第36話 鍛冶の神様

「アマおねえちゃん!」


弾けるような笑顔のヒルちゃんが、カランカランと扉を鳴らして元気よく店に入ってきた――

って自分で言ってて違和感ハンパ無いけど、信じられない事に全て事実だ。

「お友達よ、連れて来たよ、ヘパトスよ」


ヒルちゃん……お友達いたんだ。


「実花が失礼よ、もちろんいるよ、友達百柱出来るのよ」

プンスカ怒るヒルちゃんが可愛い。

「あらヒルちゃんいらっしゃい。えっと『ヘパトス』って、もしかしてヘパイストス様の事かしら?」


奥から顔を出した天照さまがヒルちゃんに挨拶を返したけど、そこに聞き捨てならない名前が含まれていた、っていうか――

「ヘパイストス様!? ってあの鍛冶の神様の!?」

ラノベ界の有名じんじゃありませんかあっ!!




カラン……カラン……

と、ヒルちゃんの後ろでベルが遠慮がちに音色を奏で、ドアがそっと開いた。


「あの、ヒルちゃん……もう僕、入っていいかな? どうかな?」


その扉から顔を出して、そうこれまた遠慮がちにヒルちゃんに声を掛けたのは、ヒルちゃんと同じくらいの年齢に見える小さな男の子。

ってミルク様に続いてショタ神様かいっ!

――そうツッコミを入れたいところだけど、バステト様やアヌビス様の例があるから容姿についてはちょっとツッコみづらかったり。


……いや待て、ちょっと待て。ここまでの話の流れからかんがみるに、あのショタ――少年がつまり……?

「いらっしゃい、ヘパイストス様。いつもヒルちゃんと遊んでくれてありがとう」


確定。

鍛冶で有名なヘパイストス様は、なんとショタ様でした……




「あの、こんにちは天照さま。今日はヒルちゃんに誘われて……」

「ええ、来てくれて嬉しいわ。ゆっくり見ていって下さいね」


ヘパイストス様ははにかんだ笑顔で天照さまと私に軽く頭を下げると、ヒルちゃんと一緒にカートを押しながらゆっくりと店内を回り始めた。

あのちっちゃな方のカート、何気に使用率高いな……


って事で、今のうちにちょっと確認を。

「あの天照さま、ヘパイストス様ってあの『鍛冶の神様』のヘパイストス様ですよね?」

これ重要。


「ええそうよ。でも鍛冶だけじゃないから『モノ作りの神様』って言った方がいいかしら」

「それがどうして子供の姿なんですか?」

「ええっと……ちょっと弟の事でお母様と……まあ何て言うか、ご家庭の事情よ。あ、でも神話をそのまま真に受けたりはしないでね」


ああ……ヘパイストス様も例の被害者でしたか。

「いつものアレ、ですね?」

想像力に無駄に翼を授けちゃった♪ 的な神話アレ

天照さまは困ったような表情で頷いた。

顎に人差し指を当てたポーズが実にあざとい。

「アレって今で言うところのゴシップ誌みたいなものなのよねえ」


おっと、もう一つ不思議な点が。

「でもギリシャ方面の方なのにヒルちゃんと友達って……接点が思い付かないんですけど?」

「まあ人界はともかくとして神界こっちはこっちで楽しくやってるから、接点なんて案外あるものよ? 宗教戦争なんて所詮人間同士の覇権争いだから、起きたところで私達には何の関係も無いしね」

「はは、ナルホド……」


流石は神様と言うか、何て身も蓋も無い……


「で、あの二人が仲良くなった切っ掛けなんだけど。これまた例のゴシップ誌が垂れ流したデマの中に二人の生まれに関する悪質なのが……あ、思い出したら何だかちょっとムカッと……そうだわ、一年くらい日照りにしちゃおうかしら」


うわ今度はヤバイ事言い出したよ。


「やめて下さいっ! それって今の人達には何の関係もないですよね!? っていうか食料危機とかになったらアニメの更新も止まっちゃいますよ?」

「あら大変それは良くないわ、じゃあもうその事は水に流して……ああ、そういえば地上全体を水に流すなんてどこかの神話に――」

「方舟的なアレもダメですっ」


あれ? 日本の運命が今私に掛かってる?


「もう実花ってば、ホントにやったりはしないわよ……で話を戻すとね、二人はそのデマが共通の話題になってそこから友達になったってわけ。まあ別に隠すような事じゃないから、どんなデマだったかは後で検索してみたらいいわ」

「はぁ、分かりました」

「それでもし地上を洗い流したくなったら言ってね。全面的に協力するから」


はは、いい笑顔で何て事言うんですかね、この女神様は……てかホントに運命託されちゃったよ。




店内を隈無くまなく見て回り、所々で立ち止まっては商品をカゴに入れるヘパイストス様。

流石は店の関係者が案内しているだけあって、これまでのお客様のように『突然立ち止まった次の瞬間にレジに直行』なんて事は起きそうも無い。

順調にお買い物を続ける二人は推勧売おすすめコーナーにももちろん立ち寄り、端から色々な商品グッズを吟味していってる。よっヒルちゃんGJ大賞!


子供達――ってどちらも私より遥かに年上だけどね――が一緒に買い物する微笑ましい時間は小一時間続き、やがて二人はレジへとやって来た。

「あの、これ下さい。えっと……ここへカゴを置けばいいですか?」




そんなヘパイストス様が選んだのは……

おおっ見て下さいお店のグッズですよっ、天照さま!!


思わず横の天照を見ると、天照さまも嬉しそう。

だって会議までやった念願のグッズの、記念すべきお買い上げ第一号なんだから。


「あの、これ漢字ですよね。やっぱり漢字って格好いいなあ。一部地域の人間達が使ってる表語文字って凄い発明ですよね。そう思いません? 僕元々象形文字とかって図案の参考にしてたんですけど……あっでも表意文字も設計には必須だし、ああそうだ、天照さまの国ではこの漢字から表音文字を二種類も作っちゃったんですよね、凄いなあ。それにそれに――」


急にめっちゃ喋る……さっきまでの遠慮がちな様子は何だったのか……ああそうか。

これあれだ、趣味の人へと刺さる話題を振った時の……ていうか最近も見たな、主にスサさんで。


ヘパイストス様の絶賛に『我が意を得たり!』って感じだった天照さまだったけど、その表情が少しずつ固くなっていく…………のを尻目に私は次々と商品をお店のお持ち帰り袋へと入れていく。

すると、最後にカゴに残った希望――じゃなかった――商品は、凄くスッパイのが売りのレモン風味炭酸ドリンクとポテチだった。


「あのヘパイストス様、このドリンクって本当に酸っぱいですけど、大丈夫ですか?」

「――から、この漢字から沸き上がったインスピレーションを早速――えっ?」


私の問いで現実へと戻ってきたヘパイストス様と、その私にそっと親指を立てる天照さま。


「ああはい大丈夫です。ギリシャ方面の食事って結構酸っぱいのが多いので、普通に酸っぱいくらいだとちょっと物足りなくって。あと最近はジャガイモ料理も増えてきてるんですけど、これがまた口に合ったっていうか、色んなバリエーションを試してみたいなって。あとそれからそれから――」


ここにもスイッチがあったか……

だが!!


「――はい、ではこちらに神力を注いで貰えますか」

こういう時はニッコリ笑顔でむっちゃ事務対応すべし。コンビニのバイトで学んだ事だ。


我に返ったヘパイストス様は、炎のように真っ赤な神力を私が差し出した石へと注ぎ、袋を持ってヒルちゃんと一緒に店を出ていった。

これから外のテーブルで雑談でもするのかな……って、これってもしかしてデート?




――そして数分後。


「酸っぱぁーーっ」

外から響いてきたヘパイストス様の元気な声。

限界に挑戦する日本のヤリスギ商品開発が『モノ作りの神様』に勝利した瞬間でした。

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