第47話 鬼道


 青都を出る際に厳命された、血を採るための物の用意。


 実は戦いへ赴く際も、忘れず持参することを念押しされていた。


 けど、まさかこんな場面で使うとは思ってもみなかった。


 スサノオの血は、魔物にとって毒のような物なのだろう。


 それも御当主様が認める程、強力な。


 ただその認め方は、あまりにも冷たい。


 スサノオは道具じゃないのに……。


 切なさと、異を唱えられぬ自分の無力さに泣きそうになっていると、スサノオがあたしの荷物から必要な物を取り出していた。


「いいんだ クシナ ありがとう」


 心の内を見透かしたように、口にされる感謝の言葉。


 スサノオの纏う空気に、悲壮感はない。


 有るが儘を、受け入れているように感じる。


 その姿に、あたしも成すべきことを思い出した。


 お供しますと、かつて啖呵を切ったことを。


 スサノオが自ら刃を振るうようになり、供の有り様は変わった。


 でもあたしの想いは、変わっていない。


 スサノオを独りにはしない、させない。


 想いを胸に、あたしは血が出るほど唇を強く噛んだ。


 スサノオが感じる痛みを、少しでも共にしたくて……。



 その後、自ら防具を外し始めたスサノオを手伝い、あたしは鎧下よろいしたと呼ばれる小袖こそでを捲った。


 酒による短刀と腕の清めは、手分けして行う。


 血を受けるのはいつもの壺ではなく、侍従頭に渡された口の大きな五つの竹水筒。


 普通の物と違い、竹を割ってから元の形に戻し縄で締めてある。

 

 準備が整うと、スサノオは躊躇いもなく刃を腕に突き立てた。

 

 流れ出る血は、一滴たりとも無駄にしないよう手早く竹水筒へ入れる。


 一本で、壺の約半分。


 五本分ともなれば、普段の倍以上血を採ることになる。


 華奢なスサノオにとって、負担は大きいはず。


 不安を押し殺し、血を採り終えた直後。


 スサノオの体がぐらりと傾き、あたしは慌ててその身を支え、傷口の上を帯で縛り止血した。


 焦点の定まらぬ黒い瞳に、だいぶ無理をしたことが窺える。

 

 額に浮かぶ脂汗を拭いゆっくり座らせている間に、五つの竹水筒はツクヨミの側に控える兵達に渡されていた。


 そして御当主様の命で、勢いよく魔犬へ向け投げられる。


 狙い違わず五匹の魔犬へぶつかったそれは、衝撃で合わさっていた竹がずれ、中の血が飛び出した。

 

 絶叫し、のたうちまわる魔犬達。


 その効果は凄まじく、ただれて姿を保つのもやっとのようだった。


 止まぬ絶叫の中、不意に交ざる涼やかな声音。


 声の主は、ツクヨミ。



 “忘るるな”


  “この身に宿る”


   “とうときを”

   

    “仮初かりそめなれど”


      “果つる際迄きわまで



 うたうような、五節の言葉。


 呼応する、ツクヨミの前に掲げられた五振りの太刀。


鬼道乃序きどうのじょ……真扱しんそう!」


 詠い終えると、太刀が一斉に宙へ浮く。


 そして次の瞬間、消えたのかと錯覚する程の勢いで飛翔。


 何とか目で後を追った時には、魔犬達が等しく太刀に貫かれていた。

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