第52話 解除
先ずは金庫室に直行、渋れば火炙りになるので極めて従順に金庫室の扉を開ける。
開いた扉の傍に佇むクルーゲンを、金庫室に蹴り込む。
俺がお宝に目が眩んで中に入れば、外から扉を閉めるのはみえみえなんだよ。
失望が顔に出ているが、素知らぬ顔で後から中に入り見渡す。
左の棚は高価なマジックポーチと書類がずらりと並び、ランク5・6が中心だが最高ランクも二つ有る。
右側は革袋が団体で鎮座していて、傍らに豪華な木箱が三つ置かれている。
中は様々な宝石がずらりと並べられているトレーが五段。
魔石・魔道具・宝石取り扱いは伊達ではないって事か。
ランク5のマジックポーチに、それら全てを投げ入れて金庫室を空にする。
クルーゲンが其れを見て、声にならない声で呻き身を捩っている。
「ヘレナ姉さんに手を出した報いだ。お前を殺さない代わりの慰謝料だな」
金庫室の次は酒蔵だ、ずらりと並ぶボトルを別なランク8のマジックポーチに次々といれる。
此れは俺に対する迷惑料で、長い人生の潤いにさせて貰う。
* * * * * * *
護衛の皆に後を任せて冒険者ギルドへ向かい、ヘイエルの街まで早馬を頼む。
護衛も含めて6~7名でシルバーランク以上、馬賃も含め一人銀貨5枚で10日分を俺の口座から引き落としてもらう。
俺の依頼内容を聞いていた者達の中から、名乗りを上げたシルバーランクの7人を選抜して書状を託す事にした。
行き先をヘイエルのコーエン侯爵邸と告げると、怪訝な顔をされた。
当然だな、一介の冒険者がコーエン侯爵様に書状を送るとは、それも金貨35枚も支払ってだから。
馬車で10日の距離だ、10日以内に返事を貰ってきたら一人金貨1枚の褒美を払う、と約束すると皆張り切ってギルドを後にした。
返事はクルーゲン商会の会長に届けてくれと頼んである。
コーエン侯爵様からの返事が届く前に奴隷商を片付けて、ヘレナ姉さんの首輪を外す事にする。
護衛の一人に案内させて、ルンデス商会の立地を確認する。
店内の間取りと警備員の配置、その他の護衛達の事はクルーゲンから聞き出して頭に叩き込む。
クルーゲンの馬車で護衛6人を引き連れて、エラードと共にルンデス商会に出向く。
エラードが俺をクルーゲン様の代理だと警備の者に伝えると、すんなりと中に招き入れられた。
店を仕切る番頭にも同様の事を伝えて、番頭の案内でルンデスの執務室に入る。
俺の顔を見て不審気なルンデスと番頭二人にアイスニードルを射ち込み、四人の護衛にはアイスアローを手足に射ち込んで無力化する。
声が出せない様に喉にアイスニードルを射ち込んだら、店内制圧を始める。
出入り口の警備の者から始めて店内の使用人全てに、アイスニードルを手足に射ち込み声を出せない様にして放置し店は臨時休業だ。
奴隷商なら滅多に客も来ないだろうし、不審がられる事も無いはずだ。
店内全てを制圧したら、ルンデスにご挨拶。
「クルーゲンの所に卸している、終身犯罪奴隷の首輪の解錠方法を教えて貰いに来た。早めに喋る方が身の為だと言っておく、店内は制圧したので時間稼ぎは無駄だぞ」
そう言って喉のアイスニードルの魔力を抜く。
「エラード、お前達は狂ったのか? こんな事をしてヴォルフ子爵が黙っていると思っているのか」
偉そうにエラードを睨んで脅すので、ルンデスの口の中に小さな火球を一つ作ってやる。
口の中の違和感にギョッとしたが、直ぐ熱さに七転八倒する事になった。
死んでは困るので直ぐに魔力を抜き、口内を火傷してヒュウヒュウ言っているルンデスに警告する。
「聞かれた事以外は喋るな! 余計な事を言えば何度でも同じ目に合わせてやるからな! 判ったら頷け」
そう告げると必死に頷くので、手を握り口内の火傷を治してやる。
終身犯罪奴隷用首輪の解除方法は思ったより簡単だった。
ルンデスがお財布ポーチから取り出したのは、赤黒い石の付いた〔拘束と解除の指輪〕で呪文も極めて簡単なものだった。
聞いた時には阿呆らしくなったが、指輪の制作者が死んだり遠くて呼び寄せる事が不可能な場合を想定して、簡単で確実な方法だそうだ。
本当かどうか試す為に、首輪の在庫から終身犯罪奴隷用の首輪を用意させてルンデスの首に嵌める。
ルンデスの首に嵌まった首輪に赤黒い石の指輪を接触させ〔汝ルンデス、お前に終身犯罪奴隷の首輪を与える。ルンデスの名に於いて〕だそうだ。
汝の後の名前を首輪を嵌める人間の名にするか、名前が判らない場合は制作者の名前を前後に唱えれば良いそうだ。
ルンデスの名に於いてとは、制作者の名で指輪に刻まれている者の名だそうだ。
後は支配の指輪を押し当て、〔以後我の命に従え〕と支配者登録をすれば指輪の持ち主が支配者となるんだと。
首輪の解除は〔汝ルンデス、お前の終身犯罪奴隷の首輪を解除する。ルンデスの名に於いて〕で外れるって。
そして相手の名が判らなくても外すだけなら制作者の名前〔ルンデスの名に於いて、終身犯罪奴隷の首輪を解除する。ルンデスの名に於いて〕ってふざけていやがる。
終身犯罪奴隷の首輪のところを、犯罪奴隷の首輪とか借金奴隷なら奴隷の首輪と言い換えるだけで、全て同じだそうだ。
此れを誰も知らないのは、首輪を嵌める時も解除する時も呪文を小さく口内で呟く為、誰にも聞かれないからだと言った。
お財布ポーチから支配の指輪を取り出し、ルンデスの首輪に押し当て〈以後我の命に従え〉と唱える。
俺が支配の呪文を唱えだした時、ルンデスが硬直してしまった。
恐る恐る振り向き、俺の手に支配の指輪が握られているのを見て顔色を変えている。
「以後俺に敵対するな、命令には無条件に従え。そして逃亡や自殺を禁じる。全ての行動は俺の利益の為にのみ許される」
ルンデスがフリーズしているが、気にしない。
首輪の制作者だ、奴隷の首輪を嵌められても外す為の抜け道はあるだろうが、そうは問屋が卸さない。
SF小説の定番、ロボット三原則の亜流だが逃げ道は塞いだと思う。
次ぎに店内に転がる護衛と店員に、奴隷の首輪を嵌めて回るお仕事に邁進する。
転がっている男達の名前など聞いても無意味なので、素早く済ませる事にした。
〈汝ルンデス、お前に終身犯罪奴隷の首輪を与える。ルンデスの名に於いて〉
〈汝ルンデス、お前に終身犯罪奴隷の首輪を与える。ルンデスの名に於いて〉
・・・飽きた!!! お経の様に14回も続けるのは苦行だ!
終身犯罪奴隷の首輪を付けた者14人を一カ所に集めて、順番に支配の指輪を押し当て〈以後我の命に従え〉と唱える。
その後はルンデスに命じた事と同じロボット三原則亜流を唱えて、完全制圧完了。
各自持ち場に戻らせて誰も店に入れるなと命じる。
護衛四人とルンデスが残り、此れからが奴隷商の秘密を暴く本番だ。
違法奴隷を扱っているかの質問は当然の様にイエス、クルーゲン以外に卸したのは誰だの質問に、スターラ・ヴォルフ子爵と複数人の名を挙げたが後回しだ。
奴隷の首輪全てと拘束と解除の指輪に支配の指輪も全て取り上げる。
次はお宝コース、ルンデスも結構溜め込んでいたが、クルーゲンにはとても及ばない。
奴隷の単価よりも、魔道具や宝石の単価の方が高いので当然か。
此れも新たなランク5のマジックポーチに全て入れるが、酒は別口でクルーゲンの酒と共に俺の物となる。
違法奴隷は9人、正規の奴隷が18人居たが、食事と扱いを丁寧にしろと命じて、当分の間は休業していろと命じて引き上げる。
クルーゲン商会に戻ると直ぐに女性達の所に行き、終身奴隷の首輪を解除する。
〔ルンデスの名に於いて、終身犯罪奴隷の首輪を解除する。ルンデスの名に於いて〕を19回連続で唱えると嫌になってその日は終わり。
クルーゲンと執事のエラードに、終身奴隷の首輪をプレゼントする。
半ば予想していたのか、クルーゲンもエラードも大人しく受け入れた。
拘束と解除の呪文も支配の呪文も、唱えすぎてゲップが出そうである。
護衛達が羨ましそうにしているが、俺の神経が持たないのとコーエン侯爵様が対応してくれるまで待てと言っておく。
その夜はクルーゲンとルンデスから取り上げたお財布ポーチを確認したが、それなりにお宝は有ったがそれだけ。
* * * * * * *
書状を預けた冒険者達が、コーエン侯爵様からの返書を持って帰って来たのが九日目、警備の者の知らせを受けて出迎えて、約束の金貨を各自に与える。
彼等の後ろに十数名が控えているが、見知った顔がある。
「返書を読んでくれ。俺達の事も書かれているからな」
そう言われてその場で読む事に。
違法奴隷の事で、領主のヴォルフ子爵が関与していると思われることを陛下に報告した。
指示が下るまで他領に兵を派遣できないので、冒険者を雇って送るので自由に使ってくれとある。
書状を持って来た7人も雇っているので、ヘイエルから送る冒険者の案内に利用してくれとあった。
取り敢えず店内に入って貰うと、7人以外の1人が進み出てきた。
「コーエン侯爵様配下の者です。身なりを変え冒険者として参上致しましたのでご自由にご命令して下さい」
そう言って一礼した。
侯爵様が相当気を使っているのは、俺とヴォルフ子爵がぶつかると被害が大きくなると思っているのだろう。
まぁ、違法奴隷と貴族とくれば醜聞は避けられないし、他にも複数人が関わっているのが判ったからな。
俺一人の手には負えないので、応援は助かる。
ザラセンの冒険者7人と、侯爵様配下の10名はクルーゲンの屋敷で雑魚寝して貰うことにする。
7人には、この屋敷で見聞する事は口外禁止を約束させる。
約束の金貨を貰い、引き続き実入りの良い仕事を続けられるので、皆即座に了承した。
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