第29話 お買い物しよう

 ウィル、トロワ、クレシアはせっせと働き、少しずつ金を稼いでいった。クレシアの給料はトロワのものと合算されたため、結果的にトロワが一番給料を稼いだことになっている。



「お前らんとこの金は使えないんだから、これはそっちで持ってな。欲しいものがあればこれで買うこと。でも、無駄遣いするなよ?」

 ウィルはそう言って、トロワ達の給料の管理はトロワに任せることにした。

「うん、わかったよ! えへへ、初めての僕のお給料、嬉しいなぁ!」

 受け取った財布……この世界での財布とは、布地の袋に金属製の口金を縫い付けた、所謂がま口財布である……を、トロワは大切そうに握りしめている。初めて自分で稼いだ金を受け取るとき、自分もきっとあんな顔をしていたことだろう。ウィルが懐かしく思っていると。



「せっかくだから、このお金は使わずに取っておこう! だって、僕の記念すべき初めてのお給料だもんね!」

「それじゃ意味ないだろうが」

 給料の価値と使用目的について、トロワはあまり理解しきれていないようだった。



***



 仕事の休みが重なり、ウィルの提案で三人はカモカの商店街へと足を運んだ。

 たくさんの人が訪れては去っていく町であるため、商店街は常に空気と商品が入れ替わり、品ぞろえも充実している。あちこちから客引きの声が聞こえ、買い物をする人達の歓談も賑わっている。



 初めて見る大きな商店街に、トロワは大はしゃぎだった。

「すっごいねぇ~! たくさんお店が並んでる! 最初の町もすごかったけど、ここはもっとすごい!」

「あったり前だろ、タイゼーンみたいな田舎町と一緒にしちゃあ、ここに失礼ってもんだ」

 何故かウィルが自慢げにそう語っているが、トロワには届いていないようだった。とにかく目に映るもの全てが新鮮で、興味深くて、胸の奥を熱くさせるのだ。



「あっ、あれは何!? 見たことないものがいっぱいあるよぉ!」

 そう言うが早いか、トロワは向こうに見つけた屋台を目指して走り出そうとする。寸でのところで気付いたウィルが、咄嗟に腕を伸ばしてトロワの襟を後ろから掴まなければ、トロワの姿はあっという間に人混みの中に消えていただろう。



「いきなり走り出すなっつーの! こんなところで迷子になってみろ! 最悪、日が暮れるまで見つけられなくなっちまうぞ!」

「ほぇ? まいご??」

 首根っこを掴まれた猫のように、トロワはきょとんとしてウィルを見上げる。そこにすかさず、クレシアの解説が入った。

「トロワ様。迷子とは、同行者からはぐれ、自身の現在位置が、把握できない状態のまま、孤立することを、指します。護衛の、観点からも、御一人で行動するのは、安全面に、不確定要素が、生じるため、推奨いたしません」



「あ、そっかぁ……ごめんなさい、二人とも」

 トロワは冷静になったらしく、慌てて背後の二人に向き直ると、素直に謝ってきた。

「浮かれる気持ちもわかるけどな。慌てなくても、俺達も一緒に見て回るんだから、落ち着いて行動しろ。いいな?」

 ウィルもきちんとトロワに言い聞かせ、三人は改めて商店街の通りを歩くことにした。



「ここを出たら、また野宿をする可能性もあるからなぁ。旅道具、今のうちに揃えた方がいいかもしれないな」

「たびどうぐ?」

 トロワが首を傾げるタイミングで、ウィルはとある店の前で足を止めた。

「こういうところには、便利な道具も売ってるんだぜ。ちょっと見てみるか」

 そう言ってみせの入口へ入っていくウィルに、トロワもクレシアも続いて店内へと足を向けた。



 店は道具屋のようだが、見ただけでは使用目的が分からないものも棚に並んでおり、トロワはぽかんと口を開けたまま店内を見回した。

「これなぁに?」

「……それはシュラフっていうんだ。広げたら、野宿用の布団になるんだよ。坊ちゃん、野宿はしたことあるかい?」

 トロワの問いに答えたのは、ウィルではなかった。店の奥にカウンターがあり、そこに金髪の男性が頬杖をついて座っていた。



「ううん、僕、野宿はしたことないんだぁ。これ、本当にお布団になるの?」

 人見知りもせず、トロワは素直にそう答えた。金髪の男はゆらりと立ち上がり、カウンターの奥から出てきてトロワの方へと歩いてくる。やや垂れ目気味の顔立ちは整っているが、肩ほどの長さの金髪を緩くまとめ、着崩れた服装でゆらゆらと歩いてくる姿は、軽薄な人物という印象を抱かせる。



「なんとびっくり、なっちゃうんだよ。広げてみるかい? ちなみにこっちは断熱素材で冬でもあったか、こっちはサイズ重視で羽のように軽いんだ。坊ちゃんなら、どれがいい?」

「んーと、こっちかなぁ」

 二つの差し出されたシュラフのうち、断熱素材と言われた大きなサイズのシュラフをトロワは指さす。男はいそいそとそれを広げてみせようとしたが。



「はいはいはい、店のもの勝手に触るんじゃないの」

 割り込んできたのはウィルだった。トロワをひょいと押し退け、金髪の軽薄そうな男へウィルは半目を向けた。

「買うものは俺が選ぶんで、話しかけるなら俺にしてもらえます?」

「おや、そうだったのかい? これは失礼、そちらの坊ちゃんが興味深そうにしてたから、ついね」

 男は言葉ほど詫びる気持ちもない表情で、ぺろりと舌を出してみせた。



「で、何をお望みで?」

「とりあえず野営の道具が欲しいんだけど。テントは……高いし、荷物になるしなぁ」

「多少値段は高いけど、軽量のテントもあるよぉ。寝てる間にずぶ濡れになりたくないなら、テントはあった方がいいと思うけどねぇ」

 見た目はチャラい男は、実はこの店の店長であった。ウィルの相談を受け、口調は軽いながらもきちんと道具の説明をしてくれる。



「そんなに長く旅するわけでもないしな……あ、この鍋は買っておこうかな。いつも外で食うのも、コスパ悪いし」

「それいいよぉ、人気商品。ついでにこっちはどう? 煮る焼く蒸す何でもござれ、頭からかぶれば非常時のヘルメットにもなるし」

「そういうのはいいんで」

 時折無駄なセールストークを聞かされながらも、ウィルは必要な物品を選んでいく。代金はそれなりにするが、必要最低限の機能を求めた結果なのでこれ以上は下がらない。



「お客さん達、三人で旅してんの? 若いのにやるねぇ」

「ま、いろいろありまして……」

 適当に濁そうとしたウィルの背後から、トロワがひょっこり顔を出した。

「僕達、修行の旅の途中なんだ! 僕は立派な魔王になるために、魔界からこっちに出てきて旅をしてるんだよ!」

「魔王? 修行?」

 きょとんとする店長に、ウィルは顔を引きつらせて振り返り、慌ててトロワの頭を抱え込んだ。



「ばか、そういうこと人に言いふらすなって!」

 こそこそと小さな声で叱りつけるが、肝心のトロワは不思議そうにウィルを見ている。

「え? だめなの? でも本当のことなのに……」

「こっちじゃ、魔界なんておとぎ話だと思われてんだぞ! 説明したって信じてもらえるわけねぇだろ!」

「でもでも、本当のことなんだから、分かってもらえるまで説明したらいいんじゃないかなぁ?」

 トロワはそう言って食い下がってくる。分かってもらう必要なんかない、ということをどうやって伝えるべきか、ウィルが眉間に皺を寄せていると。



「なるほどー、修行の旅かぁ。あっはっは、いいなぁそういうの! 俺も、そんな感じで旅してたことあるよぉ」

 背後で店長が楽しそうに笑い出し、二人は驚いて振り向いた。ニコニコと笑う店長は、顎に指を添えて懐かしそうに目を閉じる。

「若い頃は、自分の中の世界を広げたくてね。気の向くままに、あちこち行ってみたもんさ。カモカからコベルコ、ラナも行ったし、北はバラッキ、南はフィンクアまで。旅の金は行く先々で働いて稼いでね、あちこちでいろんな人と仲良くなって、いろんな話を聞いたもんさ。なるほど、俺にとってはあれが修行の旅だったのかもなぁ」



「えーっ、おにいさんも修行の旅をしてたんだぁ! じゃあ僕にとっては、修行の先生なんだね!」

 トロワはあっという間に懐いてしまい、目を輝かせて店長を見ている。そんなトロワを見て、店長は快活に笑い出した。

「あはは、俺が先生かぁ! ガラじゃないし、それならむしろ先輩っていう方がいいねぇ」

「センパイ? どういう意味?」

「その道において先に行く人、かな? 俺は、旅は趣味でまだ続けてるけど、修行と呼べるようなものは終わったからねぇ」

 店長にそう説明され、トロワはうんうんと納得している。



「じゃあ、センパイに質問です! 修行の旅で大事なことって、何ですか?」

「いい質問だ、後輩くん。そうだなぁ……いろんな話を聞いて、いろんなことを経験すること、かな? 知らない事や未知の体験も先入観で嫌がったりしないで、自分からどんどんやっていくんだ。意外と楽しかったり、勉強になったりして、それが自分の世界を広げてくれるんだ」

 店長の教えを、トロワは感動したように目を見開いて聞いている。

「な、なるほどぉ~……! わかった! 僕、何でもやってみる! 知らないことはもっと知りたいし、やったことないことは何でもやってみたいもん!」

「いいねぇ、その調子! 頑張れよ後輩!」



 楽しそうに会話する二人にすっかり置いていかれたウィルは、無理に話題に入ろうともせず購入する道具をいくつか手に取り、カウンターに並べた。

「はーいセンパイ、会計おねしゃーす」

「おやぁ、こっちの後輩はやる気が足りないなぁ」

「俺は別に修行してるわけじゃないんで」

 トロワとは正反対の至って冷静なウィルの反応を揶揄いながら、店長はカウンターに戻って合計金額を計算し始めた。



「じゃ、全部で2500オールね。端数はいいや、おまけしてあげる」

「えっ。そりゃありがたいけど……」

 ウィルのざっくりとした計算でいけば、購入金額は全部で3000オールを越えているはずである。

「修行の旅に出る後輩くんに、先輩からの激励だよ。ま、うちの店って道具の入れ替わりも少ないし、最新のものってわけでもないからさ。気にせず持っていきなよ」



「あ……ありがとうございます!」

 これには、流石のウィルも大声でお礼を言って頭を下げた。

 三人でバイトをしているとはいえ、今やウィルは家無し金無し定職も無し、のナイナイ尽くしなのだ。必要経費はやむを得ず出すが、安く済むに越したことはない。

「おいトロワっ、お前も頭下げてお礼を言え! この人、すっごいいい人だ!」

「うん、センパイはとってもいい人だよぉ! ありがとうございます! ……ところで、何でお礼を言ったの?」



 手招きで呼ばれたトロワは言われるがまま頭を下げてお礼を言い、そして起き上がってから不思議そうに聞いた。分からないままお礼を言ったらしい。

 トロワの素朴な疑問に、ウィルは真顔で返した。

「センパイは凄く優しくて凄く器がデカくて、尊敬できる男前のいい人だからだ」



「うーん、見事な掌返し。まあいいや、道中気を付けて行けよぉ」

 ウィルのあからさまなヨイショも笑い飛ばし、店長は購入物品をまとめてくれた。それを受け取ろうとウィルが手を伸ばしたその時。

「わぁ、何だろうこれ! おにいさま、これはなぁに?」

 背後からトロワのはしゃぐ声が聞こえ、ウィルは一旦振り向いた。



「どれ?」

「これ。なんか小さくて、カラフルで可愛い! いろんな種類があるよぉ」

 そう言ってトロワが指をさしていたのは、棚に並ぶ小さな装飾品だった。木彫りのブローチに鳥がモチーフらしき装飾がされており、眺めているだけでも時間が溶けていきそうだった。

「へぇ、凝ってんなぁ」



「それ、お守りなんだよぉ。渡り鳥は旅の安全を見守ってくれるから、縁起がいいってこの地域じゃ言われてるんだ」

 背後から店長が説明をしてくれて、二人は改めて棚に並ぶお守りを眺めた。

「なるほど、渡り鳥かぁ」

「おにいさま、オマモリってなぁに?」

「え? えーっと……危ない目に遭うとか、怖い思いとか、そういうのが無くなりますようにーっていう、願掛け? おまじない? まあそんな感じだ」



 ウィルのざっくりとした説明に、トロワは首を傾げた。

「おまじない? これを持ってたら、危ない目に遭わなくなるの?」

「絶対ってわけじゃないぞ。でも、そういうのは信じる気持ちが大切ってな」

 ウィルの説明を聞き、トロワはわかったのかわかっていないのか、再び棚に並ぶカラフルな鳥達を凝視する。



「修行の旅のお守りに、おひとつどうだい? 一個20オールだ」

「思ったより高いな!」

「一つ一つ、職人がこだわって作ってるからねぇ」

 予想を上回る金額を提示され、ウィルは顔を顰める。

 ちなみに普通のパン一つの値段が大体5オール程度なので、その4倍の値段である。

 いくら縁起のいいお守りとは言え、実用性は皆無の装飾品に20オールは即決出来ない。

「あっ、見て見ておにいさま! この鳥の色、ボクの髪と一緒! 可愛いねぇ!」

 そんなウィルの内心など知らず、トロワは無邪気にお守りの一つを指さしている。



 にこにこと楽しそうにしていたトロワは、渋い顔をしているウィルを見てはっとして手を引っ込めた。

「あっ、でも、無駄遣いはダメ、だよね。ちゃんとわかってるよぉ……あはは。可愛いなって思っただけ!」

 誤魔化しの笑みをぎこちなく浮かべて、トロワは棚から離れていく。買った荷物を持とうとしているのか、カウンターの方へと向かうトロワの背後で。

「色、これでいいのか?」



 ウィルが声を上げ、トロワは振り向く。先ほどまで指をさしていた、淡い黄色の鳥をウィルが手に持っていた。

「えっ、で、でも……無駄遣い、だよね?」

「一個ぐらいいいさ、せっかくだし買っとけ。これもください」

 動揺するトロワの横をすり抜け、ウィルは手に持ったお守りをカウンターに置く。一連の流れを見ていた店長は、待ってましたとばかりに軽やかな手つきでレジスターを打った。



「ほい、まいどあり。お兄さんの分はいいのかい?」

「俺の分も、こいつが守ってくれるからね」

「期待が重いねぇ、せいぜい頑張れよお守り君」

 軽口を叩きながら、店長はお守りを渡してくれた。そしてウィルは、振り向いてそのままトロワにお守りを渡す。



「ほら。買ったからには大事にしろよ」

 小さな鳥のお守りを、トロワは信じられないという表情で、無言のまま凝視していた。そして。

「……あ、ありがとうおにいさま! 嬉しい! すっごく嬉しいよっ! 僕、大事にするねっ!!」

 キラキラと輝く眩しい笑顔と共に、ウィルに何度もお礼を伝えた。あまりの勢いに、ウィルの方が面食らってしまう。



「そこまで言われる程のものじゃ……あ、いや、まあ……うん、喜んでもらえたなら、いいよ」

 謙遜もほどほどに、ウィルは気まずそうに頭をぼりぼり掻きながら、それだけ言った。

 カウンター越しににやにやしている店長と、店の入り口に立って二人の買い物を見届けていたクレシアは、何も言わずに店内の妙に恥ずかしい空気を浴びていた。



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