革命のクラウディア -Klaudia die Revolutionar- 分岐:クラウディア編

青海イクス

プロローグ

幕間:地下・ゼノヴィア一派の拠点

 それは、どことも知れない、深海のような重圧に満ちた空間だ。

 中央には踊り場のような広い空間と、そこに連なるいくつかに枝分かれした通路があり、仄青い光を放つ石灯が、深い闇に沈められたその空間と通路を、微かに照らしている。古くはない石造りの壁や床はひどく冷たく無機質で、命の温もりを忘れたようなその空間は、常人の魂を凍えさせ押し潰してしまうかのような冷たい重圧に満ちていた。

 その無情な空間の最奥に近い一室で、幾人かの人間が声を交わしていた。


「ふむ……ご苦労、セルフィ。下がっておれ。妾はゼクスと少し話がある」

 青い闇の満ちる空間の一室で、玉座に腰掛けた魔女――元・六星の巫女、「黒焉の冥星」ゼノヴィア・クロニアスは、鈍い銀色の仮面で覆われた目元に白く細い指をやりながら、目の前で膝を折っていた金色の髪の少年・セルフィに、穏やかな声でそう告げた。黒い妖気を漂わせる彼女の座の隣には、影のような軍服を纏った黒い髪の青年ゼクス――ゼクシオン・ハインツヴァイスが、刃のような錬気を漂わせながら控えている。

 彼女の御前に、まるで従僕のように膝をついていたセルフィは、顔を上げて立ち上がると、仮面で覆われたゼノヴィアの目を恐れずに見て、言った。

「ねえ、母様。ご褒美は?」

 子供のねだるようなセルフィの言葉に、ゼノヴィアは濃い赤色に塗られた唇にわずかな笑みを浮かべて、子供をなだめる母親のように言った。

「もう年も経っておるというのに、そなたも飽きないのう。何が望みじゃ?」

「キスして!」

 セルフィの無邪気な要求に、ゼノヴィアは口元を笑ませたまま、夜の腕の開くようにゆっくりと手を広げてセルフィを誘う。セルフィは幼子のように迷いなくその腕の中に飛び込み、ゼノヴィアの黒いドレスで覆われた腕が、妖花の閉じるようにその身を包み込んだ。

 わずかに時間が流れた後、重ねた唇を離したセルフィが言った。

「母様……具合、よくないの?」

「よく気がつくのう。いつものことじゃ。心配は要らぬ」

 穏やかに言うゼノヴィアに、セルフィは思いつめた表情で迫るように強く言った。

「母様、ボクにできることがあったら、何でも言ってね! ボク、母様には元気でいてもらいたいんだ。そのためなら何でもするよ。ボクだってみんなと同じ《使徒》なんだから!」

「ありがとうよ、セルフィ。そなたにはいずれまた力を借りることになるじゃろう。それまでは力を蓄え、機を待っていておくれ」

「機?」

 言葉の意味がわからないセルフィに、ゼノヴィアは諭すように言った。

「今はまだ、大きく動き出す時ではないということじゃ。来るその時には、妾が命を下す」

「ってことは、まだ待つのかぁ……つまんないなぁ」

「憂うことはない。そなたらの働きで、準備は着々と進んでおる。これもそなたらの働きのおかげじゃ。妾の身勝手についてきてくれたそなたらには、いつも感謝しておるよ」

 頬を膨らませるセルフィを、ゼノヴィアは見つめながら、その小さな頭を優しく撫でた。その顔がいじらしさに赤くなるのを穏やかな目で見つめながら、ゼノヴィアは言う。

「来るべき時は近い。さ、もうお行き。妾はゼクスと話があるのでな」

「はーい。ゼクス、母様を取っちゃダメなんだからね!」

 嫉妬のように言い置いて、セルフィは渋々ながらその場を後にした。

 後に残されたゼノヴィアに、ずっと無言で隣に控えていたゼクシオンが言う。

「母親として、結構なことだ」

「皮肉のつもりかえ? 母親として、我が子に愛を注ぐのは当然のことじゃろう」

「奴らを死地に送るような真似をしておいて、結構なことだ、と言っている」

 ゼクシオンの糾弾するような言葉に、ゼノヴィアの目元を覆う鉄の仮面の下からでもわかるくらいにその視線が鋭くなったのが、ゼクシオンには感じられた。ゼクシオンはしかし、何も言わずにその冷たく刺すような視線を見返すように、彼女の方に目を向けていた。

 やがて、ゼノヴィアは観念したとばかりに小さく息を吐くと、豪奢な玉座に身を沈め、

「妾も、あの子らを手駒として動かすことに負い目がないわけではない。セルフィにも言った通りじゃ。命じていたわけでもないのに、妾の身勝手についてきてくれておるそなたらには感謝が尽きん。そなたも含めてな」

 視線を向けてきたゼノヴィアの言葉に、ゼクシオンはその視線を受けながら返す。

「俺もか」

「そなたなど、あの子ら以上に妾の悲願などには縁が濃くないはずじゃ。それでも、こうして妾の計画についてきてくれておるのには、相応の理由があるはず。違うかえ?」

 興気に言うゼノヴィアに、ゼクシオンはくしゃりと頭を掻きながら、言った。

「親が子を、子が親を想い合い助けるのに、付加された理由など必要ない。兄弟、姉妹、親友、恋人、そういった関係は皆そうだ。俺も、あんたが中心だったその内にいたにすぎない」

「素直でないのう。だがそれでもそなたには感謝しておるよ。そなたがここにおるということは、そなたが、妾やあの子らを肉親のように想ってくれておるのと同義じゃろうからの」

 ふふ、とゼノヴィアは密やかに笑う。

 調子を崩されるような気がしたゼクシオンは、話題を変えた。

「それで、これからどうする。あいつの――セルフィの報告、あんたはどう見ている?」

 その言葉に、ゼノヴィアの仮面の下の目が冷然とした鋭さを帯びた。

「そうさのう……そなたはどう考えておる?」

「少々、日和り気味になっているように思うな。あいつらを誘導するのが俺達の役目とはいえ、こちらがあいつらに危害がないと思われれば、緊張感は一気に薄れる。それでは、俺達の目指す形にはならない。俺達の中でも復讐の感情が薄いセルフィを撹乱に送り込んだのも、逆効果だったかもしれないな。あいつは思っていた以上に馴染みが良すぎた」

「そのようじゃのう。妾も同じように考えておった所じゃ」

 ゼノヴィアは白い顎に白い手をそっと添え、思案に入る。

「カルロスとセルフィの接触で、今のあの子は妾らの立場の判断に揺れておるはずじゃ。妾らは果たして本当の敵なのか……あと一石の判断があれば、秤は一旦大きく傾くじゃろう。なればこそ、次がその天秤を傾けるには良い機会やもしれぬな」

 思案を終えたゼノヴィアはゼクシオンの視線に気づいて、視線をそちらに向けた。

「何じゃ。気になることでもあるのかえ?」

 ゼクシオンはしばし考えた後、口を開いて、その問いを出した。

「ゼノヴィア。あんたの望みは、何だ」

 その問いかけに、ゼノヴィアは一瞬言葉を失くした後、拍子抜けしたような声で答えた。

「何じゃ、今更じゃのう。なぜ今になってそんなことを問いただす必要がある?」

「俺の方でも、少し気を引き締めておきたくてな。あんたの口から聞きたい。俺達の向かうべき目的を……あんたの心の底にある真意を」

 ゼクシオンの言葉に、ゼノヴィアは「仕方ないのう」と呆れたように言った。

 そして、玉座に身を沈め、おもむろに口を開く。

「今更言葉にするほどのことでもなかろうよ。妾が村を焼かれたあの日から、妾の心はここに至るまで微塵も変わってはおらん。否……あの子を殺されたあの時から、既にな」

 途端、彼女の纏う空気が、静かに燃える冷たい炎のような苛烈なものに変わる。

 彼女の心の中にある暗い炎が、言葉の熱に乗って外気を熱しているようだった。

「この胸の炎は、怨嗟の業火は……愚かなる人間共に報いを果たすまで消えはせん。あるいは、あの子の目覚めた意志の剣に裁かれるまでな。いずれにしろ妾はその時を待つのみじゃ」

 ゼノヴィアは、静かに燃える言葉を口にしながら、静かに右の掌を見つめていた。

 彼女の心の表出を肌で感じながら、ゼクシオンはその言葉を聴いた。そして、確信する。

 彼女の心の、闇の炎は、今も変わらず燃えている。

 語り終えたゼノヴィアから、暗い感情の熱が引いていく。

 黒炎の残滓のような空気を纏わせながら、ゼノヴィアはゼクシオンに言った。

「『黒武』のそなたらしくもないのう。よもや、妾が日和っておるとでも思っておったか?」

 図星を突かれたゼクシオンは、決まり悪げに眼を逸らしながら言った。

「何でもない。俺もあんたの思惑に付いて行っている。今更疑問を差し挟む余地もない」

「何じゃ、つまらぬのう」

 ゼノヴィアは笑うように言うと、その声が現実問題を見据えた冷厳なものに変わる。

「ただ、少々具合が悪くなっておるのも事実じゃ。妾らはともかく、あの子達を興醒めさせては妾らの計画にも支障が出る。ここらで一太刀を浴びせておくべきかもしれんの」

「そうだな。それで、次は誰を送る?」

「そうさのう……この流れからすれば適任なのは見当がつきそうじゃが。あるいは自分からここに来るやも知れんのう」

 ふっふ、と興気に笑うと、ゼノヴィアはゼクシオンに言葉をかけた。

「ゼクス。そなたは妾の切り札じゃ。時が来れば、そなたにも動いてもらうことになろう。それまではあの猫の娘共々水の下に潜っておれ。そなたの切り時は戦局を左右するでの」

「承知した。引き続き、情報収集を続ける」

 ゼクシオンの返事に、ゼノヴィアは前に広がる空洞の、海の底のような青い暗闇を見る。

「あの狐の好きにはさせん。そろそろ、こちらも一石を投じるとするかの」

 そして、闇の中に嗤う魔女の如く、妖艶に微笑んだ。


 一方、玉座の間から伸びる通路を抜けた先、青い光の満ちる大広間がある。

「よう、セルフィ」

 玉座の間から浮き浮きとした調子で戻ってきたセルフィを、呼び止める声があった。

 上機嫌のセルフィがふと目を前にやると、三人が彼を囲うようにして立っていた。

 燃えるように赤い逆立った短髪――『炎』ハンス=グルート。

 深い色合いの檜皮色の髪と瞳――『木』カルロス=リンデン。

 淡い桜色の短い髪と勝気な瞳――『花』カレン=フロル。

 いずれも、セルフィと同じく、クラウディア一行に接触した《十二使徒》達だった。

 セルフィはそれを知ってか知らずか、平然とした調子で声をかけた。

「お、やっほー。どうしたの三人とも、そんな怖い顔して?」

「やっほー、じゃないでしょ。どうだったのよ、ハーメスでの作戦は?」

「がやがやしてて面白かったよ。クララには直接は会えなかったけど話もできたし、いいとこも見せられたと思うし、サイコーだったんじゃない?」

 セルフィの得意げな報告に、勢い込んでいたカレンはがくりと肩を落とす。その後ろでカルロスが呆れたように笑いながら、話を拾った。

「危機感がないねえ。今回の君の行動がクララ達をどういう気分にしたかわかるかい、セルフィ?」

「え? どういうこと?」

 きょとんとするセルフィに、カルロスは重ねて説明する。

「僕の推測だけれど、君の行動はクララに対してフレンドリーすぎたんじゃないかと思う。僕達は表面上はクララの計画と行動を邪魔する敵でなくちゃいけない。手加減が必要だっていっても、あまり加減しすぎると甘く見られてしまいかねない。そのことを、君はちゃんと憶えていたかい?」

「でも、ボク達の役目って、クララを誘導することなんでしょ? だったら……」

 駄々をこねかねないセルフィに、カレンがダメ押しと思いながらも言い含める。

「程度ってものがあるのよ、セルフィ。いくらそれが本当の目的だとしたって、はいそうですかって通しちゃ向こうも全然緊張しないでしょ? ギリギリのラインでクララ達にあたし達を危険な敵だって思わせるフリが必要だってことよ」

「えー? でも、そんなこと言ったら君達だって人のこと言えないじゃないか。本当にクララを追い詰められるほど敵役になれたの? ボクだけのせいみたいに言わないでよ!」

 拗ねるように言い返したセルフィとカレン達の間に、一瞬、気まずい空気が流れる。

「――セルフィの仰るとおりですわ。あなた達、少々甘すぎてよ」

 そこに、暗い回廊の向こうから、透き通る水のように冷たく澄んだ声が割り込んできた。セルフィ達が声のした方に目を遣ると、カツン、カツンと足音が近づいて来るのが聞こえる。

 やがて、その声と足音の主が、回廊の暗闇の中から姿を現した。

 闇さえも塗り替えてしまうかのように濃い、群青色の髪。

 燃える氷のような、冷たさと激情を光らせる水晶色の瞳。

 鍛えられたしなやかな細身が纏う、近づく者を悉く切り捨てるかのような、鋭利なまでの冷気。

 そんな全ての鋭さを体現するかのように、腰には一振りの細剣を帯びている。

「かつての情が移るのもわかりますけれど……観客に演技の先を読ませてしまうようでは、演者失格ではなくって?」

《十二使徒》『海』ミラ=メアは、深海の色を織り込んだような豊かな青色の髪をかき上げ、撫で斬りにするかのような鋭い目で、セルフィ達のことを詰るように見た。

「相変わらずきついねえ、ミラ。そんなに目元を締めてばかりだと、顔が怖くなるよ?」

「お黙りなさい、カルロス。わたくし、結構本気であなた方の不手際極まる演技に噴飯しておりますの。情の入った手加減のあまりあの子らに甘く見られる形勢を取らせるなど、ゼノヴィア様の高き志を汚す不敬だというのがおわかりですの? あなた方の手ぬるさは、もはや十二使徒としての義務の怠慢ですわ」

 ミラは軽口を飛ばしたカルロスをキッと睨みつけると、辛抱これまでとばかりにまくし立てた。あんまりな言い分に、思わずカレンが反応する。

「なッ……そこまで言うことないでしょ! あたし達はちゃんと目的を達成して――」

「それとこれとは話が別でしょう、カレン? 言い逃れは聞きませんわよ」

「くっ……」

 一方的に論破され、カレンが言葉に詰まる。そこに、

「ずいぶん言うじゃねえかミラ。なら、お前ならどうするんだ?」

 その後ろから、今まで黙っていたハンスが、静かな調子で口を挟んだ。

「無論、言葉に違わない成果を残して見せますわ。そうですわね……さしあたり、あの子の従者は皆殺しにして、徹底的にわたくしを、十二使徒を恨ませてあげますわ。そうでもしなければ、ぬるま湯に浸かりきってしまったあの子も、目が醒めないでしょう」

「そんな……そんなことしたら、ミラ、クララに嫌われるよ?」

「それが甘いというのですよ、セルフィ。嫌われて結構、それがわたくし達の役目でしょう? そうすることでようやく、あの子は――クララはわたくし達の目指す場所まで辿り着くことができるのですから」

 決然と言い切るミラの言葉には、一片の迷いも無いように見えた。

 ふいにハンスが、くく、と忍び笑いを漏らした。ミラがそれを聞き咎める。

「何がおかしくて、ハンス?」

「へっ……いやぁ、たいしたもんだと思ってな」

 そして、自分の後ろ、セルフィが帰ってきた回廊の奥を指で示す。その奥には、ゼノヴィアの玉座の間があるはずだった。

「そんなにやる気なら、次に行ってみたらどうだ。母上もお前と似たようなことを考えてると思うぜ。立候補するなら絶好のチャンスなんじゃないか?」

「あなたにわざわざ言われずとも、元からそのつもりですわ」

 ハンスの言葉に、ミラは不服そうに髪をかき上げながら返すと、彼の脇をすり抜けて、奥へ行こうとする。

「―――  ―――」

 すれ違う瞬間、ハンスとミラの体がわずかに発光した。火の粉と水しぶきのような光の花弁がほころぶように宙に舞い、想いの光の熱で暗闇をわずかに白熱させる。

 何事もなくすれ違うと、ミラはそれを流し目で眺め、そのまま奥へと歩き去ろうとする。しかしその前、一歩だけ立ち止まり、

「そんなだから、あなたは甘いというのですよ」

 たった一言を言い捨て、ミラは回廊の奥の闇へと消えていった。

 後に残されたハンスが、小さく笑うように息を吐く。その様を見ていたカルロスが一言、

「どうだい?」

「どっちが甘いのかって話だぜ。ありゃ人のこと言えねえな」

 ハンスが軽く肩をすくめ、カルロスが小さく笑う。何が起こったのかわからないセルフィはきょとんとして、隣で硬い表情をしているカレンに訊ねた。

「え、え? なに? なにが『どうだい』なの?」

 疑問符だらけのセルフィに、カレンも降参したような表情になりながら話した。

「すれ違う瞬間、ハンスが『紋章』の魔力をほんの少しだけ解放しようとしたのよ。隙あらばいつでもやるわよっていう意思表示を、ミラにするためにね。そして、それを察したミラも同じように『紋章』の魔力をほんの少しだけ解放した。さっきの光はそれよ」

「……二人とも、喧嘩に入る寸前だったってこと?」

 恐る恐る言ったセルフィの答えに、カルロスがパチン、と指を鳴らして見せた。

「その通りだよセルフィ。ハンスは『その気になればお前を殺るぞ』という演技を見せて、ミラもそれに応えようとした。二人のうちどちらかでも本気で殴りかかっていれば、途端に壮絶な殴り合いが始まっていたってわけだ」

 説明をしながら、カルロスは仰々しく両腕を広げて宙を仰いでみせる。

「だが、そうはならなかった。ミラはハンスが殴りかかろうとしているのを知りながら、それを止めるための力を振るわなかった……これがどういうことかわかるかな?」

「え、え……うーん…………ミラには、喧嘩する気がなかったってこと?」

「まあ、ほとんど正解だね」

 カルロスの言葉に続いて、頭の後ろで手を組んでいたハンスが言った。

「結局あいつも、仲間を手にかけるところまではいかなかったってことだ。相手が俺かクララかってだけの違いだからな。俺にも手をかけられないようじゃ、あいつがクララに対してだけ非情になれるかも怪しいってことさ。だから人のことは言えねえってわけだ」

「へぇー……ハンスって、実は頭いいんだね!」

「目をキラキラさせて言うんじゃねえ。人のこと馬鹿にしてんの気付いてないなお前」

 ハンスがセルフィに呆れたように言う傍らで、カルロスとカレンが話を戻す。

「でも、実際どうなんだろ。ミラなら、クララの気持ちを引き戻せるのかな」

「まあ、あの通りプライドの高い子だからね。口にすることを違えようとはしないだろう。それにあの子は、セルフィとは真反対で、僕らの中でも人一倍母様への忠誠心が強い。そんな彼女がこの状況でクララの前に出れば……相応の結果は出てくるだろうね」

「相応の結果……って?」

「さあ、それまでは。僕も六星の巫女じゃないからね。まあ、あの子の思惑だって母様の考えの内だってことに気づいてないで息巻くあたりも、ミラの可愛い所だけど」

「気付いてるのに言わないって、あんたやっぱり趣味悪いわね」

 微笑ましげに言うカルロスの前で、カレンがじと目になりながら寒気立つ。

 その隣で、セルフィの肩を叩きながら、ハンスが言った。

「まあ、せっかく俺達の『氷剣』がいきり立ってるんだ。あのご高慢な口がどれだけのものか、俺達に大口を叩いただけはあるのか、見せてもらうとしようぜ」

「そうだね。僕らは次の出撃を待つしかないわけだし。ここはひとつ、彼女のお手並み拝見といこうか」

 カルロスがそれに同調し、四人は回廊の闇の奥に目を向ける。


 回廊の奥、玉座の間に入る通路の、闇の一歩手前。

 息を吸い、心を静めた《十二使徒》『海』ミラ=メアは、静かに燃える瞳を解き放つ。

 彼女は、十二使徒の中の誰よりも、プライドと使命感に燃える少女だった。母を、友を、家族を愛し、故にこそそれらを焼き尽くした者達への感情は、濃い純度を保っていた。

 それは、母なる彼女は言うまでもなく、自分達十二使徒と、そして、同じ過去を共有した彼女――クラウディア達についても、その心は同じだと、ミラもまた信じていた。

 だから、もしも彼女がその炎を忘れ去っていたとしたら――それこそ、彼女の最悪の反逆だった。もしもそうなら、彼女はクラウディアを一刀の下に切り伏せるつもりでいる。

(わたくし達がいない間に、どれだけの綾に絡められたのか知らないけれど――)

 ミラは、彼女の中にも燃えているはずの、同じ炎を信じている。

 故にこそ、目の覚めるほどに痛烈な一太刀を浴びせる気でいる。

(わたくしが、目覚めさせてあげる。腑抜けていたら、許さないわよ――クラウディア)

 深淵のような闇を射貫くように、氷のような瞳が燃えるように光っていた。

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