第4話
第6章 海浜都市レオーネ編 第4話(1)
《十二使徒》ミラ=メアの突然の夜襲から一夜明けた翌朝。
クラウディアとクランツは、レオーネの自警団ギルド支部を訪れていた。昨夜の一戦で負傷したエメリアを預かってもらっているので、様子を見に来たのだ。
自警団ギルドの支部に入ると、事前に情報を伝えられていた受付役のベイルを通じて団員の一人に案内され、エメリアの待つ部屋へと向かった。その間、自警団員達から彼女に不審の目が向けられていることを感じ取れないクランツではなかった。
部屋の扉を開けると、エメリアは日光の差し込む窓に顔を向けてすやすやと眠っていた。見た所安静にしているようだが、昨夜のことを思うと万が一の不安は拭えない。
「エメリア……」
呟き、クラウディアとクランツは陽の光の降り注ぐベッドに歩み寄る。
と、エメリアはふいに寝返りを打ち、幸せそうな顔で涎を垂らしながら寝言を呟いた。
「むにゃ……クランツさん、キスして……そしたらエメリアちゃん、目を覚ましますからぁ」
いつも通りだ。クランツに代わり、クラウディアがぽかりとエメリアの頭を殴った。
「ひぎゃう⁉」
途端、エメリアが奇声と共に頭を押さえて飛び起きた。驚くクラウディアにエメリアはいつにない本気の涙目で抗議する。
「ひどいですよぉお嬢様ぁ……エメリアちゃんは昨日頭をやられちゃったのに、この上痛い所を責められます? 日頃の行いが悪かったのならエメリアちゃんも反省しますからぁ」
「ん……そうだったな。すまない」
所在なさげなクラウディアに代わり、クランツがエメリアの様子を窺う。
「エメリア。その……大丈夫だった?」
「はいぃ。クランツさんのおかげでホントに命拾いしましたよぉ。このご恩は一生忘れません。クランツさんがご入り用とあればエメリアちゃん何でもお役に立っちゃいますよぉ」
「うん、その……体は、大丈夫なんだね?」
「やぁん、いきなり体の心配ですかぁ? もぅ、クランツさんったらせっかちなんだから――ああお嬢様ごめんなさい、冗談です、冗談ですよぉ」
手を上げかけたクラウディアに平謝りした後、エメリアは珍しく気勢を正し、言った。
「おかげさまで、大事には至ってません。幸いなことに打撃傷しかもらってませんし、エメリアちゃん元々回復力も高い方なので、体の心配はそれほどでも。ただまだちょっと頭がふらふらするので、贅沢を言わせてもらえればもう少しだけお休みさせてもらえるとありがたいんですけど、お嬢様方が必要とあれば今すぐにでもお戻りします」
毅然と答えるエメリアを見やると、クラウディアは表情を軽く崩して言った。
「いや、今日は休んでいていい。今日の用なら私とクランツで片付く。お前は静養に努めなさい、エメリア。お前にはまだまだ元気で働いてもらわなければならない」
「はぁい。でもそうなるとまたお嬢様がクランツさんを独り占めですねぇ。はぁ、やっぱりあの二人っきりになれた一日は特別だったみたいですね、クランツさん」
クランツに色気めいた視線を送るエメリアを視線で黙らせると、クラウディアは言った。
「冗談はさて置いて、私達はこれから聖塔に行く。昨日の件で町の集会があるらしい」
クラウディアの言葉に、エメリアは目をぱちくりさせてクラウディアを見た。
「お嬢様は、そこで何を?」
「昨夜お前がやられた相手は、この町の安全を脅かす危険がある。自警団の一員として、出席しないわけにはいかないだろう。それが《十二使徒》であるなら、なおさらな」
クラウディアの言葉に、エメリアは心配そうな目でクラウディアを見上げた。
「お嬢様。やっぱり、昨夜の方について心当たりが?」
エメリアの問いに、クラウディアは表情を険しくした。
「私の存在を特定してきた以上、間違いないだろう。《十二使徒》――かつての私の家族だ。エメリア。その襲撃者の髪の色を憶えているか?」
「髪の色、ですか?」
意外な質問に、エメリアは、うーん、と難しい顔で記憶を思い起こした後、言った。
「青白かった気がしますねぇ。月の光に梳かれるみたいな、きらきらした髪をしてました」
「……そうか」
エメリアの言葉を聞いたクラウディアは、微かに表情に影を見せると、エメリアに言った。
「ありがとうエメリア。とりあえず、私達が戻るまで安静にしていなさい」
「はぁい。お嬢様方もお気をつけていってらっしゃいませ。お土産よろしくですぅ」
「全く……その様子なら心配はなさそうだな。では行こう、クランツ」
背を向けて部屋を出ようとするクラウディアに続こうとしたクランツは、裾を引っ張られているのに気が付いて振り向いた。見ると、エメリアがこちらに蜂蜜色の目を向けて、「クランツさん」と小声で顔を寄せるようジェスチャーをかけている。その目の色は思いのほか真剣のようで、何かと警戒しながらも顔を寄せたクランツに、エメリアは耳元に口を寄せて小声で囁いた。耳朶にかかる吐息がくすぐったい中、その言葉は真摯な懸念だった。
「(エメリアちゃんがいない間、クランツさんは必ずお嬢様のお傍にいてあげてください。今、お嬢様はだいぶ追い詰められてると思いますので)」
「(追い詰められてる……?)」
すぐにその意図を汲めなかったクランツに、エメリアはなおも真剣な声音で囁く。
「(夜襲をかけてきた《十二使徒》の方は、お嬢様の兄弟姉妹に等しい方々です。そんな方がこの町の方々に非難される場に、これからお嬢様は赴くんですよ?)」
「あ……」
自分の思慮の足りなさに気付かされたクランツの口から、思わず愚かな声が漏れる。
これから向かう聖塔での集会で、昨夜の襲撃が話題の中心に上らないはずがない。当然、市民からは襲撃者への非難が集中するだろう。それを彼女がどう受け止めるか。
たとえ町を脅かした襲撃者だとしても、家族同然の仲間を非難されて、平然としていられるわけがない。エメリアはその事態を危惧して、クランツに彼女の身柄を託したのだ。
失意を悔やむクランツに、エメリアはいつものような悪戯っぽい笑みを浮かべてみせる。
「(今、お嬢様を支えてあげられるのはクランツさんだけです。お傍にいられないエメリアちゃんの分だと思って、お嬢様のことお願いしますね、クランツさん♡)」
そして、見送りとばかりに、ちゅ、と不意打ちのキスをクランツの頬に付けると、クランツの裾を離してベッドの布団の中に潜ってしまった。
冗談めかしてはいたが、どうやら冗談ではないらしい。
「クランツ、どうした?」
部屋の外、戸口からクラウディアの声が聞こえてくる。
エメリアに託された言葉を反芻しながら、クランツは急ぎクラウディアの元に戻った。
自警団の詰所を出ると、レオーネの町には不穏な空気が漂っているのが感じられた。
聖塔に向かう間、クラウディアは終始言葉を発そうとせず、硬い顔をしていた。その横顔を見ながら傍らを歩くクランツは、彼女に――《十二使徒》が伝言を遣わせた『紅い髪の女』であるクラウディアに、市民からの不審と疑惑の視線が向けられているのを感じ取った。
彼女には何の責任もないのに、とクランツは思いかけたが、すぐにその感情を封殺した。当のクラウディア自身が自分のことのように責任を感じているらしいのが、影のあるその横顔から察せたから。
彼女自身がこの町や人々に害を為したわけではない。だが、《十二使徒》と遠からぬ仲にあるクラウディアは、その凶行をまるで自分の責のように思っている。
彼女が、今でも《十二使徒》を家族同然の存在として想っていることの証だろう。
クランツに彼女の抱くその親愛の情を否定するつもりはないし、そんな権利はないと思っている。だが、その絆が彼女を縛り付けているのも、その状態をどうにかしたいと思うのも事実だった。彼女が家族を――かつての仲間を想う心が責められるものでないのなら、本来なら彼女が責められる謂れも、彼女が自分を責める謂れもないはずだ。
だが、彼女が《十二使徒》との関係に答えを出せない限り、そのことを受け容れることはできないだろう。かつての仲と今の自分、その二つの関係を明確にできない限り。
エメリアの言った通り、今、クラウディアは追い詰められている。
彼女を助けるために、自分ができることは何だろうか。
そんなことを考えながら、クランツはクラウディアの傍らについて歩き続けた。結局、聖塔に着くまでクラウディアは一言も口を利かず、クランツも彼女の横顔を盗み見ながら、声をかけることはできなかった。
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