第29話 森の隠者

 か~えり道は遠かった♪ 来た時よりも・・・こんな所でロッククライミングをやる羽目になるとはね。

 垂直についた亀裂に足場用の氷を造り、落下防止のロープに命を預けてそろりそろりと登る。

 時に蟹の横ばいや下ったりしながら、推定40メートルの崖を半日がかりで登り頂上近くの窪地で休憩中、人の声が聞こえた気がした。


 風は下から吹き上っているので下を見たが、人の姿は見えない。

 見えないが下を見たお陰で声の主の位置が判明、光の加減で崖下にくっきりと影を落としている。

 その影の縁が動いているのだ、俺の位置より数十メートルは離れているが崖下に通じる道が有る様だ。


 波の裏、忍者返しの付け根辺りからロープが垂らされると人の足が見えてくる。

 窪地に伏せ観察していると、宙ぶらりんの状態から反動をつけて崖に取り付くとロープを括り付け合図を送る。

 同時に取り付いた場所にはロープが用意して有った様で、下に投げて下っていく。

 降りた所に又ロープが隠されていてと効率よく降りて行く。

 総勢18人が一時間も掛からず降りて行き谷底の森の中に消えていった。


 後を追おうと考えたが上で待機している奴が居れば丸見えだ、暫し考え日没を待って上を探る事にした。

 魔力を絞った仄明るいライトで岩を掴み、慎重に草に覆われた穴から顔を出す。


 周辺に人影は無いが森の隠者の様な案内人が潜んでいるかも知れないので夜明けまで待機し、朝の薄明かりの中で行動開始だ。

 自分の出てきた場所を見失わない様に、目印をつけてから周囲を観察する。

 薄暗い森の端に小さな灯りが漏れている場所を見つけ遠くから観察する、冒険者が造るベースキャンプ用の茨の木で造った三角屋根が見えた、周囲も茨の木で囲い長期滞在に備えてるのが判る。


 近づけば気配でバレるので手頃な木に登り、野営している奴等が行動を開始するのを待つ。

 陽も高くなってのんびりベースから出てきたのは森の隠者の一人、弓使いのセーブだった。

 俺はセーブに殺気を送ると瞬時に振り向き、樹上の俺を見て呆気にとられている。


 「お早う、随分のんびりしているな」


 「脅かすなよ、あんたこそ無事だったんだな」


 俺達の声を聞いてトルトやアズレン達が出てきた。


 「ボストーク伯爵様のご機嫌はどうだった」


 「あんたが崖下に落ちたと言ったら鼻で笑ってたよ。然しこのままあんたがグリムの街に帰ったら、俺達の命は無くなるな」


 「下に降りた奴等を待っているんだろう。逃げれば良いだけさ」


 「何処に、貴族を虚仮にしたら此の国で生きて行けないからなぁ」


 「俺をボストーク伯爵の所に紹介した、コーエン侯爵様ってのが居るんだ。

 俺が手紙を書くから、王都の向こう側にあるヘイエルの街まで届けてくれよ。

 そこの領主ナザール・コーエン侯爵様にお願いして、あんた達が安全に暮らせる様に計らってやるよ」


 「侯爵様だって」

 〈冒険者のあんたの頼みを、侯爵様が聞いてくれるの〉

 〈まさかねー〉

 〈あんたが桁違いに強いのは判るが、それと此れとは話が違いすぎるだろう〉


 「俺が何故この街に来たのか聞いているだろう。侯爵様の紹介状を持って来たんだから。つまり俺は侯爵様と面識が有るのさ」


 そう言って王家の紋章入り革袋と侯爵様の紋章入り革袋を五人に見せた。


 「王様とは一度会っただけだが、侯爵様とは時々会っているからな。俺が此処に来た事の報告書を送れば、必ず読む事になる。その報告書にあんた達の安全を保証する様に頼んでおくよ。それに下に降りた奴等が帰って来て、俺と闘う事になればどのみち死ぬ事になるぞ」


 「少し相談させてくれ」


 トルトがそう言って四人を呼んでベースの中に入って行き、暫くして出てきた時には覚悟が決まった様だった。


 俺はコーエン侯爵様宛に、ボストーク伯爵がドラゴンを理由に薬草の提供を故意に止めている事と、冒険者を集めている裏の理由を記した手紙を森の隠者に託した。

 彼等には一人金貨五枚を与え、別途旅の費用として金貨10枚を渡して帰した。


 グリムの街には寄れないので遠回りすれば、ヘイエルの街に到着するのは一月近く掛かると思われる。

 侯爵様がどの様な対策を取るのか判らないが、俺は俺の落とし前をつける事にする。


 下に降りた連中18人、案内の冒険者を3人を除けば15人が敵と思われる。

 トルトの話からプラチナランク3人、ゴールドランク5人魔法使い7人の者達だが、負ける気はしない。

 最も7人の魔法使いの魔法が何かまでは判らないが、詠唱を始めたら脳凍結か心臓凍結で死んで貰う事になりそうだ。


 ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 トルト達森の隠者の五人は、ハルトに託された書状をもってグリムの街近くまで戻った。

 街道に出ず草原を街道に沿って歩き隣町に出る、そこから馬車を雇って王都に向かった。

 地の底に降りた者達が戻って来るのは10日前後の筈で、其れ迄にできるだけボストーク伯爵の影響の及ばない所へと急いだ。

 路銀はたっぷり有るし、一人金貨五枚を呉れたのでハルトの話を信じた。

 とても一冒険者が簡単に支払える金額ではないし、マジックポーチや王家の紋章入りの革袋まで持っているのだ。

 話半分としてもボストーク伯爵領から遠く離れれば、自分達の事を知られなければ追われる事も無く安全だ。


 ほぼ一月の旅で、コーエン侯爵領ヘイエルの街に到着した。

 街の衛兵にコーエン侯爵様宛の書状を持って来たと告げ、侯爵邸の場所を聞くと衛兵が馬で先導してくれた。

 ボストーク伯爵領とは大分態度が違うと思い、ハルトの言葉の信憑性がますます高まる。


 通用門で御当家がボストーク伯爵様に紹介したハルトより、ナザール・コーエン侯爵様宛の書状を預かっていると告げる。

 書状の宛名書きを見た衛兵は即座に五人を邸内の待合室に連れて行き、執事に知らせてくると言って消えたが程なくして執事が現れた。


 「その方達か、ハルト殿から書状を預かっていると申す者達は」


 そう言われて、トルトは一礼して預かった書状を執事に差し出した。

 受け取った執事のヘイルは書状の裏書きに「ボストーク伯爵領にてハルト」と書かれた書状を見て頷き〈暫し待て〉と告げて消えた。


 〈ハルト殿ってなによ〉

 〈ハルトって侯爵様に顔が利くのか〉

 〈彼奴何者だ〉

 〈森の案内依頼書には、シルバーランクって為ってたぞ〉


 ぼそぼそと話していると執事が帰ってきた。


 「五人とも着いて参れ、侯爵様がお会いになられる」


 そう言われて五人ともポカンとしてしまった。

 執事に促され後をついて行くが、分厚い絨毯と広い通路には様々な彫刻が施された柱と壁には所々に掲げられた肖像画と、冒険者の心を折るには十分過ぎた。

 緊張でガチガチの五人は、巨大なドアの前で執事に促されて室内に足を踏み入れたが、人生で此れほど後悔した事は無かった。


 逃げ出す訳にもいかず、コーエン侯爵の前で思わず跪いた。


 「あーよいよい、遠路ご苦労だった」


 立つ様に促されコーエン侯爵からハルトの書状について色々質問されたが、此処でもハルト殿だった。


 「ふむ、元々ドラゴンが居ても薬草採取の冒険者達にはさしたる影響は無かったのか。その集められた冒険者達は伯爵邸に逗留し、お前達が其の地の底と呼ばれる場所へ案内していたんだな」


 「本来なら谷底の森を案内する者だけで事足りるのですが、地の底に近づく不審者の監視も兼ねていました」


 「それと其の金塊を持っていたとされる冒険者が、死んだとなっているが死体を見た者は居るのか、誰か見たと言っている者を知っているか」


 そう聞かれてトルト達は考え込んだ、そんな事を考えた事も無かったからだが、言われてみれば誰も其れを見たと言う者に出会った事も聞いた事も無い。


 「いえ、そう聞かされましたが・・・ボストーク伯爵様の周辺で噂されて居ましたから間違いないかと」


 「つまり金塊を持っていると噂された冒険者が誰かも知らないが、死んだとの噂を聞かされたって事だな。君達は証人として安全の為に、この屋敷に滞在して貰う事になるな。ボストーク伯爵の事が片付く迄の間、警備隊の宿舎に泊まって貰うぞ」


 それから数日して、トルト達はヘイエルの冒険者に引き合わされた。

 金色の牙と名乗った彼等はハルトの事を聞き、ゾルクの森の様相やハルトと別れた場所の事を詳しく聞いてきた。


 「あんた達はハルトとどんな関係なんだ」


 「まあ、ハルトのやる事を手伝えば大儲け出来るって関係だな。今回も侯爵様からハルトへの繋ぎを頼まれたが、ちょっと距離がありすぎだな」


 〈また彼処まで行くのは面倒だけどな〉

 〈遠いもんなぁ〉

 〈まっ、行って帰って来るだけで金になるから良いけどさ〉


 「俺達は何時まで此処に居る事になるんだろう」


 「心配するな、侯爵様はきっちり日当を払ってくれるぞ」


 〈そそ、ただ飯食って金を貰える楽な仕事だと思ってろ〉

 〈また大物を討伐しているかもな〉

 〈然し地の底かー、後学の為に一度はドラゴンを拝んでみたいな〉

 〈ハルトなら討伐しているかもな〉


 「そんなに強いのか?」


 「ああ、強いぞ。なにせアーマーバッファローを一度に三頭討伐する奴だからな」


 〈それも一人でな〉

 〈あの時も稼がせて貰ったなぁ〉


 そんな話をしていると、執事のヘイルがホラン達金色の牙の者を呼びに来た。

 コーエン侯爵の執務室に行くと、ハルト殿に渡してくれと小さな包みを渡され、ハルトを送り届けた馬車でグリムの街まで行く事になった。

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