第5章 工業都市エヴァンザ編 第4話(6)

「《風陣縛封(エアル・シィル)》」

 ジークが一言での詠唱を行うのと、サリューが苛烈に踏み込んだのは、ほぼ同時だった。

 否、正確には、サリューの方がわずかに早かった。ジークの単語詠唱が終わった途端、サリューのいた場所を絡げ取るように、空気の網がその場を包み込んだからだ。それを察していたのか、サリューは寸分の間もなく突っ込むことを選択したのだった。

 最初の罠を突破し、彼我の距離を駆け抜ける中、ジークに迫るサリューの両手に、大気中から生み出された水が集まり、流体の鞭の形を成す。それを眼前に捉えたジークもまた、空いた両手に空気の渦を生み出し、荒れ狂う暴風の刃を形成した。

 サリューが一歩力強く踏み込み、手にした水の鞭を勢いよく振るう。それをジークが風の刃で断ち切ると、切り離された先端は水滴となって風に散り消える。だがその間にはサリューのもう片方の手にしていた鞭の一振りが迫っていた。

「《風護旋陣(エアロ・ヴォーレ)》」

 その直撃を危険と見たジークは、即座に身に流れる魔力を込めた単語詠唱を行う。言葉が終わるや間髪入れずにジークの周囲を荒ぶる風が旋風となって取り囲み、襲い掛かっていた水の鞭をその旋回の勢いで弾き飛ばし、霧消させた。

「《空間よ、凍て付け(E shema lenze)》」

「《嵐壁よ、爆ぜろ(A fende halma)》」

 その風の防護壁の向こうから聞こえたサリューの短縮詠唱と、それを聞いたジークが怖気と共に即座に対応のための短縮詠唱を行ったのも、ほぼ同時だった。

 二つの言葉が唱えられた直後、ジークの風が弾き飛ばし、周囲の空気中に撒き散らされたサリューの水が、一斉に魔力を帯びて凍りつこうとしていた。まるで空間自体を凍結させるかのような氷の檻を形成しようとしていたそれらの氷片が、ジークを守っていた風の壁が爆ぜるように勢いよく弾けたその爆圧で砕け散らされた。

 囚われる危機を寸での所で退け、旋風の渦の中心に立っていたジークの視線の先には、全身に水流を羽衣のように纏ったサリューが、挑むような目を向けていた。それを見たジークは、十年越しながら対等に渡り合う知己の伯仲の技量に、参ったような声を上げた。

「流石だねぇ。でもその様子だと、とことん遊びに付き合ってくれそうだね?」

「そう思われながら戦うのは疲れるわね。それで油断してくれるなら儲けものだけど、どうせそんな訳でもないんでしょ?」

「さあ、どうだろうねぇ。そういう君はどうなんだい、我らが同志、サリュエリス?」

 はぐらかされたサリューは、呆れたように首を振ると、闘志を宿した瞳を上げた。

「いいわ、その気分のあなたにまともな話が通じるとは思えないしね。だったらこっちもこっちの筋を通すだけよ。あなたのお望み通り、力ずくのお遊びでね」

 意を決したように言うサリューの両手に大気から生まれた水が集まり、クラウディアのそれに似た厚刃の水の剣が形成される。サリューはそれを腕慣らしのように豪快に振り回すと、その切っ先をジークに向け、挑むような視線と共に改めて宣戦を告げた。

「伊達にあの子やアルの傍に付き添ってないの。舐めてかかると、怪我するわよ?」

「応ともさ。楽しみだねぇ、十年越しの君の力、存分に味わわせてもらおうか!」

 その宣戦に応えるように、ジークの瞳と髪がその感情に呼応するように輝きを増し、その身の輪郭を翡翠色の光と風が包み込んだ。それに相対するサリューの身もそれと同じように、輝きを増す彼女の瞳と髪と同じ水色の光と水を纏う。

 互いに同じ姿を纏ったその二つの姿は、双方の実力が伯仲であることを知るのに十分な光景だった。その姿を見ていたセリナとルベールが、風の檻の中でそれぞれに息を呑む。

「何、あれ……サリューさん、あんな力持ってたの……?」

「団長や十二使徒の面々と同じ出身ってことを考えれば、説明はつく。けど……」

 納得しようとするルベールの声に、言いようのない懸念の色が混ざる。

 王都自警団では医療班に従事していたため使う機会もなかっただろう力とはいえ、それはルベールが初めて目にするサリューの姿だった。その力がどれほどの規模のものなのか、彼女が長いこと使ってこなかっただろうその力をどの程度制御できるのか、まるで想像がつかなかった。

 何より、自分達を背後に庇うように立つサリューの背中には、何やら危ないものが見えるように、ルベールには見えた。その理由を、ルベールは即座に知ることができた。

 彼女があの力を発揮した理由は、背後にいる自分達を守るために他ならない。ルベールには、サリューが自分達の盾になろうとしている意志が透けて見えたような気がした。

 そのことに、強く胸が締め付けられるのを、ルベールは感じた。

(そうか……君が感じていたのも、こんな気持ちだったんだろうね、クランツ)

「ルベール……?」

 知らず唇を噛んでいたルベールは、セリナの訝る声に気を取り戻した。

「セリナ、一刻も早くこの結界を突破して、サリューさんの援護に回ろう。相手の実力もそうだけど、あれはサリューさんも使い慣れてない力のはず。負担をかけ続けるのは危険だ。僕らが人質から抜け出すだけでも、サリューさんの助けになる。急ごう」

「うん、了解! やっとあんたらしくなってきたわね」

 気勢を取り戻し始めたルベールの言葉に、セリナは強い信頼を込めた頷きを返した。

「それで、どうやってこの壁を抜けるの?」

「僕に手がある。けどそう何度もは使えない。チャンスを――」

 ルベールがそう答えようとした矢先、空を裂く音と共に、風と水の立ち合いが動いた。

 空を切る風音と共に、斬閃の魔力を帯びた緑色の光る風が鎌鼬のようにサリューに襲い掛かる。サリューはそれに対し、両の手に握る水の剣に力を込め、短く詠唱した。

「《空よ、凍て付け(E shema lenze)》!」

 一声、発気と共にカッと目を見開き、サリューはその場で踊るように舞い、両の手にした水の剣を空中に振るう。彼女の魔力を帯びた水飛沫が、風刃の迫る空気中へと飛び散る。

 直後、サリューを切り刻もうと迫っていた風の刃が、走っていた空間ごと凍りついた。サリューは周囲を取り囲んでいたそれらを一望すると、その場で輪舞のように回る動きに乗せた氷の剣の一太刀で呆気なく打ち砕き、粉砕させた。

 氷の欠片が空気を光で彩る中、ジークは感嘆の声を上げる。

「空間氷結……君の母上様の十八番か。やはりもって、君もただ者ではないな」

「お生憎様。褒めても何も出ないわよ」

 軽口を返し、サリューは両手の水剣を構え直すと、油断のない瞳でジークを見据えた。

「あなたの風は私には通じない。素直に退いてくれれば、お互い楽だと思うけれどね」

「どうかな。お互いの力への対抗策が君にしかない訳じゃない。それに、状況有利が君にないことくらい、わかっているんだろう?」

 弱みを突くようなジークの言葉に、サリューの眼がより細められる。

 ジークの言葉が、セリナとルベール、それにルチアの身柄を人質として確保している、ということを表すことくらい、当然サリューにもわかっていた。そして、ジークもそれを認識している以上、下手なことが起こる前にどうにかその状況を打開する必要があった。

 彼らの身柄を握られている以上、サリューに今できるのは、彼らへ被害が及ばないようジークの気を引くか、三人の身柄を取り返すチャンスを窺うことしかなかった。しかしサリューは目の前の知己が、表向きの軽薄さとは裏腹に非常に計算高いことを知っていた。

 状況有利は自分に無い――全く以てその通りだったが。

(だからって簡単に諦めてあげるほど、こっちも柔な女じゃないわよ)

 心中で気合を入れ直すサリューに、ジークは興気な表情を見せて語る。

「その瞳……この状況でも為すべきことを見失わない意志がある。さすがだね。本当は君の存在は僕の派遣の目的にはなかったんだけど……これは本当に、来てよかったかもね」

「こんな状況でナンパなんて呆れた根性ね。悪いけど冗談に付き合っている暇はないわ」

「そりゃ残念だな、ならばこう言おうか。サリュー、こっちに――僕らの所に来ないかい?」

 ふいに告げられたジークの言葉に、サリューは訝るような目を向けた。

「貴方もタチが悪いわね。そんな冗談に付き合ってる暇はないって言ったばかりでしょ?」

「冗談じゃない、と言ったら……真剣に考えてくれるかい?」

 さらに押し込むように続けたジークの言葉に、サリューはいっそう眉を顰めた。

「どういうつもり? クララがいる以上そっちには行かないってさっきも言ったでしょう」

「そう、つまり逆転の発想ってわけさ。『クララがそっちにいるから君がこっちに来ない』っていうのが『君とクララは同じ場所にいたがる』と考えていいのなら……『君がこっちに来れば、クララもこっちに来る』って考えを導き出せるとは思えないかい?」

 得意げに発想を語るジークの言葉に、サリューは呆れたような目を向けた。

「やっぱり、貴方の目当てはクララなのね。他の女を誘き出すために女を誘うなんて最低よ」

「何と言われようと構わないさ。君にもクララにも戻ってきてほしい、また一緒に暮らしたい……その気持ちは、こっち側にいる僕らも、皆同じだからね」

 どこか悔悛と寂寥を滲ませるジークのその言葉の真意を問うように、サリューは訊いた。

「ジーク。貴方たち《使徒》は……ゼノヴィア伯母様はなぜクララを狙うの?」

「必要だからさ。僕達の……母様の《計画》の総仕上げにね」

 迷いなく即答したジークに、サリューの双眸が再び警戒に引き締められる。

「《計画》……《魔戒計画》のこと?」

「アルから聞いて知ってるんだろう? 僕達の《目的》も、その《方法》もさ」

「ええ、でも知らないこともあるわ。なぜその《計画》の総仕上げにクララが必要なの?」

 平然と答えるジークに、サリューは深刻な疑問を問いかけるような言葉を続けた。

「《魔戒》が貴方達の復讐の道具だとして、なぜそこにクララが必要とされるの? あの子も、あの子の母親も、誰よりもそんなことを望まない人だったこと、忘れたわけじゃないでしょう? もしも貴方達の復讐があの子とその母親への手向けだと考えているとするなら……貴方達のその計画は、初めから矛盾しているわ」

「うん、実にもっともな指摘だ。だからこそ、この《計画》が完成を見るには、クララが必要なんだよ。全ての罪に立ち合い、それらへの答えと共に裁きを下す《審判者》として、ね」

「《審判者》……?」

 異質な響きのその言葉に訝るサリューを前に、ジークは失言だったとばかりにわざとらしくおどけてみせる。隙間に見えるその眼はしかし、確信犯の策士のそれだった。

「おっと、ちょっとお喋りが過ぎたかな。まあいい、君がそれでもこっちへ来る気がないっていうなら、多少強引にでもその身を奪い取るまでさ。クララも君も聞く耳を持ってくれないなら、無理やりにでもそのきっかけを作るしかないからね。というわけで」

 その言葉と共に、ジークの周囲に再び、力を帯びた風が集まり始める。サリューを眼中に捉え、ジークは獲物を前にした切り裂き魔のように、不敵に笑った。

「ここで君に逢えたのは僥倖だった。クララを手中にするためにも、君の身柄を頂くよ」

「この上まだ女を攫おうとするのね。ホント最悪よ貴方。手籠めにされたくはないわね!」

 吐き捨てるように返すサリューの言葉と共に、再び風と水の二人が激突する。

 今度は先程の様子見合いから一転して、刃撃の入り乱れる乱戦になった。捕まる前に決着をつけることを目論むサリューと、押さえられる前に彼女の捕縛を試みるジーク。後がなくなった両者共に攻勢に出るようになったのは当然の流れとも言えた。

 苛烈に踏み込み合い、風の刃が空間ごと凍りつかされて撃砕され、水の圧撃は荒れ狂う風に切り刻まれる。互いに拮抗していた魔刃の撃ち合いは、一瞬の隙によって傾いた。

 ジークが展開した無数の風の刃が、壁のように隙間なくサリューに迫った。前から迫る風の壁、後ろにはセリナとルベールがいる。後には退けないことを知っていたサリューは迷わず、真っ向から迎え撃つ態勢を取った。

「《空よ、凍て付け(エアル・フィーゼ)》!」

 発気一声、サリューは魔力の溢れる剣を縦横無尽に振るい、前方の空間に氷結の壁を形成、迫り来ていた風刃の壁を真っ向から受け止めると、そのまま両手の剣を勢いよく振り抜いて、氷の壁ごとジークの最大攻撃を粉砕した。

 激層を凌いだ向こうに、一瞬、力を放出して無防備になっていたジークの姿をサリューは捉えた。好機とばかりにサリューは捕縛の力を練りながらジークに迫る。

 その時、攻勢を破られたジークが不気味に笑っていたのが見えた時には、遅かった。

「ッ……⁉」

 その表情の真意を図りかね、思わず躊躇したサリューの踏み込んだ足元に、薄い空気の網が蜘蛛の巣のように張ってあった。サリューがそれに気付いた時には、踏み込んだ風は蛇のように足から這い上がってサリューの下肢から上半身に次々と縄のように絡みつき、サリューの四肢を完全に縛り上げて地面に縫い付け、その動きを奪った。

 眼前で動きを奪われたサリューを前に、彼女を嵌めたジークが勝ち誇るように笑う。

「ふふ、引っ掛かってくれたね。『風で地面に縫い付ける』なんて、思いもしなかっただろう? 『氷が空気を凍らせる』のと同じくらいね」

「くっ……!」

 全身を不可視の糸に縛り上げられたサリューを目の前に、ジークはその場を一望した。

「さて、これで全員僕の手中に入ったわけだ。時間が来るまで暇なんだけど……何をして待っていようかな。君達を縛り続けるために魔力を使い続けるのも負担なんだよねぇ」

 そう言いながら風に縛られたサリューの白く細い肢体を眺めるように見回すジークに、サリューはあからさまに嫌な物を見るような目を返した。

「ちょっと。縛り上げた女に色目を使うなんて、ホントに最低の男のやることよ」

「そんな怖い目をしないでくれよ。僕だって何も心を分けた君に乱暴をしようなんて思わないし、人間風情相手に自分を貶めるような真似はしたくない」

 その言葉に遠回しに含まれていたジークの意図をサリューは察し、言葉にしてしまった。

「あの子達に手を出されたくなければ、言うことを聞けっていうこと?」

「さすがはサリュー、恐ろしいくらいに察しが良いね。僕の要求も、当然わかるだろう?」

 暗に要求を突きつけるジークの言葉に、サリューは微かに逡巡した後、こう訊いた。

「私が頷かなかったら、どうするつもり?」

「嫌だと言っても君を連れて行こう。残ったゴミは片付けてからね」

 ジークが何でもないことのように言ったその言葉を聞いたサリューの瞳に、陰が差した。

「本当に、人間を嫌っているのね。貴方も皆も……伯母様も」

「僕達からすれば、君やクララがそれを思わないのが不思議なんだけれどね。君やクララは、あるいは僕ら以上に、奴らに虐げられてきた者だろう?」

 問い返したジークの言葉に、サリューは小さく、過去を振り返るように寂しそうに笑った。

「そうね。私もクララも、心無い者に多くの大事なものを奪われた。クララは大切な家族と故郷を二度も奪われて、私はクララを守るために母さんの元を出る羽目になった……」

 けどね、と、サリューはその日から変わらない決意を帯びた言葉をはっきりと返す。

「私はクララを守ろうとしたことに後悔はしてないし、今さら過去のごたごたに引きずられる気はもう無いわ。あんな奴らのことにいつまでも気を煩わされながら生きてるなんて、それこそ煩わしくてしょうがないもの。貴方達だって、本当はそう思ってるんじゃない?」

 サリューの決然たる問い返しに、ジークの答える言葉に静かな苛立ちが混じった。

「ああ、その通りさ。あんな奴らのことなど早く片を付けてしまいたい。だからこそ僕らは《計画》を進めているんだ。あの日のことを、全ての罪を、この国から粛正するために」

「それが貴方の……貴方達の本音ってわけね」

 その言葉を、ジークの真意を聞いたサリューの瞳に、深い悲しみの色が宿った。

「貴方達の気持ちはわかる。同情はするわ。けど、貴方達にはいつまでもそんな所に閉じこもっていてほしくはないかな」

 サリューの零した言葉に、ジークの返した言葉に微かな怒気が込められる。その怒気に呼応するように風条の束縛がきつくなり、全身を締め付けられたサリューが呻きを上げた。

「じゃあ何か。君はあの日のことを無かったことにでもできるというのか?」

「いいえ。私だって、あの日のことを忘れることはないわ。安住の地を焼かれ、家族を引き裂かれ、逃亡を余儀なくされた……あの日のことは、一生忘れるつもりはない。けどね」

 苦悶の色を見せながらそれに再び返したサリューの言葉にも、力強い熱が込められる。

「あれからそれ以上にたくさんの人と出逢って、多くの温もりを貰ったの。私もクララも、その温もりにあの日の傷を癒された……貴方達のことも含めて、大切な人達との出逢いが、共に育んだ絆が、今の私を助けてくれてる。あの日の痛みさえ、塗り替えられるほどに」

 己の境遇を顧みたサリューは、そこから生まれた思いをぶつけるようにジークに問う。

「私は、私を愛してくれた人達のことを愛してる。貴方達にだって、その感情はあるでしょう? 私やクララや、皆や、伯母様に向けてくれる、あの温かい心が!」

「ああ、あるとも。僕は今でも君やクララや母様達を愛しているさ。だがそれを奴らにも当てはめろっていうのか。親を殺し、村を焼き、仲間を引き裂いた人間に!」

「いい加減に目を覚まして! 貴方達が戦って倒すべき相手は、貴方の痛みが生み出したそんな幻想じゃない! 幻想に目を奪われて、大事なものを見失わないで!」

 希うようなサリューの叫びに、動きを止めたジークが、没我のように呟きを零した。

「今さら人間を『憎むな』なんて、無理な相談だ……奴らが僕達にしたことは、何をしても償われるものじゃない……裁かれるべき罪を裁いて、何が悪い?」

「私は信じるわ。私を助けてくれた全ての人の心を。そして、私を信じようとしてくれる、貴方のことも。貴方達の中にまだ残っているはずの、人を愛そうとしてくれる心を」

 それに答えを返すように、サリューもまた確たる意思を込めて言葉を紡ぐ。

「なぜだ、サリュー……なぜ君は、あんなに愚かで醜い人間を信じられる?」

「私を愛してくれた人達のことを、確かに信じられるからよ。人間か魔女かなんて、今の私には些細なこと。私の傍にいようとしてくれた人達のことを、私は信じているから。私も、そしてきっとクララもね。だから私達は、今の貴方達の所には行けないのよ」

 理解不能とばかりに問うジークの問いに、サリューは確信と決意と共に言葉を返す。

「人は、過去を背負いながら、それでも今と未来を生きていくの。私は、私達を助けてくれた人の心を信じてる。だから、あの日の痛みに縛られたままで、人の優しさが見えていない今の貴方は……きっと、今の私達には勝てない!」

 サリューがそう言った直後、彼女を縛り付けていた風の呪縛が、音を立てて弾けた。

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