第6章 海浜都市レオーネ編 第2話(6)

 レオーネの町の南の突端、アルネス半島の南端に広がる、イリアス湾の水平線の輝きを見渡せる開けた草原地帯に、故人の霊の眠るその場所は広がっている。

 夕暮れの闇が空を染めていく時頃、亡き母の墓に町で買った慰霊の花束を手向けたクラウディアは、海岸霊園の突端にある円台の墓石の前に一人立って、落ち行く夕陽の照らす、燃えるように明るい水平線を、風に吹かれながら眺めていた。母譲りの真紅の豊かな髪を揺らし肌を撫でる夕時の風が運ぶ潮の匂いは郷愁を含み、彼女の疲弊した心を洗っていく。

 遠くの浜に打ち寄せては砕ける波の音を聞きながら、彼女――クラウディアは、束の間の心の休息とばかりに、夕時の潮風に吹かれて忘我に耽っていた。吹き寄せる波風の音に身を委ねると、体の中に時折脈打つように渦巻く疑怨の思いが洗い流されていくように思える。

 涼やかな風に身を晒しながら、心の奥に潜るように、クラウディアは目を閉じた。

 ――目を閉じると、今でも思い出す。

 幼い日、自分を逃がした父母の残った村に立ち昇った、天を衝くような劫火の柱。

 身寄りを失くした自分を迎えてくれた、黒を纏う魔女と青い髪の少女、新しくできた兄弟姉妹達。そこを訪れた、白と黒の兄弟。彼らと共に過ごした、ささやかながら平和な時間。

 大好きになれたその故郷を燃やされた時、自分達を逃がすために炎の中に残った黒い彼の背中。自分の身を引き受けてくれた二人と共に、再会を願って生き続けた日々。そこから今に至るまでに出逢った幾つもの人々、新しい居場所と仲間、その中で見つけた生きる意味。

 今でも、何一つ忘れてはいない。愛する人に守ってもらえた喜びも、故郷を家族を二度に渡り奪われた悔しさも。それらは皆心の中で混ざり合って、彼女の血流の中で脈打っている。

 それでも――あの頃から今に至って、確実に何かが変わった。でなければ、自分は新たな仲間達と出逢い、使命を司る身で今ここにいないだろう。ともすれば今の《十二使徒》達の側のように、復讐の怨嗟に憑りつかれていたかもしれない。

 そんな自分を変えてくれたきっかけは、きっと一つや二つではない。おそらく、父母を失ったあの日の火柱を見た時から今に至るまでの全ての出逢いと経験が、喜びも痛みも全部含めて、今ここにいる自分――クラウディア=ローナライトを作ってきた。

 そして自分は今、復讐に燃えるかつての家族を、育ての親を、止めようとしている。それが、彼らと道を違えた今の自分の選択。大切なものを守るために彼らと敵対する、選択。

(――そんなふうに割り切れるようなものなら、こんなふうに悩んだりはしないだろう)

 クラウディアはひとつ、胸の底から滲み出したような自嘲のため息を吐き出す。

 かつての家族を敵に回す――それを「割り切る」ことなどできるだろうか。少なくとも、今の自分にはそんな割り切り方はできなかった。国の命運を背負った使命を担う身にあるまじきことだとわかってはいるが、それが今のクラウディアの胸の内には重く澱んでいた。

 彼らは、今は対立し合う立場にいるが、それでもかつての家族であることには変わりない――クラウディアは、その思いをどうしても捨てきれずにいた。故にこそ生まれる葛藤は、ハーメスを出てからというもの、徐々に胸の奥に募るようになっている。

 かつての絆と、今の絆――どちらかを選ぶしかないというのなら。

 今の自分に問えば、答えはわかりきっている。だからこそ、クラウディアは悩むのだった。

「母様……」

 貴女ならこんな時、どんな決断をするのでしょう。

 呟いて、胸にまた一つ重いものが落ちるクラウディアの肩に、ぽん、と手が置かれた。

「見つけた。やっぱりここにいたのね。道に迷わなくてよかったわ」

 振り向くと、夕陽の光に照り映えて煌めく長い髪を風に流す、麗風の聖女の姿があった。

「シャーリィ様……」

「あなたの様子が心配でね。カイル君達への挨拶も済ませたし、探しに来ちゃった」

 お道化るような様子を見せるシャーリィに、クラウディアはおずおずと訊き返す。

「それは恐縮ですが……私は、心配されるような表情をしていましたか?」

「表情には出さなかったみたいだけど、心の奥を測ればね。現にあなた、ここに来てるじゃない。お供の子達も離してるみたいだし、久しぶりに二人で話したかったんでしょう?」

 心の中を見透かしたようなシャーリィの言葉に、クラウディアは赤く染まりゆく空を見上げて、答えた。

「ここに――母様の墓前に来ると、今までに通り過ぎたいろいろなものが蘇ってくるような気がします。この空の色も、風の匂いも……何かを思い起こさずにはいられなくなります」

「そう……たぶんそれは、ここがあなたの『始まりの場所』だからじゃないかしら」

「始まりの場所……?」

 揺れる瞳を向けてくるクラウディアに、シャーリィは説いた。

「あなたの記憶は、きっとあの日から始まっているのでしょう。セレニアを失った、あの『業火の日』に、あなたの記憶の始まりは固定されている――違う?」

 シャーリィの言葉に、クラウディアは答えにくそうに目を伏せた。それが迷いながらの肯定であることを知るシャーリィは、目の前の墓石を眺めながら、さらに説くように続けた。

「人っていうのは不思議なものでね。生まれた時とはまた別に、自分が今の自分だと思い出せる『始まりの記憶』っていうものを持ち合わせるものなのよ。あの日から今の自分の全ては始まった――そう思える時点の記憶をね。あなたの周りにも、そんな人はいない?」

 シャーリィの問いかけに、クラウディアはすぐさまいくつかの心当たりを思いつく。

 身寄りを失った自分の元に、親の元を離れてまで駆けつけてくれた、青い髪の朋友。

 その身を犠牲にしてまで自分達を逃がし、行く先に至るまで守ってくれた、白と黒の兄弟。

 道すがらで白の彼が拾い、守り育てることを決意した、行き場のない二人の「仔猫」。

 そして――七年前、燃え落ちる王都の中で自分が救った、あの小さな少年。

 彼らが体験したであろう感覚を、クラウディアは自分のことのように感じられるように思う。腑に落ちたような彼女のその表情を見て、シャーリィは話を続けた。

「自分の『始まり』を覚えておくのは、大事なことよ。正しい人は、自分の中にある『流れ』を自覚して行動できる。その人を支えるその流れは、必ずその『始まり』にあるものだから。だから、『始まり』を忘れずに、そこから続く『流れ』の中に生きていける人は、強いのよ。その人は、どんな時でも、自分の行くべき道を――光を、見失うことはないからね」

「光……」

 シャーリィの言葉に、クラウディアの心の奥の何かが疼く。

 その痛みを感じた時、クラウディアの口からは、言葉が漏れていた。

「シャーリィ様……今の私はその光を、見失いそうです。二つの道が交差して、どちらを行けばよいのか、迷っています」

「ふぅん……その『二つの道』っていうのがどういうものなのか、言葉にできる?」

 シャーリィの問い返しに、クラウディアは言葉を探しながら答えた。

「かつての仲間達と袂を分かつべきか、否か……です」

 懊悩極まりないクラウディアの言葉に、シャーリィはしかし拍子抜けしたように言った。

「あら、それだけ? ならもう答えは簡単に出るじゃない」

「え……」

 思わず呆けたクラウディアに、シャーリィは言った。

「だって、それはあなたの気持ちだけの問題でしょう。あなたが担っている使命と、今の仲間達を守ることと、それは相容れないものなの?」

「それは……」

 シャーリィのもっともらしい説得に、クラウディアはしかし答えに迷う。

 先に自迷したように、そう割り切れるものなら、こんなふうに悩んだりはしないのだ。それらが相容れないものではないとしても、立場が違う以上、彼らとの戦いは避けられない。それを認めようとしている自分にこそ、自分は悩んでいるということで――――、

 そこまで考えて、クラウディアは唐突に、シャーリィの言葉の意味を悟った。

 彼女の言う通り、これはどこまでいっても、結局は自分の覚悟の問題でしかないのだ。道が二つあるのではない。ただ一つの道を進むか、別の道に逃げるかの選択なのだと。

 そう考えると、事は幾分わかりやすくなったように思える。しかし、彼女の中では、まだその答えを決めることはできずにいた。

 迷いから抜け出せないクラウディアを見て、シャーリィが慨嘆するように呟いた。

「そういう所はさすがにまだまだなのね。セレニアを見習ってもらいたいわ」

「……母様は、こんなことで悩んだりはしなかったのですか?」

「あら、そんなことないわよ。あの子だって悩みを抱えることはいくらでもあったわ」

 クラウディアの問い返しにそう答えたシャーリィの言葉が、ふいに暗い影を帯びた。

「いいえ……人間と魔女の橋渡しを積極的に務めようとしていたあの子にとって、そういう悩みは私達より多かったでしょうね。六星の名の元に集う役目を果たすだけの、現状を守ることに留まっていた私や他の六星とは違って」

「シャーリィ様……」

 聖女の思わぬ態度に言葉を失うクラウディアを横に、シャーリィは赤い夕陽の溶け落ち行くイリアス湾の水面を眺めながら、訥々と語った。

「あの子は、昔からお転婆な子だったわ。普段から明るくて、いつも私達を巻き込んで、振り回してくれた。いざ勝負事となると、いつも絶対に負けないって気合を入れて臨んでいたわ。勝つことに早くから意味を見出し、おかしいと思うことには見栄なんて構わず堂々と反旗を翻す、信念に支えられた勇気ある行動力……それがあの子の、誰にも負けない強さだった。私達では到底敵わないものをあの子は持っていて、それはあの子の人生を最後まで支えたのでしょうね。あの子の背中は、まるで……革命の旗振り手のようだった」

 そう言って、ふふ、と笑うシャーリィに、クラウディアは胸の内に生じた疑問を訊いた。

「シャーリィ様。他の六星と母様は、どのような関係だったのですか?」

「あら、気になる?」

 そうねぇ、と考え込む間を置いた後、シャーリィは語り始めた。

「私達六星の巫女は、この王国の六つの神核の力を受け継ぎ、それを護る者……なんだけど、その生活態度は皆違っていてね。光星のクレアみたいに聖堂に籠るような敬虔な子もいれば、水星のフレーネみたいに酒浸りになっちゃうような子もいたわ。風星の私はこのレオーネの聖塔からこの町を見守るだけだし、土星のネールは霊樹の根元で居眠りばかり……この王国に生じていた『亀裂』を真剣に直視していたのは、炎星のあの子と闇星のゼノくらいのものだったわね。今となっては、恥ずかしい限りだわ」

「ゼノヴィア様と、母様が?」

 驚きに思わず目を瞠るクラウディアに、シャーリィも驚いたように言う。

「あら、知らなかった? 私達六星は皆、年に何回か国事の関係で集まるくらいで、顔を合わせる機会も少なかったけれど、あの子――セレニアと一番仲が深かったのは、間違いなく闇星のゼノ――ゼノヴィアね。明るい表情の奥でいつも人や国のことに心を配ろうとしていたセレニアと、冷たい表情の奥に炎のような激情を宿すゼノ――気性は真反対だったけれど、あの二人は通じ合うものを持っていたみたい。酒盛りをする度に、陽気になったあの子に絡まれるゼノが嫌そうな顔をしながら、潰れたあの子を介抱してあげて……今でも思い出せるわ。ああ……私達は、何て大切なものを、失ってしまったのかしら」

 そう、昔を惜しむように語るシャーリィの言葉は、どこか自戒のような色を帯びていた。

「結果的に、あの子は六星の中でたった一人で多くの壁を打ち砕き、多くの橋を架ける役目を率先した。けれどその分、あの子に反目する多くの矛先も、違うことなくあの子に向くようになってしまった。フレーネが六星の義務を離れたり、ゼノがあの子の敵討ちを企てたりするのを、あの子を何一つ助けられなかった私が責めることはできないわ。あの子を追い詰めて、死に追いやったっていうのに……私は何もしてあげられなかったんだから」

 静かに揺らめくイリアス湾の赤い水面を眺めながら、シャーリィは悔悟のように零す。

「私だけじゃない……他の六星も皆それぞれ同じようなことを思っていたんでしょうね。だからあの子が亡くなってからというもの、私達六星は疎遠になってしまった……年に何度か集まって、霊酒の盃を交わしながら笑い合ったあの頃が……今では懐かしいわ」

 そう言って、シャーリィは目元に滲んだ涙を拭った。

「シャーリィ様……」

 その涙を見たクラウディアは、何と言葉をかければよいのかわからなかった。ただ、彼女が今でも母のことを忘れていなかったことだけは伝わって、それだけでクラウディアは、胸の奥深くに入っていた罅が、ほんの少しだけ癒されていくのを感じた。

「クラウディア。あの子を見殺しにした私が、あなたに何かを諭す資格はないのかもしれない。けれど、せめてあの子のことを覚えている者として、あなたには伝えておくわ」

 夕陽を背に、シャーリィはクラウディアに向き直り、真摯な表情で告げた。

「あなたの母親――セレニアは、どんな困難や逆境の中にあっても、決して立ち止まらなかった。それはきっと、あの子の想いが、いくつもの愛する人の存在に支えられていたから。だからあの子は何度も挫けそうになっても、決して足を屈せず、道を誤らなかったのよ」

 そう語るシャーリィの言葉は、まるで過去への悔悛のようだった。

「人の偏見に立ち向かったあの子の苦労は、並大抵ではなかったわ。けれどあの子は決して下を向かず、一人では無理だと思うのなら仲間の助けを借りて、そして何より、誰よりも信じ合える人に――あなたのお父様に支えられて、最後の最後まで決して挫けずに、人間と魔女の絆を信じる信念を貫き続けた。あの子のその想いは、王国の惰性を変える先駆けになっただけじゃなく、あの子自身を支えて――そして、あなたを遺したのよ。クラウディア」

 シャーリィのその言葉に、クラウディアはよく似た状況を思い出していた。

「……ネール様にお会いした時も、似たようなことを言われました。母様は、自分では成し得なかった未来を変えるために、私を生き残らせたのかもしれないと」

 その言葉に、シャーリィは驚いたように目を丸くすると、やがてふっと表情を崩した。

「そうだったの……まあ、母親が子供を生き残らせるのに、そんな大層な理由は要らないでしょうけどね。結婚したこともない私が言えることでもないけれど」

 ふふ、とシャーリィは可笑しそうに小さく笑うと、結論とばかりに言った。

「だから、あの子の遺志を継ごうと思うのなら、まずはそこからってこと。自分の始まりを自覚して、自分の道は自分で歩くことを自分で決めて、自分で進む。自分の心を見極めて、その道を見定める覚悟ができるのなら、きっと迷うことはないわ。あなたも自分の始まりをちゃんと自覚できているみたいだし、そう難しいことじゃないはずよ」

 そして、夕陽を背に一歩クラウディアの前に歩み寄り、亡き友を思い起こさせるその燃えるような紅玉の瞳を見つめた。その瞳は彼女の魂を受け継いだような煌めきを宿し、しかしまだ彼女のように全てを背負う覚悟を知らない、未熟な少女のそれだった。

 友が遺した忘れ形見――希望を前に、シャーリィは彼女の遺志を継ごうとする者として、クラウディアに力強く励ましの言葉をかける。

「それにあなたは、あのセレニアが命を懸けて未来のために守った、たった一人のあの子の娘だもの。あの子の遺志を、あなたならちゃんと継げる……そう感じさせるだけのものを、私はあなたに感じるわ」

「シャーリィ様……」

 恐縮するクラウディアに、シャーリィはどこか寂しそうな微笑みを浮かべながら、告げた。

「あの子は最後まで、自分の信じた人と共に、自分の信じる道を突き進み続けた。私達では追いかけることしかできなかったほどに力強くね。私達は決してそのことを忘れない。愛する人達のため、願った世界のために最後まで戦い続けた、私達のかけがえのない人のことを」

 そう語るシャーリィの目は、遥か彼方、夕陽が燃える水平線の向こうに注がれていた。まるで、その彼方にいる『彼女』の魂に聞かせようとしているかのようだった。

 水平線を見つめていたシャーリィは、しばらくしてクラウディアに向き直り、言った。

「だから、生き残った私達もせめて、あの子が願ったように生きましょう。あの子の遺志を継ごうと思うのなら、尚更ね。あの子に負けないくらい、強く在らないと」

 そう口にしたシャーリィは、どこか吹っ切れたような表情で、クラウディアに笑いかけた。

「大丈夫よ。優しかったあの子のことだから、きっと私達のことを見守ってくれているはず。あなたのことも、この空の向こうで信じ続けてくれているはずよ」

 そして、クラウディアの少し低い頭をそっと優しく撫でながら、祈りのように言った。

「あの子を守れなかったことを悔いるくらいなら、せめてこれからの未来を、私達で守りましょう。それが、あの子の託してくれた、私達の行くべき道のはずだから。私は、あの子が未来を託したあなたを、そしてあなたを支える人々を、あなたが創る未来を、信じるわ」

「……はい」

 シャーリィの言葉を胸に刻みながら、クラウディアは涙の溢れそうな目を閉じた。

 暗い瞼の奥に映るのは、あの日から絶え間なく燃え続ける赤い灼熱の炎。

 その奥に浮かんでくるのは、あの日から出逢ってきた、大切な人達の記憶。

 そして、その中でも胸の中心に一際強く浮かんでくる存在。

 それは、七年前、炎の中で自分が手を差し伸べた、幼い少年。

 全てを燃やされた彼の姿は奇しくも、あの日の自分と重なるように思えた。

(クランツ……)

 何故、だろう。

 彼を守ろうとすることに、自分が一際特別な意味を感じる気がするのは――――。

 一人自問するクラウディアに、シャーリィは陽の沈みゆく水平線を眺めながら言った。

「だいぶ日も暮れてきたわね……海辺は寒くなってくるし、そろそろ行きましょうか、クラウディア。お迎えも来てくれたみたいだしね」

「お迎え……?」

 シャーリィの言葉に後ろを振り向くと、少し遠くに背の低い二つの人影が見える。こちらに向かって手を振る明るい金髪の少女と、その少し後ろで所在なさげにこちらを眺めている小柄な茶髪の少年。そして彼らに向き直る、時を経た、炎星を継ぐ成長した少女。

 未来を知れる者は誰もいない。若き彼らが何を成し得るのか、誰も知ることはできない。

 だが、運命の歯車に紡がれたこの縁が、彼女の託した未来に繋がるというのなら。

(今度こそ、私達が導く時ね……セレニア。あなたの託してくれた未来は、私達が守るから)

 シャーリィはそう己に誓いを立て、彼女が託した未来の紡ぎ手の肩を押した。

 去り際、クラウディアはもう一度だけ墓前に跪き、亡き母に祈りを捧げた。

(母様……私は、母様のようになれるのでしょうか)

 その胸の内に、未だ晴れない疑念の靄を抱えながら、クラウディアは亡き母の、記憶にない勇壮なる姿を想った。

 暮れゆくイリアス湾の空は、燃えるような赤い闇に染まりつつあった。

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