ミニマリスト
佐藤苦
本編
○亜理美の生家・外(夜)
豪邸が激しく燃えている。木々の爆ぜる音、叫び声、遠くサイレンの音が聞こえる。幼い亜理美、両親の名を叫んでいる。
○レストラン
高山亜理美と鈴本朗希が食事している。
亜理美N「彼はよくプレゼントをくれる人だった」
朗希「開けてみて?」
亜理美、贈り物の包装を開ける。
朗希「どうしたの」
亜理美「ううん。何でもない。すごく嬉しいわ」
亜理美N「正直に言う。彼は好きだけど、プレゼントは好みじゃなかった。だから――」
贈り物を開けるいくつも開ける度に、時間が経過する。
亜理美N「私はいつもつれない態度をしていたと思う。けれど、彼はめげなかった。優しい彼に私は本心を打ち明けた。プレゼントが好みじゃないことと、素直に喜べないもう一つの理由を」
○車中
雨、激しく降っている。スーツの亜理美は運転席に、普段着の朗希は助手席。
朗希「そうだったんだね。僕は君の気持ちに気づけなかった。謝るよ」
亜理美「違うの」
朗希「そういえば君の持ち物はやけに少なかった。今思えばあれは別れる準備をしていたのかな」
亜理美「違う……。あれは」
朗希「あれは?」
亜理美「ミニマリストになりたいから」
亜理美N「私は自分のことを話した。彼の顔はみるみる暗くなり、私の声は届いていなかった」
亜理美「買うときは捨て方を考えなきゃいけない。だから、贈り物は嬉しいけど、気持ちだけで充分よ。ごめんなさい」
朗希「今までの物は全部捨ててたのかい」
亜理美「そんなことないわ。大切に取ってある」
朗希「……帰るよ。ここまで送ってくれてありがとう」
亜理美「待って」
朗希、車外へ。亜理美、続く。雨のなか二人動かない
亜理美N「終わりの時は迫っている、そう思ったときだった」
朗希、振り返り悪戯っぽい笑み。
朗希「買うときは捨てることを考える……か。それってとてもユニークだね」
亜理美「怒らないの」
朗希「怒る? まさか。価値観は人それぞれだよ」
亜理美、きょとんとしている。
亜理美N「驚いた。彼は私を受け容れてくれた」
朗希「(空を見上げて)傘も君に捨てられちゃったんだっけ?」
亜理美、脱力して笑い、朗希もつられる。
朗希「さっき君の言ったこと。人で例えたら出会った瞬間に別れ方を考えるってことだろ。それって少し寂しいよ。でも、そんなことどうでもいいんだ。今日はもっと大切なことがある」
朗希、跪き、ポケットから婚約指輪を渡す。
朗希「これは捨てないでほしいな……それで、答えを聞かせてくれるかな」
亜理美N「そうして私達は結婚した。新居に映り、子供にも恵まれた。順風満帆だった。そう思っていた」
○鈴本家・亜理美の部屋
生活感のない整った部屋。亜理美、曇った婚約指輪を眺めて、クローゼットにしまう。掃除機をかけながら廊下へ。
○同・廊下
掃除機におもちゃが当たる。亜理美、廊下に点々と置いてあるおもちゃを掃除機でどかす。朗希の部屋から笑い声が聞こえる。
○同・朗希の部屋
亜理美、入る。部屋中、おもちゃだらけ。朗希と鈴本光輝(7)、フィギュアで遊んでいる。朗希、亜理美に気づく。亜理美、掃除機のスイッチ切る。
朗希「ここはいいよ。自分でやるから」
亜理美「その言葉、付き合い初めから言ってた」
朗希「そうだけど。ここは僕の部屋じゃないか」
亜理美、指さしながら、
亜理美「ここまでが、部屋ね。ここから先は共有スペース」
光輝、朗希の背後に隠れている。
朗希「ママ……」
亜理美「(優しげな顔で)どうしたの」
光輝「僕もおもちゃ欲しい。今度出る限定のやつ」
亜理美、大きなため息を吐いて、
亜理美「これ以上物を増やさないで。優君に貸してもらいなさいよ」
朗希「いいじゃないか、一個くらい」
亜理美「一個。今、一個って言った?」
朗希「な、なんだよ」
亜理美「一個の積み重ねが、これよ。分からない?」
廊下にまで溢れたおもちゃが映る。
亜理美「色が、散るの。家の統一感がなくなる」
朗希「そんなの何だっていいじゃないか。君は物に恵まれたから分からないんだ」
亜理美、夫の手元のフィギュアを見て、
朗希「そんなこと……」
○亜理美の生家・リビング(フラッシュバック)
幼い亜理美、手元の人形を見ている。両親に相手にされず自室へ。たくさんの人形が亜理美を見下ろす。両親の口論が聞こえてきて、耳を塞ぐ亜理美。
○鈴本家・朗希の部屋
亜理美、こめかみを押さえている。
朗希「大丈夫かい」
亜理美「物に恵まれないと分からないこともあるのよ……」
朗希「え?」
亜理美「とにかくもう買わないって約束して」
朗希「(小声で)分かったよ」
光輝、二人の口論を見ている。
○堀川家・優の部屋
光輝、堀川優(7)とゲームで遊んでいる。
優「また負けた。お前ゲーム持ってないのに強いよな」
光輝「うん……」
優「どうしたんだよ。元気なくね」
光輝「優君はいいよね。たくさん買ってもらえて」
優「そう? 別に普通だけど」
光輝「普通じゃないよ。毎月誕生日があるみたいだ」
優「誕生日? クリスマスとか他にもらえる日あるだろ」
光輝「ないよ、そんなの。ウチは全部一緒なの」
優「変わってるな、お前んち」
光輝「きっとお母さんは僕のことが好きじゃないんだ」
光輝、何気なく目をやったところに限定品のフィギュア。目を離せない。
優「(気まずそうに)光輝」
光輝「え、うん」
優「ぼうっとしてないでもう一回やろうぜ」
○おもちゃ量販店
作業着姿の朗希、レジで店員に商品を梱包してもらっている。その三台向こうのレジにピントが合う。堀川茜が怪訝な顔をしている。
○鈴本家・リビング
白と黒を基調としたリビング。亜理美と茜が楽しそうにお茶している。
茜「それにしても綺麗なリビング。モデルルームみたい」
亜理美「この部屋だけよ」
茜「ホントに?」
茜、亜理美の背後を覗きこむ。亜理美、体を反らして視線を遮る。
亜理美「ちょっ……あっちの部屋は片付いてなくて」
茜「また謙遜しちゃって。玄関、靴一足もなかったじゃない。どうやったら、こんな片付けが上手くなるのかしら」
亜理美、満更でもない様子の笑み。
亜理美「仕事の合間で少しずつって感じかな」
○同・朗希の部屋
リビングに置いてあったおもちゃが真っ暗な朗希の部屋に押し込められている。
○同・リビング
茜「そうそう、仕事といえばこないだの火曜日、ご主人見かけたわよ」
亜理美「堀川さん、工場に用事でもあったの」
茜「違うわよ。ご主人の職場じゃなくて、国道沿いのトイザらス。優が欲しがるもんだから行ったのよ。そしたら、偶然見かけて。あちらは気づいてないと思うけど」
亜理美「へー本当、偶然ね」
亜理美、引きつった笑み。
茜「そうなのよ。お仕事忙しいのに、優しいご主人ね。光輝君にプレゼントなんて」
亜理美「ええまあ……」
茜「ウチの主人なんか、優のことは全然。小児科に行ったときも――」
亜理美、茜の声聞こえていない。
○同・リビング(夜)
テレビがついている。
光輝、激しく泣いている。その背後で、亜理美と朗希、激しく口論している。
亜理美「買わないって約束したでしょ」
朗希「そんな前のこと覚えてないよ」
亜理美「嘘。ちゃんと言ってたから」
亜理美、スマホを取りだし、録音を再生。朗希の声が流れる。
朗希「こんなの録ってたのかよ」
亜理美「あなたが何回約束しても懲りないからでしょ。どうして守ってくれないの」
朗希「どうしても、こうしても、なんで価値観を押しつけるんだよ」
亜理美「受け容れてくれたじゃない。ミニマリストでもいいって」
朗希「言ったよ。でもそれは君の価値観を認めるって、話だろ。僕が認めるなら、君だって認めてくれよ。(限定品のフィギュアを勢いよく手に取り)分かるだろ? 僕はコレクターなんだ。君と違って仕事は薄給で、唯一の趣味がコレクション。それを否定するなんていくら君でも許さない」
玄関のチャイムが鳴る。二人とも玄関を見る。
朗希「誰か来たぞ」
亜理美「そうみたいね」
朗希「出ろよ」
亜理美「嫌よ。あなたの宅配だったら嫌だから」
朗希「どうして決めつけるんだ」
宅配業者「こんちはー。amazon様よりお荷物です」
テレビ映る。バラエティ番組の笑い声。
亜理美「ほらね。届いたわよお人形」
朗希「まだ決まったわけじゃない」
亜理美「私は頼んでないもの」
朗希「行けって」
亜理美「うるさい」
朗希「行けよ」
チャイム、テレビの音が交互に。
亜理美「うるさい!!」
と、叫び、朗希のフィギュアを床に叩きつける。光輝、大泣きしながら外へ出ていく。フィギュアが半身で真っ二つ。朗希、震えながら拾い集める。
朗希「なんてこと……してくれたんだ」
亜理美「あなたがうるさいからよ。おもちゃくらいでくだらない」
朗希「くだらないってなんだ!」
亜理美「また買えばいいじゃない」
朗希「完全受注生産なんだ。二度と手に入らない」
亜理美「どこまでも自分のことばっか」
朗希「自分じゃない。光輝のためだ」
亜理美「……なにそれ」
朗希「知らなかったのか。自分の息子だぞ。こないだも……いやそもそも、半年前からずっと光輝が欲しがってるじゃないか」
亜理美、振り返って、
亜理美「こう……」
朗希「光輝なら出てった。気づかなかったのか」
亜理美、答えず動かない。
朗希「自分のことばっかはどっちだよ」
と、呟き、部屋を出る。
○同・光輝の部屋(夜)
真っ暗な部屋。朗希、入ってくる。光輝、ベッドに横たわり毛布を被っている。朗希、ベッドに腰掛ける。
朗希「光輝、ごめんな。パパとママ、ちょっと疲れてて。嫌なところ見せちゃったな」
光輝、毛布から顔を出して、
光輝「ママは僕のこと嫌いなの」
朗希「(焦りながら)そんなはずないだろ。パパもママも光輝のことが大好きだ」
光輝「僕の欲しいもの知らなかった」
朗希「聞いてたのか……」
光輝「うん。でも大丈夫」
光輝、毛布をめくる。フィギュアが出てくる。
朗希「どうして」
光輝「優君から取った」
朗希「光輝、いくら欲しいからってそんなことしちゃ」
光輝「だってパパが欲しがってたから。ママのこと気にして買えないでしょ」
朗希、驚いて言葉を失う。
朗希「パパが欲しかったのは、光輝に買うためだよ」
光輝「そうなの」
朗希「ああ。もうなくなっちゃったけど」
壊れたフィギュアと新しいフィギュアが映る。
朗希「でも、こっちはまだ生きてる。優君今頃探してるんじゃないか。人がされたら嫌なことはしちゃいけないよ」
光輝「じゃあママは」
朗希「……ママは。ママはパパに怒ってるんだ。ちゃんと片付けないから」
光輝「どうして片付けないとダメなの」
朗希「それは……いいか、光輝落ち着いて聞いてほしい。ママのお母さんとお父さんのことは知ってるな」
光輝「うん。ママが小さい頃に死んじゃったって」
朗希「火事で亡くなったんだ」
光輝「ママは病気って言ってたよ」
朗希、首を横に振る。
朗希「家に物がたくさんあって逃げ遅れたらしい。幸い、ママだけ逃げられて、すぐに消防隊に助けられた」
光輝、驚いて言葉が出ない。
光輝「そんなこと教えてくれなかった」
朗希「ママにだって秘密はあるよ。きっと負い目になっているんだろう。(光輝を抱き寄せて)だから約束を守ろう。守らないとこのフィギュアみたいになっちゃうぞ」
光輝「約束を守らないと壊されちゃうの」
朗希「ああ、そうだよ。だから、光輝も約束だ。明日、必ず返しに行こう」
光輝、渋々朗希と指切りする。
○同・廊下(夜)
亜理美、箱を持って歩いている。乱暴に床のおもちゃを蹴りながら進む。亜理美、立ち止まる。光輝の部屋のドアが開いている。
○亜理美の生家・亜理美の部屋(フラッシュバック)
幼い亜理美、ベッドで怯えていると、母が入ってくる。亜理美、母を見ると涙が込みあげる。母は亜理美を抱きしめる。亜理美、母の腕のあざに気づく。
○鈴本家・廊下(夜)
隙間から朗希と光輝が幸せそうに寝ているのが見える。
亜理美、光輝の部屋のドアを音立てず閉める。
○同・リビング(朝)
パジャマ姿の亜理美、入ってくる。朗希と光輝、出かける準備をしている。
亜理美「早いのね。どこか行くの」
朗希「久しぶりにキャッチボールでもしようかと。な、光輝」
光輝「うん!」
朗希「それより、昨日はごめん」
亜理美「もう気にしてないから。私も言い過ぎたし。何時に帰るの」
朗希「夕方には帰ってくるよ」
亜理美「そう。あなたの誕生日なんだからあまり遅くならないでね」
朗希「覚えててくれたのか」
亜理美「当然でしょ。記念日は大切にしないと。準備しとくから楽しみにしてて」
朗希と光輝、出ていく。
亜理美の後ろ姿。
○公園
朗希と光輝、キャッチボールをしている。
朗希、ボールを投げずにいると、光輝は不思議そうに、
光輝「パパ?」
朗希「そろそろ優君の家に行くか」
光輝「えー。もっとキャッチボールしようよ」
朗希「先に返してからだ。ほら、パパも行ってあげるから」
光輝「いいよ。一人で行ける」
朗希「ダメだ。そういうわけにはいかないよ。パパも謝らないと示しがつかない」
光輝「示しって何」
朗希「(少し笑って)いいから行くぞ」
と、優しく朗希の背中を押す。
○鈴本家・リビング
テーブルにamazonの箱。
亜理美、箱のなかを見ている。
フィギュア、笑っている。
亜理美、箱を持って、歩き出す。
○堀川家の外の歩道
朗希と光輝、堀川家を窺っている。
朗希、歩き出す。
光輝「パパ、待って。やっぱり僕一人で行けるよ」
朗希「どうして。せっかくパパが来てるのに」
光輝「ううん。僕が悪いんだから僕一人で謝らないといけないと思う」
朗希「(思案して)分かった」
と、紙袋を光輝に渡す。
朗希「何かあったらパパを呼ぶんだぞ。パパはいつでもお前の味方だ」
光輝、頷いて、堀川家のチャイムを押す。
○堀川家・玄関
優が出てくる。
優「よ、光輝いきなり来てどうしたんだ」
光輝「実はさ……」
優「なんだよもったいぶるなよ」
光輝「(決心したように)実は優君のおもちゃ」
と、言いかけて優の持っている箱を見る。
光輝「それ……」
優「ああ、これか。なんかこの前は家にあったんだけどなくしたみたいでさ。ま、これだけ物があったらそうなっちゃうよな。で、新しいフィギュアを買ったわけ」
光輝「そうなんだ。よく手に入ったね」
優「お母さんに相談したらラクマで見つけてくれて。最初なくしたときは焦ったけど、やっぱいくらでも替えが効くんだな。つーかこんなことならもっとなくしとけばよかったぜ。新しいのを用意してくれるなら汚し放題だし」
優「そうだね」
光輝「そうだ。で、おもちゃがどうしたんだよ」
○堀川家の外の歩道(夕)
朗希待っていると、光輝が家から出てくる。
朗希「ちゃんと謝れたか」
光輝「うん……」
朗希「よし、いい子だ」
と光輝の頭を撫でる。
朗希と光輝の後ろ姿が遠ざかっていく。
光輝の服の一部が膨らんでいる。服の隙間からフィギュアの足が落ちる。
○鈴本家・外観(夜)
電気が消えている。
朗希、不審に思いながらも玄関を開ける。
○同・玄関(夜)
朗希と光輝、入ってくる。
朗希、電気をつける。廊下のおもちゃがなくなっている。
朗希「は……なんだよこれ」
光輝「パパ、どうしたの」
朗希、何も言わず早足で自分の部屋に。
○鈴本家・朗希の部屋(夜)
朗希、電気をつける。全てのおもちゃがなくなっている。
朗希「そんな……そんな」
背後から亜理美。振り返る朗希。
朗希「どこやったんだよ」
と、声を荒らげる。
亜理美「捨てたわ」
朗希「捨てた? 冗談だろ」
亜理美「本当よ。だってあなた約束を守らなかったから」
朗希「俺の物だぞ!」
亜理美「知ってるわ。あなたの物。でもこの家は二人の家でしょ。今まで、あなたの意思を尊重してリビングもどの部屋もおもちゃを置いてた。でも、もう我慢の限界よ。これからは私の意思を尊重して」
へたり込む朗希をよそに、部屋を出る亜理美。
亜理美「あのお人形は残してあげたから」
フィギュア、リビングのテーブルに。ケーキとともに。揺らめく火。
泣いている朗希を背後から見つめる光輝。
○堀川家・リビング(昼)
亜理美と茜が楽しそうにお茶している。
茜「そりゃ怒るわよ。いい年しておもちゃなんだもの。亜理美さんの気持ちは分かるわ」
亜理美「一個買ったら十個捨てる。私はそのルールを徹底してほしいだけなのに。それでこの間私思い切って捨てたの。彼の物全部」
茜「全部!? それは……ご主人反発したでしょ」
亜理美「それがまったく」
茜「えっ?」
亜理美N「確かに最初は反発した。けれど、長くは続かなかった。譫言のようにおもちゃの名前を呼んで、それから静かに緩やかに元の彼に戻っていった。驚いたことはもう一つある」
亜理美「彼ね、ミニマリストになったの」
朗希が片付けをする姿やミニマリストの本を読む姿が映りながら、
亜理美N「私の影響を受けたのか彼は片付けを始めたのだ。徹底的に。これまで何年もしなかった片付けをあの一撃によって。僥倖だった」
茜「それで喧嘩も収まったと」
亜理美「ええ。おかげさまで」
茜「いいわねー。私もミニマリストになろうかしら。こんな有様だし。鈴本さん、教えてくれない?」
亜理美「ええ。もちろんよ。手始めに優君のおもちゃ整理からかしら――」
亜理美と茜、笑い合う。
○鈴本家・玄関(夜)
亜理美、帰ってくる。
亜理美「ただいまー。すっかり遅くなっちゃって。ごめんね」
リビングの扉のガラスに動く影。
亜理美「光輝?」
亜理美、リビングへ近づく。
○同・リビング(夜)
たくさんのゴミ袋。
亜理美「何なのよ。これ」
洗面所から出てくる光輝。
朗希「あ、おかえり」
亜理美「おかえりじゃないわよ。どうしたの、これ」
朗希「捨てる」
亜理美「捨てる? 生活必需品じゃない?」
朗希「タオルはこんなにいらない。重複してる」
亜理美「やりすぎよ」
朗希「そうかな。あと、亜理美の部屋も掃除しといた」
亜理美、急いで部屋を出る。
○同・亜理美の部屋(夜)
何も変わっていない部屋。亜理美、ほっとする。が、半開きのクローゼット。亜理美、開ける。結婚指輪がなくなっている。
朗希、背後に。
朗希「捨てたよ。僕、分かった気がするんだ。世の中のものは全て替えが効くって」
亜理美、過呼吸に。
○亜理美の生家・父の部屋(夜・フラッシュバック)
亜理美の父、煙草を吸っている。幼い亜理美、正座している。
亜理美「お母さんを叩かないでください。お願いします」
亜理美の父「お母さんは病気なんだ」
亜理美「片付けなくちゃいけないですか」
亜理美の父「部屋が汚いってことは心も汚いってことだ。お母さんは今おかしいだろ。あんなに精神病の薬なんか飲んで」
亜理美、煙草の火を見つめる。
亜理美「でも、お母さん眠れないから」
亜理美の父「(頬を叩き)うるさい! お前も口答えするのか。お母さんそっくりだな」
亜理美、跪く。その表情は憎しみに燃えている。顔を上げる。反省を偽っている。
亜理美「お父さん、ごめんなさい。私が間違っていました。もっともっと清潔にします。整理します。今、お父さんが好きなコーヒーを入れてきますのでお許しください」
○同・父の部屋(深夜)
亜理美の父、一人がけソファーで眠っている。床には零れたコーヒー。亜理美、静かに入ってくる。煙草に火をつけ、そのまま床に。部屋の外に出て、母のコレクションで扉を塞ぐ。
○同・階段(深夜)
亜理美、走って階段を上がる。手には人形。
○同・亜理美の母の部屋(深夜)
勢いよく亜理美入ってくる。どこか表情は晴れやか。
亜理美「お母さん、逃げよう。パパなら心配ないから。おか……」
亜理美の母、首をつっている。
亜理美「いや……いや……いやあああ」
と、後じさりながら叫ぶ。
○亜理美の生家(深夜)
煙が出ている。亜理美が呆然と立っている。
亜理美の父が三階から亜理美を見ている。窓を叩き、助けを懇願している。
亜理美、もう一度玄関に向かう。亜理美の父に向けて笑顔。手元に持っていた人形を放り投げる。端から焦げていき、やがて炎の中に消えていく人形。
亜理美「(静かに)さようなら」
叫び声。サイレンの音。背後から人の気配。
亜理美、急にへたり込み、
亜理美「お父さんー!お母さんー」
と、泣きながら叫ぶ。
○鈴本家・亜理美の部屋(夜)
亜理美に近づく朗希。
朗希「すっきりしたよ」
亜理美「来ないで」
朗希、亜理美の首元に手。が、朗希はそのまま抱き寄せる。
亜理美「えっ」
朗希「僕は物に縛られてたんだ。ありがとう」
泣きながら感謝する朗希に、狼狽する亜理美。光輝、やってきて二人の腕の中に収まる。光輝も泣いている。
亜理美N「嬉しかった。彼の変化が。怖かった。彼の変化が。それは私の母が遂げるべきだった変化だ。神様はもう一度チャンスをくれたのだ。私の家族を治療するチャンスを」
○市立病院・精神科
「指輪を?」
「はい。捨てたんです」
「先生、この人の話は聞かなくていいです」
パパが助けてくれたんです、医者気まずい
ミニマリスト 佐藤苦 @satohraku
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