第50話 ヘレナ

 マイホームは頑丈なドアで窓の内側は特注の無双窓にした、軍や魔法部隊の攻撃を受けない限り、ホイホイとは侵入できない造りにしているので、魔力増大の為の魔力切れを起こせる。

 用心の為に夜は普通に眠り、朝皆が活動を始める時間帯に魔力切れでパタンキューの生活が二月近く続いた。

 ある日、書信受けに一通の書状が入っているのに気づいた。


 この場所はブルース以外に知らないはずだ、侯爵家にも伝えていないので書状が届くはずがない。

 宛名は俺になっているが差出人に心当たりがない。

 内容を確認すると、姉のヘレナから書状を預かっていると書かれていて、エラードホテルに投宿していると書いてある。

 ゴブリンの糞ほどに臭くプンプン匂う、また厄介事の予感がするがヘレナの名を書かれていては無視も出来ない。


 エラードホテルに出向き、差出人のオズボンを呼び出して貰った。

やって来た男は、商家の者といった感じの物腰の柔らかい如才ない人間だが、俺を値踏みする様な目付きは良く知っている種類のものだ。


 「オズボンと申します。ご足労頂き申し訳在りません、此れがお姉様からのお手紙です」


 差し出された書状は細い筆跡で女性が書いた物の様に見えるが、俺にはヘレナの字を余り見た覚えが無い。

 内容も、この手紙の持参者のご主人様が重い病を患い難儀している、私の恩人だからお前の治癒魔法で是非治して差し上げて下さい、って。


 「オズボンさん、私の魔法は出来る限り秘密にしたおきたい種類のもので、此処で大っぴらに話せません。姉の願いは無碍に出来ませんので、出来れば明日私の家に来て貰えませんか」


 ご尤もですと俺の誘いに応じて貰えたので、その日は礼儀正しく家に帰る。


 翌日強めに叩かれるノックの音に、待ち人来たるとウキウキしながらドアを開ける。

 さあ、商談のお時間だ。

 和やかな挨拶のあと、ダイニングテーブルに向かい合い姉の近況を尋ねる。


 「私は書状を預かっただけの使いの者です。申し訳在りませんが、お姉様の事は存じません」


 「困りますねー、姉の書状と言って渡されても姉の筆跡を知りません。見知らぬ他人に書状を託すなら、姉本人からだと判る小物の一つも預かっている筈なんですが、お持ちですか?」


 「私は書状を届ける様に言われただけでして、申し訳在りません」


 「ではオズボンさん、残念ですが私は協力出来そうにありません。せめて姉からの書状だと証明できる物を持って、出直して下さい」


 「お姉様の頼みを断られるって事ですか、後悔しますよ」


 「それは脅しかな、残念だよ」


 両肩にアイスニードルを射ち込んでやる。


 〈ウッ〉

 「な、なな、何をする!」


 「子供の使いにしてもお粗末すぎる。俺の質問に答えて貰うが、返答次第では殺してくれと懇願する事になるぞ」


 そう告げてからオズボンを叩き伏せ衣服を剥ぎ取り、口の中に奴の靴下を詰め込む。

 武士の情けでパンツ一枚だけのオズボンを、裏返したテーブルの脚を利用して大の字に固定する。

 大きなテーブルを買っておいて良かった、新居に飾るオブジェとしては難ありだが準備は出来た。


 むぐむぐ言っているオズボンの眼前に、ソフトボール大の火球を浮かべてやる。

 30センチ程離しているから熱いけど耐えられるだろう。

 俺はオズボンの傍らに椅子を置き、火球が消えるまでお茶を飲みながら見ている。


 待てど暮らせど火が消えない、魔力が増えている証だ。

 火球は消えないがオズボンの顔が火膨れで真っ赤になっている。


 「聞きたい事は沢山有るが、先ず姉のヘレナの事を何処で知ったか、そして今何処にいるか。二つ目は出来て間のないこの家の事を何故知っているか、三つ目は誰がお前を俺の元へ寄越したかだな。聞かれた事に素直に喋るなら頷け、其れ迄は火炙りだ」


 そう告げてオズボンの火膨れを治してやり、腹の上10センチのところに火球を浮かべてやる。

 今度は直ぐに熱くなり暴れ出したが逃げられないので真っ赤な顔でジタバタしていたが失神した。

 手を繋ぎ、火膨れの状態まで治してから、木桶の水に氷を浮かべ冷たい水を顔に掛けてやる。


 火傷させては治し再び腹を焼く、三度続けたら必死に頷きだした。

 口に突っ込んだ靴下を外してやると、必死に喋りだした。


 「あんたの姉の事は知らない、本当だ、そう言えと言われただけだ。此の家の事も、書状の届け先だと聞いたんだ」


 そう言って黙り込んだ。


 「お前を俺の元に寄越した奴は?」


 「クルーゲン、クルーゲンさんだ。ザラセンの街に住んで居る〔クルーゲン商会〕の会長だ。魔石・魔道具・宝石を手広く商っている」


 「手広く商っているとは、どの程度だ」


 「きっ、貴族の住まう領都には必ず支店があると聞いている」


 「それなら王都に住まう筈だろう、何故ザラセンに住んで居るんだ」


 「御領主様とは特別な関係だと聞いた・・・多少の無理は通ると自慢している」


 そういう事ね、各地に支店ってことは情報網を持っているって事だよな。

 なら、俺の治癒魔法も王都で披露してしまったから、知っていて不思議じゃないか。

 王家の謝罪を受ける前だから、1年以上経つし俺の事も警備隊の奴に金を掴ませれば調べる事は簡単だろう。

 手広く商いをしている商人なら、尚更情報収集は長けている筈だし。

 オズボンから大して情報を引き出す事が出来なかったので、氷漬けにしてマジックポーチに移動して貰う。


 さてどうしてくれようかと思うが、先ずはヘレナ姉さんの安否確認をする必要がある。

 ヘイエルからザラセンまで10日、ザラセンから実家の有るヨールまで6日の距離、ならザラセンのクルーゲン商会に乗り込んだ方が早い。

 会長のクルーゲンって奴の首を絞めて、姉さんの安否を確認した方が手間が省けるってもんだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 旅の途中、色々考えたが此れといった良い方法が思い浮かばないので、直接乗り込む事にした。


 クルーゲン商会、魔石・魔道具・宝石取り扱いね。

 店に入ろうとして立ち塞がれた。


 「兄さん店を間違えてないかい」


 「此処がクルーゲン商会なら間違ってない筈だが、オズボンからクルーゲン会長の治療を頼まれたんだが、覚えが無いなら帰るよ」


 立ち塞がる男が考え込み、暫く待てと言って店の中に消えた。

 暫くして現れた時、背後に執事風の格好をした男がいて声を掛けられた。


 「お名前を伺いたいのですが」


 「ハルトだが、用がないなら帰らせて貰う」


 そう答えると、旦那様の所にご案内致しますと言って店の奥に導かれた。

 一歩店の奥に入ると、瀟洒な作りの店舗と違い質実剛健な造りで、外部からの攻撃に備えているのが素人の俺にもよく判る。

 そして各出入り口に佇む警備の男達に、違和感を感じてよく見れば奴隷の首輪を付けている。


 質実剛健の中の異物、華麗な彫刻を施されたドアの前でノックをし〈ハルト様をお連れしました〉と告げる。

 室内から解錠される音と共にドアが開くと、左右に直立不動で奴隷護衛が立って居る。

 無表情に見つめる男達の前を通り室内に足を踏み入れると、豪華な部屋の中寝椅子に横たわる初老の男の前に案内された。

 寝椅子の背後に二人、ドアと窓辺に各二人の護衛が立っている。


 「クルーゲン様、ハルト様をお連れしました」


 「うむ、早速だが治して貰おうか」


 怠そうな声だが、尊大な物言いで命令する。


 「その前に、聞きたい事が有るのだが。姉のヘレナの事を何処で知り、何故あの様な書状を書かせたのかな」


 「うむ、儂の命令が聞こえなかったのか?」


 「ハルト様、旦那様に治癒魔法での治療をお願いします」


 「クルーゲン、俺の質問に答えろ! お前の寄越したオズボンは何やら不穏な事を口走っていたぞ」


 〈フオッフォフォフォ、ハッハッハッ〉いきなり笑い出したよ。


 「なかなか威勢の良い男だな、お前は儂の命令に従えば良いのだ。背けばお前の姉がどの様な仕打ちを受けるか、よく考えてからにしろ。お前も中々の腕の様だが、此処に居る護衛は、一度命じれば命が尽きるまでお前を攻撃するぞ」


 「その言葉を聞けば、遠慮の必要はないな」


 六人の護衛の両手足にアイスニードルを射ち込み動きを封じ、声を出せない様に喉にも射ち込む。


 〈ウッ〉〈グエッ〉〈ヒュー〉


 バタバタと倒れる護衛を見て顔色を変えるクルーゲン、執事が狼狽えているのでクルーゲンの隣に行けと命令する。


 「おっ、お前え何をした。何をしている此奴を取り押さえろ!」


 「無理だよクルーゲン、両手足にアイスニードルを射ち込んでいるからな」


 そうクルーゲンに告げ、奴の両肩にもアイスニードルをプレゼントしてやった。


 〈ギャヤー いっ、痛い〉


 煩いので喉にも一本射ち込むと静かになった。


 「痛いだろう。普通の矢くらいの太さはあるから動かせないさ。お前面白い事を言ったよな、姉さんをどうした」


 俺が聞いて居るのに、唇が紫色に変わりピクピク痙攣し始め、勝手に死のうとしている。

 急いで奴の手を握り、慎重に魔力を流し込むと痙攣は治まり唇にも血の気が戻る。


 「どうだ、身体の調子は? お望みの治癒魔法だ」


 容態が落ち着いたクルーゲンが、俺に言われて不思議そうな顔をする。


 「どんな病気だったのか知らないが、体調はどうだと聞いているんだ」


 自分の身体の状態を聞かれて初めて気がつき、起き上がろうとして顔を顰めて声もなく崩れ落ちる。

 当たり前だ、肩のアイスニードルは其のままだからだからな。

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