第34話 旅路

 スサノオを含む、御当主様達は牛車に乗った。


 ただ正確には牛車ではなく、朧車おぼろぐるまという妖しだけど。


 朧車は、牛が引かなくとも命じられるままに動くらしい。


 だが一番の特徴は、すだれの代わりに牛車を覆う、牙を剥き出しにしたいかつい巨大な顔だろう。


 並の者なら、この顔を見た瞬間すくみ上がるに違いない。


 ちなみに、旅路の間に必要な物や世話役は荷車に乗せられた。


 あるのは台車だけで、引き手のいない様子にどこか既視感が……。


 そう思っていると、


「さっさと乗りやがれこんにゃろー!」


 大きな猫の上半身が現れ、聞き覚えのある口調で叫んだ。


「テンマルさん!?」


「むむっ、いつぞやの白い鬼っ子じゃねえかこんにゃろー!」


 以前十日程乗っただけのあたしを、ちゃんと覚えていてくれたらしい。


 今はそれが、とても心強く感じられた。


 なぜなら……。


「どうして忌子と一緒なんだ」


「大事な御勤めへの同行だというのに、縁起でも無い」


「せめて離れて付いてこれんのか」


 このように、現在他の世話役から嫌味を言われている真っ最中なのだ。


 これくらいで萎縮する程やわじゃないけど、旅の間延々聞かされるのは鬱陶しい。


 だから侍従頭より御者ぎょしゃを一名選出しろと命じられ、あたしは真っ先に手を挙げた。


 青都へ来る時、テンマルさんとブンブクさんの遣り取りは覚えている。


 ブンブクさんは御者だったけど、基本テンマルさんにお任せ。

 

 途中うっかり居眠りし、テンマルさんに叱られる場面すらあった。


 どちらが御者か分からないと、密かに笑ったものだ。


「またお世話になるね、テンマルさん」


「猫船に乗ったつもりでいやがれこんにゃろー!」


 ひょっとして、大船おおぶねのつもりだろうか?


 意味はなんとなく通じるのだけど、言葉としては……いや、船じゃないしやっぱり変か。


 まあ気を遣ってくれたんだろうと、あたしは好意的に解釈することにした。


 その後も何気ない会話は続き、出立してしばらく経った頃には、スサノオが家族と呼べる者達と再会した時に感じた胸のつかえが、少し下りていた。

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