第71話 二度目の依頼

 〈どうなっているんだ! この森は〉

 〈ゴールド,プラチナランカーが何人死んだと思っている!〉


 「だから、俺の指示に従って行動しろと言っただろう。幾ら高ランクと言えども、谷底の森は余所とは違うんだよ」


 〈この間出くわしたブラックウルフですら、今まで見た奴より二回りは大きかったぞ〉

 〈其れ処か、野獣も魔獣も全体に大きくて強い奴ばかりだ〉

 〈本当に、この森を自由に歩く奴が居るのか〉


 「居るよ、あんた達も見ただろう討伐されたドラゴンを」


 〈ああ、あれを討伐した奴等は化け物だぞ。ゴールデンゴートやアーマーボアですら倒すのに命懸けだってのに〉

 〈俺はドラゴンを王都で見たが、二頭とも一撃で倒していたから、ドラゴンといえども俺達だって倒せるんだと思てったよ〉

 〈もう何人死んだか判らない、俺はこの依頼から下りるよ〉


 〈オイオイ、あんたプラチナランカーなんだろう。情けねえなぁー〉

 〈好きに言えよ、お前も谷底の森を、三日歩けば判るさ。最も三日生きていられたらな〉

 〈忠告しといてやるよ。死にたくなければ、谷底の森の案内人コルツやエイフ達の指示には従えよ〉


 〈この危険な森を、一人で歩ける数少ない奴だからな〉

 〈なんでお前みたいなブロンズが自由に歩けるんだ?〉


 「俺は闘わないからさ、薬草採取に討伐の腕はいらない。静かに歩き、獣を避けて通るだけだよ」


 〈お前はドラゴン討伐を見たのか?〉


 「いや、討伐の時には別のパーティーと行動していたから、俺は見ていない」


 〈ケッ、そんな事だろうと思ったぜ〉


 「三年以上前にこの森を案内したが、ドラゴンを手玉に取っていたのは何度も見たよ」


 〈どう言う意味だ〉

 〈其奴の名は?〉

 〈手玉に取るだと、寝言は死んでから言え!〉


 「王家から口止めされているから名前は言えないが、ドラゴンと出会うと、バレットをバンバン撃ち込んで追い払うのさ。討伐しないのかって聞いたら何て言ったと思う・・・邪魔だし持って帰る道具がないからいらないって。その後で、王家の依頼を受けて別の奴等と森に入たからな。次に会ったとき、彼等はマジックポーチをポンポンと叩いて笑っていたよ」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「陛下、雇った高ランク冒険者の被害が大きく、依頼を放棄する者が出始めています」


 「ドラゴン討伐ではないぞ、何故それ程被害が出るのだ」


 「彼等の言い分を聞きますに、谷底の森に住まう野獣も魔獣も、他の森より身体が大きく強いものばかりだそうです。以前ハルトが王都冒険者ギルドに持ち込んだゴールデンベアも、語り草になるほどの大きさだったそうです」


 「やはり彼に依頼するしかないか」


 「このままだと採掘した金の輸送が出来ません」


 「あの森の案内人に運ばせれば良いではないか」


 「陛下、採掘の交代要員に食糧と生活用品などを運ぶ事も必要なんです。冒険者一人に運ばせるには無理があります。安全な筈の通路が獣のせいで使えません」


 「魔法部隊はどうした」


 「まるで役に立ちません。周囲を護衛に守られ詠唱する時間が必要ですが、その護衛が役に立ちません」


 「彼は今何処に居る?」


 「ヘイエルに居ますが、耳寄りな話が一つ」


 「彼の事でか」


 「彼の姉の事です。彼は姉に魔法の手ほどきをして、その腕前を格段に上げさせました。然し姉のヘレナの魔力は30なのです、その上治癒魔法も使えるそうです」


 「そんな馬鹿な」


 「お忘れですか陛下、彼の魔力は10ですぞ。氷結魔法と空間収納を使い熟し、授かってない火魔法と治癒魔法を使う彼には驚かされるばかりです」


 「その秘密は探れるか」


 「いえ、彼に関する事では一切の手出しを禁じています。ただ姉に対する火魔法の訓練は、冒険者ギルドで行われたので多くの冒険者が見ていました。其れを見て真似た冒険者の中には、魔法の腕を上げた者も多数いるようです」


 「その腕を上げた冒険者を招き、魔法部隊を訓練させろ。谷底の森の、野獣や魔獣の数を減らして欲しいとの依頼もだせ」


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 カラカスの街に到着したヘレナ一行は、一度街のホテルに部屋を取る。

 モルサンが、ヘレナのカラカス到着をフィラハ子爵邸に伝えに行くと、直ぐにフィラハ子爵邸よりジャコヴァが迎えに来た。

 ヘレンはモルサンを供に、迎えの馬車で子爵邸に向かった。


 正門から子爵邸に入り賓客として迎えられるが、ヘレナが治療に訪れる際の取り決めに従って挨拶はいたって簡素。

 執事に案内され、第二夫人の次女カーラが待つ部屋に向かう。

 執事がノックしてヘレナの到着を告げ、ドアを開けて傍らに控え一礼する。

 ヘレナも一礼して室内に足を踏み入れたが、ベッドの傍らに立つ人物を見て硬直してしまった。


 ヘレナもハルトも庶民だ、古着屋の子として成長しハルトが公爵待遇となった今も、ヘレナ自身は貴族と相対することが無かった。

 ヘレナが貴族や豪商達に良い様に使われない為に、ハルトがコーエン侯爵にすら会わせていない。


 「ヘレナ様、ご挨拶は必要御座いません。カーラ様の治療をお願いします」


 背後に控えるモルサンに声を掛けられて頷き、ギクシャクと歩き出す。

 ベッドを挟んで立つ二人に一礼し、モルサンの引いた椅子に座り横たわるカーラを見つめた。

 17才と聞いていたが、痩せ細り微熱によるものだろう寝汗を額に浮かべている。


 掛けられた薄衣に手を入れ、カーラと手を繋ぐと軽く目を閉じ慎重に魔力を流す。

 怪我人の治療は、オシエク通り襲撃の時に経験したが、病人は初めてである。

 ハルトは病人も治ると言っていたし、クロドス商会のフィシアちゃんを治している。

 其れを信じ、流し込んだ魔力をカーラの中で広げていく、容体を見ても治ったのか判らないが寝息が安定した様に見受けられる。


 黙って立ち上がり、自分を見つめる二人に一礼し、暫く様子を見ていて下さいとだけ告げる。


 「あの・・・ヒールとか」


 夫人が心配そうにヘレナに声を掛けてくるが、すかさずモルサンが制止する。


 「失礼ですが奥様、ご挨拶も不要、何も質問しないお約束です。ヘレナ様が、暫く様子を見ていて下さいと申しましたので、その様に」


 そう言って一礼するモルサンとヘレナを、交互に見る目が不信感に満ちている。

 そんな二人にヘレナは一礼してドアに向かう。


 送迎の馬車に乗り込みドアが閉められるとヘレナの愚痴が出た。


 「やっぱり私は古着屋の娘で庶民だわ。ハルトが建ててくれた家も立派過ぎて戸惑うけど、このお家では落ち着けそうもないわ」


 モルサンが苦笑しながら、ハルトの心遣いを説明する。


 「その為にローブを羽織って胸の紋章を隠し、挨拶や交渉の必要が無い様に私を供に付けたのです」


 子爵邸からホテルに帰って五日、そろそろカーラの様子を窺いに使者を出すべきかとモルサンが考えている時、ホテルの支配人から来客を告げられた。

 トリア・フィラハ子爵と第二婦人と判り、モルサンはヘレナの供としてホテルの応接室で対面する。


 「ヘレナ様、有り難う御座います。ヘレナ様が帰られた後でカーラが目覚めました。今は意識もはっきりし、スープなども食せる様になりました」


 そう言って二人揃って深々と頭を下げた。

 ヘレナはそんな二人を見つめ、ほっとしていた。

 病人の治療は初めてだし、治癒魔法で治ることは判っていても自信が無い。

 頭を上げた二人がマジマジとヘレナの胸を見ている、自分がローブを羽織っていなかった事に気づいたがホテル内では仕方がない。

 余計な事は言わず一礼し、後はモルサンに任せる事にした。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 「ハルト、王家の使者と名乗る奴が来ているぞ」


 ハインツがびっくり顔で俺の所に駆け込んできた。


 「モルサ・・・は未だ帰ってないのか」


 「俺達じゃ、相手の仕方も判らないから出てくれよ。取り敢えず、貴族用の応接室に放り込んでおいたから」

 興味津々で応接室に向かう俺を見送るハインツ、又面倒な説明をする事になりそうだが、説明はホランに任せる事にする。


 ・・・・・・


 使者の差し出した書状は、谷底の森で野獣や魔獣の討伐を依頼するものだった。


 金鉱脈の開発は順調に進んでいたが、ゾルクの森と谷底の森を結ぶ通路を通り、金鉱床までの往復に多大な犠牲が出ている事。

 その為、プラチナ・ゴールドランカーを集め、谷底の森での討伐依頼を出したが、多数の被害を出し依頼放棄する者も出ている事。

 野獣や魔獣の跋扈する森を安全に通行できる様にして欲しい、今は採掘や精錬する坑夫の交代すら出来なくなっている、と窮状を訴える内容だった。


 まあ、折角の金鉱から金を採掘しても、運搬経路が使用不能ではお宝も絵に描いた餅同然だからな。

 コルツにマジックポーチを預けて運ばせれば良いと思うが、多分信用してないのだろう。

 それに、交代要員はコルツの案内でも、安全に谷底の森は通れないって事か。


 「返事は急ぐのか」


 ブルーゼン宰相閣下からの親書ですと差し出したきり、黙って待っている使者に確認する。


 「お返事を貰って参れと、申し使っております」


 無視しても良いが、此処は王家に恩を売って置くのも悪くない。

 お飾りとはいえ、公爵待遇も貰っているし、姉さんが帰ってきたら警備体制を見直してから、依頼に応える事にした。


 「2~3週間したら王都に行くよ、何時ものホテルに投宿するから、其処で詳しく話を聞くと伝えてくれ」


 恭しく一礼して帰る使者を送り出したハインツが、うずうずしている。

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