第5章 工業都市エヴァンザ編 第5話(6)

「ルベールの傍にいてあげて。たぶん今、一番彼を傍で支えられるのはあなただから」

 それが、出発前夜、寝室でセリナがサリューにかけられた言葉だった。

「え……そ、そんな、急に何言うんですか。っていうかさっきの……」

「あら、あれは彼と私の間柄のことよ。あなたが気にするべきことじゃないわ」

「いや、そう言われてもですね……」

 言葉を濁すセリナに、サリューは本意を引き出す呼び水のように言った。

「なあに、セリナ。あなた、ルベールに他の女が絡みついてるのはイヤ?」

「イ・ヤ・です! 普段からあの猫娘がベタベタベタベタしてるの見てて知ってるでしょサリューさん! ぶっちゃけ言うとあなただって例外じゃないですからねッ!」

 思わず勢い込んで本音をまくし立てたセリナに、サリューは薄衣のナイトドレスをさらさらと肌に滑らせながら、薄く妖艶な笑みと、試すような目を向けた。

「そう。それじゃあセリナちゃんは、そんな天然タラシのルベール君の力にはなれない?」

「気持ち悪い言い方しないでください。……まあ、そんなこともないですけど」

 俯いたセリナを見て、サリューは、ふふ、と可笑しそうに笑った。

「ならそれでいいわ。でも出すとこ出していかないと不完全燃焼で気分悪くなるわよ?」

「だからそういう話はいいですって……結局あたしに何がさせたいんですかサリューさん。あたし、ルベールとかと違ってあんまり回りくどいの好きじゃないんですけど」

 セリナに不機嫌そうに催促され、サリューはようやくまともな話を切り出した。

「彼、この町の一件で、無理をすることを覚えたと思うの。その成長は頼もしいことだけど、彼の真面目過ぎる性格からすると、無理をしすぎちゃわないか、この先少し心配でね」

「それはわかりますけど……何でそこにあたしが入ることになるんですか」

 なおも不機嫌そうなセリナに、サリューは何でもないことのように言った。

「彼が一番自然体でいられるのって、たぶんあなたの傍にいる時なんじゃないかしら。私は少なくともそういうふうに見ていたけれど。いい女房役よね、あなた」

「え……っ?」

 虚を突かれて赤面したセリナは、サリューが悪戯気な笑みを浮かべているのを見て、沸々と熱い感情が溢れ出しそうになってくるのを感じた。

「冗談だったらホント顔面一発殴っていいですか、サリューさん」

「あら怖い。でも本当のことよ。あなたは彼にとっていい相手だと思う。あなたが彼をどう想うか、それをどう表していくかはあなた次第だけど、彼の近い距離で助けになれるって意味では、あなたは適任だと思うの。あなたは彼には無い貴重なものを多く持っているからね」

「ルベールの持ってない、貴重なもの……?」

 頭を悩ませかけるセリナに、サリューはベッドに横になりながら言った。

「まあ、難しいことじゃないわ。今後もルベールの傍にいてあげてってことよ。あなたがいてあげられれば、彼も自分のコントロールがしやすくなるでしょう。きっと彼にとってもあなたにとっても悪い話じゃないはずよ。ね、お願い♪」

「それ、あいつに告ったサリューさんが言えることですか?」

「あら、私は彼にこれからも傍にいてほしいって私の気持ちを伝えただけよ。何もあなたの気持ちを伝える邪魔はしてないと思うんだけど、どうなのかしら?」

「あーもう頭こんがらがる! もういいです! あの天然タラシを支えてやればいいんでしょ! わかりましたよやりますよやりますからもう寝ます! おやすみなさい!」

 不毛な会話をぶった切るように毛布の中にがばりとくるまったセリナは、

「ふふ、おやすみ。次はあなたが答えを出す番かもね、セリナ」

 頭まで被った毛布の向こうで、サリューのベッドの衣擦れの音を聞きながら、

(いらん手間かけさせるんじゃないっての……バカルベール)

 一連の話をした自分の体温が熱くなっていることに、不快な苛立ちを感じた。

 それが、出立前夜、セリナがサリューに託された、ほとほと迷惑な密約だった。

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