそれを弱さだとは思わない。大切な人を守りたいと思う気持ちは、誰にも止めることなんてできない。だから、あなたの迷いは、決して間違いなんかじゃないと思います。だからきっと、あなたの迷いはその気持ちのせいじゃない。それを貫ける正しい答えが、見出せていないだけなんだと思います。そしてきっとあなたは、それを見つけられるはず」
語りながら、クランツは必死に、彼女の心に届く真実を探す。
「僕にも、どうするのが一番いいかなんて、正直わかりません。けど、他に道がないからその道を進むしかないなんて、そんな選択の仕方をするのだけは間違っていると思うんです。あなたにとって大事な問題だからこそ、あなたにはちゃんと考えて、自分で決めた答えを出してほしい。僕はあなたに、自分の心の定まらない選択のせいで後悔してほしくない。たとえ誰や世界のためだろうが、あなたが望まない道を、あなたに進んでほしくない」
「クランツ……君は……」
心を揺らすクラウディアに、クランツは自身の導き出せた答えを伝える。
「だから僕は、あなたが信じる最善の選択を、信じればいいと思います。あなたが望むように王国の人達も魔女の人達も守れる、そんな選択だってきっとできるはずです。誰のためでも、誰のためでなくてもいい。それはあなたにとっての正義じゃないですか。クラウディア」
一心に語るクランツに、クラウディアはそれが不名誉とでもばかりに首を振った。
「……シャーリィ様達から聞いただろう。私は君達人間に村を焼かれた魔女の村落の生き残りだ。いずれその選択の末に君達に反旗を翻してもおかしくないとは思わないのか」
「思いません。復讐心に囚われるだけの人が、誰かのためにそんなに迷ったり悩んだり、戦ったりしようとしたりしない。戦火の中を駆け回って、死にそうな子供を拾ったりしない。あなたはそんな人じゃない。……僕を救けてくれたあなたは、決してそんな人じゃない」
苦し紛れに言い逃れをするクラウディアに、クランツもまた決然と首を横に振った。
「あなたがあなたのことをどう思っていたとしても、あなたはとても強くて、立派な人だと、僕はずっと思っています。いつも、自警団のリーダーとして、町の人のために、団員の皆のために、先頭に立ってくれている。英雄なんて名前とも関係なく、いつも胸の中に消えない怖さを抱えながら、それでも大切な人を守るためにその剣を振るう、僕の憧れていた人――それが、僕の信じるあなたです。クラウディア」
「それは、君の見ている私の姿でしかない。本当の私は……そんな立派なものではない」
「それでもいいんです。あなたが英雄であろうが立派であろうがなかろうが、僕はあなたを信じています。七年前のあの日、あなたが僕を救ってくれたあの日から、ずっと」
そう言って、クランツは、自分の中心にある思いを、ようやく口にした。
「僕は、僕を救ってくれたあなたを信じています。だから、たとえどんな道をあなたが選んだとしても、僕はあなたを信じます。それが、あなたにとっての最善であるのなら」
決然と言い切ったクランツの言葉に、クラウディアは揺れる瞳をクランツに向けた。
「私が、もしも、君達に……人間の世界に、いずれ反旗を翻すとしてもか」
「あなたがそれを望むのなら。僕は、あなたの決めた選択を信じます。僕の信じたあなたは、きっと、あなたにとっての大切なものを見誤ることはないって、信じていますから」
「……私にとっての……大切な、もの……」
当惑するクラウディアに、クランツは勢いのまま、己ができる最善の答えを口にした。
「あなたが彼らの元に戻りたいと思うのなら、そうしてください。この町や、この王国に住む人々を守りたいと思ってくれるのなら、そのために剣を取ってください。そして、そのどちらも望むのなら、あるいは望まないのなら……どちらでもある道を、またはどちらでもない道を進める方法を探しましょう。どんな道を進むにしても、僕はあなたに付いて行きます」
「…………」
告げられたクランツの言葉に、クラウディアはしばし、言葉を忘れた。
彼の口にしたそれは、自分の人生を、彼女のために捧げると言っているのと同意だ。
「本当に……それで、いいのか。君は」
問うクラウディアに、クランツは迷いのない瞳で、クラウディアの紅い瞳を見つめた。
ルベールやサリューのように、賢い選択の道筋を提示できるわけでもない。
セリナやエメリアのように、無理やり明るくさせられるだけの陽気さもない。
自分が彼女のためにできるのは、ただ一心に彼女のことを信じている、その気持ちを示すことだけ。それで、少しでも彼女の支えになれるのならば。
「僕は、あなたに救われたあの日から、あなたのために生きるって、ずっと決めてました。あなたの力になれるなら僕は何だってやるし、あなたのためになれないのなら、僕に生きてる価値なんてありません。僕にとって、あなたは全てなんです。クラウディア」
そして、もう後戻りはしないとばかりに、決定的な不退転の決意を口にした。
「だから、僕にできることがあれば、何でも言って、頼ってください。一人で何もかも抱え込もうとしないでください。僕にあなたがいてくれるように、あなたには僕がいます。今はまだ頼りないかもしれないけど、あなたが僕を救けてくれたように、僕もあなたを救けたい。
だから、僕を信じてください、クラウディア。これから先、何があっても、僕はあなたの傍にいます。何があってももう二度と、あなたを一人きりになんて、させないから」
真っ直ぐに彼女の瞳を見つめ、決然と告げられたそれは、一線を踏み越える言葉だった。
根拠など、どこにもない。それでも、その言葉は、クラウディアの心の中心を深く衝いた。
もう恐れなくていい、と――その言葉を誰かがくれるのを、彼女はずっと待っていたから。
「……ッ…………!」
一心に注がれる眼差しと共に告げられたその言葉に、クラウディアの涙腺に罅が入る。肩を震わせ、必死に嗚咽を堪えようとするクラウディアの手を、ぎゅっと強く握る。こういう時に限って、彼女の肩を抱けるほどもない自分の背丈の低さが恨めしかった。
「クランツ……私は……!」
クラウディアの涙と零す声に、クランツは心が熱いものに満たされていくのを感じる。
きっと、ここから先、彼女の向かう道、そこに待ち受ける困難の全てを共にするのは、至難を極めるだろう。彼が口にしたその誓いは、決して生易しいものではない。
それでもやはり、クランツの心に揺らぎはなかった。
彼女が自分を信じてくれる限り、彼女の信頼に応える――ただそれだけを己の支えにするクランツ・シュミットには、どんな困難も、その想いを揺らがせるには至らない。その信念が、生涯を通して変わることがないと知っているからこそ、クランツは強気になれる。
何ができるのか、具体的にこれからどうするのかは、まだわからないけれど。
それでも、ほんの少しでも彼女の支えになれるのなら、僕はそれで十分だから。
そのためにできることがあるなら、どんなことでも、やり遂げてみせるから。
だから。――結局、今の僕にできることが、これくらいであったとしても。
「大丈夫です、クラウディア。何があっても、僕は、あなたのそばにいますから」
クランツは決意と共に、涙に身を震わせるクラウディアにそっと告げた。
やがて、波の音が響く中、クラウディアは涙を拭いながら立ち上がった。
「――すまない、クランツ。みっともない所を見せてしまったな」
「いいえ。僕の前で泣いてくれて嬉しかったです。やっと心を許してもらえたみたいで」
クランツの言葉に、クラウディアは決まり悪げな顔をしたが、すぐに相好を崩してみせた。
「ありがとう、クランツ。おかげでだいぶすっきりした。……心も、決まったよ」
そして、クラウディアは澄んだ紅玉の瞳で、決然と言った。
「《十二使徒》と戦う。そして……私の手で、全てのけじめをつける」
決意と共に口にしたクラウディアの声を押すかのように、強い風が霊園を吹き抜けた。
灰色の空から吹き付ける風が、地を覆う草花と二人の髪を揺らす。紅い髪が光を帯びた夕風に梳かれていく光景を、クランツは胸を溢れて埋める愛おしさと共に見惚れた。
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