第48話 終決


「発動からの流れは、悪くない」

 

 目の前の光景に目を奪われている最中、御当主様の声が背後から聞こえた。


「だが、まだ制御に拙さが見える」


 そう告げた御当主様の周りでは、十五本の太刀がそれぞれ魔犬を貫き、墓標のように突き立っている。


 ツクヨミと違い、相手をした魔犬は動きが鈍っていなかったはず。


 なのに容易く成し遂げ、ツクヨミの動きを観察する余裕すらあるなんて……。


 底知れぬ力に畏怖の念を覚えていると、全ての魔犬が太刀の下で徐々に輪郭を失い、やがて黒い粒子となって空へ消えていった。


「予想通りか……多少手こずりはしたものの、土地を浄化せずに済んだのは幸いといえる。我らの、勝利だ」


「「「おおおっ!!!」」」

 

 御当主様が告げた言葉に、兵達が歓声を上げる。


 あたしは色々あり過ぎて、スサノオを支えながらその場にへたり込んだ。


 スサノオは気を失っているけど、伝わる鼓動はしっかりしている。


 よかった、出血以外に大きな怪我がなくて……。


 胸を撫で下ろしていると、ぞっとするような冷たい視線を感じた。


 反射的に振り向けば、スサノオを凝視する御当主様の姿が。


 戦いを終えたばかりなのに、その目には感情の色が一切浮かんでいない。


 およそ家族に、まして勝利に貢献した者へ向けるものとは思えず、あたしは言い知れぬ不安を覚えた……。



 百目樹どうめきを倒し、念のため他に異常がないことを確認した後、あたし達は来た道を戻り始めた。


 スサノオは血を失い過ぎたため、あたしが背負しょい子に乗せて運ぶ。


 持参してきた荷物は、侍従頭が持ってくれた。


 行きとは違い一度は通った道で、かつ役目を終えたとあって皆の足取りは軽い。


 屋敷に戻り、泥田坊達へ魔物の脅威が去ったことを伝えると喜びの声が上がった。


 ただ、そのために守り樹を滅する必要があったと聞かされ、悲しんでいた。


 長年敬ってきたようだし、無理もないか。


 それでも恨み言の一つも言わず、揃って頭を下げる。


 複雑な感情を飲み込み、労いと感謝を込めて。


 その夜は魔物に勝利したことを祝い、宴会となった。


 御当主様の『今宵は無礼講ぶれいこうぞ』という言葉もあり、大いに盛り上がっている。


 一方、あたしはスサノオを背負い早々にその場を離れ、スサノオに割り当てられた小さな屋敷へ向かった。


 備え付けの呪具で灯りをつけ水を生み、居間へ上がる前に汚れを落とす。


 スサノオの服を着替えさせてから布団へ寝かせると、表情が少し和らいだ気がした。

 

 落ち着いたのを確認し、土間で出汁を主とした具のない汁物を作る。


 汗をかいたはずなので、塩気は普段より強めにしておく。


 人肌程度に冷めるのを待ったらスサノオを起こし、咽せないよう頭を持ち上げ少しずつ飲ませる。


 茶碗一杯分を飲み終えたところで、スサノオはまた眠りについた。


 あどけない寝顔を見ていると、無事に戻って来れたんだと改めて実感できる。


 眠るスサノオの髪を撫でながら、静かな時の流れに身を任せていると、深く考えずにいたことをいくつか思い出した。


 一つは、スサノオを庇い魔犬の前に出た際、なぜか襲われなかったこと。


「あの時、スサノオは血を流すような傷を負っていなかったはずだけど……」

 

 出血せずとも、感じるものがあったのかな?


 事実、血の効果は凄かったし。


 そしてもう一つは、戦いを終え御当主様がスサノオへ向けた目。


 離れから出さず、道具のように扱ってきたこれまでを思えば、今更何を思いあんな目を向けてきたのか。


「あれはまるで、値踏み……」


 言葉にすると、抱いていた不安と妙に合致した。


 それがスサノオにとって良いことか分からず、落ち着かない。


 せめてこれ以上、スサノオが傷付かずにいられますように……。


 そう願いながら、夜は静かに更けていった…………。

 

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