第14話 決め事


 庭を通り抜け、屋敷から遠ざかりつつ侍従頭が教えてきたのは、こんな内容だった。



 一、離れである方の身の回り世話をしなければならない


 二、必要な物があれば侍従頭を呼ばなければならない


 三、離れのある敷地を出てはならない


 四、離れで見聞きしたことを多言してはならない


 五、役目を続けられぬと感じたら即座に報告しなければならない



 一と二は問題ない。


 三と四も、買われた立場を思えば大して気にならない。


 気になるのは五だ。


 報告するのはいいけど、その後どうなるのか……。


 いや、さっきの侍従頭の言葉が答えだと分かってはいるけど…………。


 一先ず、教えられた五つの決め事は絶対に守ろう。

 

 気が触れたり自害する理由は、そこに行かないと分からなそうだし。


 侍従頭からは、他にも呼ぶ時に使う鈴や、竈や水瓶の使い方を教わった。


 どれも妖術を籠めた呪具らしく、鈴を鳴らせば屋敷にある対になった鈴が鳴るらしい。


 そして竈は薪をくべずとも火が生まれ、水瓶は必要な分だけ湧き出すという。


 おまけに、妖力が無くても使えるというから驚きだ。


 里に居た頃、そんな便利な物があるとは知らなかった。


 きっと高価過ぎて、庶民には手が出ない物なのだろう。


 不穏な気配を一時ひととき忘れ、まだ見ぬそれらに思いを馳せ歩いていると、やがて背の高い竹垣たけがきが見えてきた。


 竹垣は緩やかな曲線を描くように築かれており、塀と合わせその一角だけ周囲から浮いている。


「この先に離れがある」


 片隅に造られた扉を、侍従頭が開ける。


 ごくりと唾を飲み込み、あたしは足を踏み入れた。


 そこに広がっていたのは、雑然と生える草木。


 ここへ来るまで目にした、整えられた庭とは全く違う。


 どこか里山に近い空気を感じていると、侍従頭が踏み締められた細い道を進み出した。


 陽の光がまばらにしか届かぬ中を歩くこと、しばし。


 不意に開けた場所に出て、そこに簡素だが造りのしっかりとした一軒の家が建っていた。


 どうやら、これが離れらしい。


「よいか、心してお仕えせよ」


 侍従頭がそう言って、離れの戸を叩く。

 

 中から返事はないが、少し経った後、侍従頭は中へと入った。


 心して仕えろと言った割に、反応を待たなくてよいのか疑問に思ったけど、外で突っ立っている訳にもいかない。


 思い切って続くあたしが目にしたのは、離れの縁側から気怠げにこちらを振り返る、息を呑む程に美しい黒髪の少年だった。

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