第22話 クシナの覚悟
侍従頭が去った後、あたしは震えの残る体に鞭打って、少年の世話を務めた。
正直、心の
あたし如きが口を挟むことじゃないのは、よく分かっている。
それでも、あの感情が抜け落ちたような少年を、このままにして良いとは思えなかったのだ。
ただそんな想いとは裏腹に、日々は淡々と過ぎていく。
そしてとうとう、ここへ来てから七日目の朝を迎えた。
その日は朝餉の支度よりも先に、掃除を行い周りを清めた。
少年が起きてからは、いつもより念入りにその体を拭く。
されるがままなのは、変わらず。
少年にとって、もはやただの日常と化しているのかもしれない。
清めの酒と包帯、軟膏、数枚の手拭いを揃え、最後に短刀と壺を用意する。
短刀は
持ってみると、思いの外軽い。
あたしは酒を手拭いに染み込ませ、短刀を拭いた後に少年の浴衣の袖を捲り、左腕の外側を同じく拭いた。
腕の下には、蓋を開けた壺を置く。
これで準備は整った。
後は短刀で少年の腕を刺せばいい。
けど、あたしの心は全く整っていない。
考えず、悩まず、顧みず……そうあれたら、どんなに楽だろう。
意を決して短刀を持ったものの、震えが止まらない。
「……」
その時、不意に視線を感じ腕に向けていた顔を上げると、少年があたしをじっと見ていた。
縁側から外を眺める際の、感情が宿っていないような目とは違う。
黒い瞳の奥底に、不信という名の冷たい炎が灯っていた。
こまれで止めて欲しいと訴え、その都度裏切られ
それを見た瞬間、あたしは覚悟を決めた。
震えが止まり、傷口が最小限となるよう短刀を少年の腕に突き立てる。
腕を伝って流れ落ちる温かな血が、狙い通り素早く壺に溜まっていく。
それとは裏腹に、少年の瞳に宿る炎はより冷たさを増す。
あたしは唇を噛んで耐え、血が十分溜まったのを確認し、少年に止血を施し、傷口に軟膏を塗って包帯を巻いた。
そして
「痛っ!」
少年が、僅かに目を見開く。
さっきまでとは違う、感情の色を露にして。
「せめてお供します。あたしは世話役だから」
短刀を引き抜き、啖呵を切る。
これは贖罪にもならない、ただの自己満足。
でもこれくらいしか、あたしが少年に見せられる誠意は浮かばなかった。
無駄で無意味な行為かもしれないけど、これまでと違った少年の反応が見れただけでも、やった甲斐はあるというものだ。
そう思い、次は朝餉の支度に取り掛かろうと立ち上がり、あたしは
おまけに寒気に襲われ、手足の力が急速に抜けていく。
あっ、ちょっとやばいかも。
そう思ったのを最後に、あたしの意識はぷつりと途切れた……。
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