第72話 再生

 治療依頼を無事こなし帰って来た姉さんに、依頼を受けて王都に出掛ける事を告げ、護衛体制を見直すつもりだった。

 其れなのに私も行く! の一言で予定変更。

 断ったが、王都で買ったお菓子がもう無いと、ミリーネを巻き込んでごねやがる。


 お財布ポーチでは、ビスケット類以外はそう長持ちしないから無理ないかと思っていると、ミリーネのお願いウルウル攻撃が来る。

 四歳にして、女の武器を使うミリーネ恐るべし。

 俺はお仕事に行くんだが、姉さん達は買い物が終わったらヘイエルに帰ることを条件に、同行することになってしまった。


 馬車二台で王都に向かうが非常にスムーズに進む、あれから半年以上立っているが以前とは大違い。

 おい、奴らの顔を見たかとミューザが大笑いしたのは、ヴァラの街に入った後だった。

 貴族専用通路に入ると、衛兵達が顔を引き攣らせて敬礼したが誰も近寄ろうとしない。

 連絡を受けたであろう上司がすっ飛んで来て敬礼し、お通り下さいの一言で通過を許してくれたと話していた。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 王都では以前と同じドブルクホテルに宿泊し、ブルーゼン宰相に王都到着を知らせると、夕食前には支配人からお客様がお越しですと呼び出される。

 随分腰の軽い宰相閣下だ事と、皮肉気味に応接室に向かう。


 「ヒュイラギ殿、依頼をお受け頂き感謝に堪えない」


 「高ランク冒険者を、どれ程投入したのですか」


 「最初に30数名、その後十数名依頼に応じた者を追加しましたが、既に半数近くが死傷したり依頼放棄で脱落しました。まさか谷底の森が、此れほど危険な場所とは思いも依りませんでした」


 「まあね、ゾルクの森から地の底と呼ばれる森まで崖を下りるだけで一苦労、下に降りたらゾルクの森より一回りも二回りも大きい獣と出会す事になる。ドラゴンも彷徨いてますし、コルツ達の様な特殊な冒険者にしか自由に歩けませんよ」


 「お願いです、王国内には高ランク冒険者の数が激減しているのです。これ以上彼等が減ると、各地の魔物の討伐にも影響がでます」


 「谷底の森で怪我をした高ランク冒険者はいますか、王都に居れば彼等に会いたいのですが」


 俺や姉さんが治癒魔法を使える事を知っているので、詳しい事を聞かず探してみますと約束して帰って行った。

 丁度姉さんも居るし、治癒魔法で出来るかどうか試したい事がある。


 腕の複雑骨折一人、肘から先の欠損一人に肩から腹に掛けて爪痕がざっくり付いた重傷者を治療する事になった。

 腕の複雑骨折は、ビッグホーンゴートに跳ね飛ばされた上に蹴られたと言ったが、良く千切れなかったなと思えるものだった。

 治療は姉に任せ、俺は隣で怪我を治る様子を見ているだけ。


 怪我が治っていく様子は、まるで魔法のよう・・・いや治癒魔法だけど。


 肩から腹に掛けて爪痕がざっくり付いた男は。ゲロマズの上級ポーションを飲んだお陰で死なずに済んだと、力なく笑っている。

 複雑骨折した男の治療を見ていたので、期待の籠もった目で姉さんを見ている。

 魔力を流し込み始めると一瞬呻いたが、後は黙ってされるがままに受け入れた。

 姉さんが手を離すと、自分の怪我した場所に手を当て確認していたが〈凄え、治ってる〉と呟き呆けている。


 肘から先を欠損した男は、何も言わず二人の治療を見ていたが言われるがままにベッドに横たわる。

 俺は姉さんに何時もの様に治療をすれば良いが、怪我が治ってもその状態を維持する様に頼む。

 姉さんが左手を握り、魔力を流し込んで全身に広げていく、俺は欠損部分に掌を乗せ魔力が全身に広がるのを待つ。

 欠損部分にも姉さんの魔力が到達するのを感じた所で、その魔力に被せて欠損部分だけを俺の魔力で二重に包みながら復元を願って魔力を増やしていく。


 〈オイ! なんか腕の先が熱いんだが〉


 「黙ってろ、耐えられなくなったら言え!」


 男の中に広がる魔力が揺らぐのを感じ、姉さんに気をそらすなと注意する。 お前の身体で実験しているとは言えないので、欠損した部分を睨みながら魔力を増やしていく。

 魔力が増えた事により、欠損部分が淡い光に包まれながら肉芽が盛り上がり始めている。


 〈まさか・・・そんな〉

 〈聖者様か!〉

 〈なんてこったい〉


 治癒魔法を興味津々で見ていた、ブルーゼン宰相や、護衛の騎士達の声が煩い。

 彼等を運んできた者達を室外に追い出しておいて良かった。

 然し思ったより魔力の減りが早い、見られない様に空間収納からハイゴブリンの心臓を取り出し、口の中に放り込み水で流し込む。

 全員、外に出しておくべきだったと後悔したが手遅れだ。

 最も、知られた所で魔物の心臓をホイホイ口に入れる奴はいない、百人千人に一人しか耐えられないって事は有名だ。


 二度ハイゴブリンの心臓を口に放り込んで、再生は終わった。

 俺の仮説は正しかったが、こんなに魔力を消費するとは思わなかった。

 数多の治癒魔法師の中から、此れを思いついた奴がいても魔力切れで再生は無理だ。

 一人でやろうとすれば、何度魔力切れを起こすか判らない、肘から先の腕一本で此の様だ。


 「ハルト、あんたは」


 「姉さん、今は疲れて喋りたくないよ」


 〈治ってる・・・無くなった腕が有る〉

 〈ハルト殿は、エリクサーを上回る治癒魔法が使えるのか〉


 〈オイ、動かしてみろ!〉


 泣きながら自分の腕を見ていた男が、真剣な顔で拳を握るが別な意味で泣きそうな声を上げる。


 〈駄目だ! 力が入らない。動くんだけど全然力が入らないよ〉


 此の、馬鹿が!


 「当たり前だ! 見かけは元の腕だが出来たばかりだ、鍛え直さなければ元通りになる訳ないぞ。怪我した奴を治しても、流れた血は元に戻らないのと同じだ」


 まったく、其処まで面倒みてられるかよ。

 疲れたからと言って、全員部屋から追い出し横になると寝てしまっていた。 目覚めると姉さんが横に座っていて、昔キリトに殺され掛けた時の事を思い出してしまった。


 「宰相様が、改めてお願いに来ると言ってたわよ。ハルト殿って、あんた何の仕事をしているの」


 「冒険者だよ。家を追い出された時から、ずっと冒険者をしている。ただ、コーエン侯爵様からの依頼とか、王家の依頼も受けた事があって、今回も王家から討伐依頼の話しがきているんだ」


 「あんた、昔は嘘つきって言われていたけど、あんたの言ったとおりだったから、今回もそうなんだろうね」


 「言ってなかったけど、腕の再生治療は姉さんには無理だからね」


 「判ってる、あんたが魔力切れで倒れるくらいだから、私にそんな魔力は無いわ」


 「姉さんが俺と同じ魔力量になっても無理なんだ、ブルーゼンに見せたのは、其れを教える為でも有ったんだ。姉さんが怪我を治し、俺が欠損部位を再生治療する所をな」


 ・・・・・・


 部屋から追い出されたブルーゼン宰相は、お供の者や治療を受けた冒険者達に厳重な口止めをした。

 完璧な治癒魔法師が二人、然も一人は再生治療まで出来る何て事が他に知られたらドラゴン以上の大騒ぎになる。

 ハルトの思惑通り、王城に引き上げたブルーゼン宰相は、報告の為に国王陛下の元に直行した。


 ・・・・・・


 翌日改めてブルーゼン宰相から、谷底の森で野獣魔獣の討伐依頼を受けた。 安全な道を作るのなら、通路を全て地下道にしろと言いたいが流石に其れは無理がある。

 俺への依頼は野獣や魔獣の間引きだ、地の底への出入り口から金鉱床の在る岩山までの行き来の護衛は高ランク冒険者に任せる。

 依頼料金貨1,000枚、魔獣一頭に付き金貨20枚を別途支払い、獲物は俺の物で依頼を受けることにした。


 連れて行くのは御者のミューザとヤハンにハインツとした、ドラゴンを見たことが無いヤハンとハインツは浮かれ気味だ。

 王都からグリムの街まで10日、西に一日行ってゾルクの森、森を西に1日半で地の底の淵に到着となる。

 12日半×2で25日、谷底の森探索に20日使うと一月半の食料が必要になる。

 其れを4人分に予備を含めるとなれば、食料の買い出しが大変だ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 王都出立前、グリムの街に到着したら代官に会い、現状の説明を受けてくれとブルーゼン宰相から言われている。

 馴れているミューザが、元伯爵家邸宅を利用した代官屋敷に馬車を進める。 今回は正門から入り玄関に横付けすると、執事が出迎えてくれたが見知った顔である。

 玄関ホールでは、ホウル・フェリザイと家族、後方にはメイドがずらりと並んで出迎えられた。


 「ブルーゼンの野郎は、一言も言ってなかったが」


 「全ての精算が終わり宰相閣下に報告致しましたところ、陛下よりガーラル地方を5年恙なく収める事が出来れば、此の地を与え伯爵位のままにしてやろうと言われました。ヒュイラギ殿が、宰相閣下に口添え下さったお陰です」


 「そんな事を言った覚えは無いが?」


 「いえ、父でなく私なら伯爵家は安泰であっただろう、そう仰られたと聞きしました」


 覚えていないので、肩を竦めて誤魔化す。

 執務室に移動し、開口一番肩代わりした金貨4,500枚と利子として金貨500枚の入金が三月前に終わり、報告書をお送りしておりますと言われた。

 此の世界の交通事情と、俺がウロウロしているせいで知らなかったよ。


 ホウルの報告に依れば、谷底の森の管理に金の採掘と輸送の全てを命じられているとの事。

 物が物だけに、失敗は許されないので大変ですと苦笑いしている。

 王家は降格しない代わりに、森の管理と金の採掘や輸送の責任全てを、ホウルに押しつけたって事らしい。

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