第14話 メイドロイドの意地
「おにいさま、待って、待ってよぉ!」
「頑張って走れ! とにかく一旦どこかに隠れなきゃ……!
片手にトロワの手、片手にクレシアの手を引きながら(いつの間にか剣は消え、元の右腕に戻っている)、ウィルは全力で走っていた。
(あの場は何とかなったけど、次に見つかればもう逃げられない。どこかに隠れてやり過ごすしかない!)
人通りの多いところに逃げようと思ったが、咄嗟に走り出したのが反対方向だったせいでそれは出来なくなった。とはいえ、あのジョンという男が、人目を気にしてトロワ暗殺を諦めるかどうか。下手をすれば被害が拡大する可能性だってある。
「待って、もう、走れないよぉ……」
繋いでいた手を振りほどき、トロワは足を止めてしまった。ぜいぜいと息を切らすトロワを叱咤しようとするウィルだったが、更にクレシアも手を解いてしまう。
「おい! 急いで逃げなきゃ、お前殺されるかもしれないんだぞ!」
ウィルの言葉に、トロワは怯えたようにびくりと肩を竦める。
「で、でも、でも……、クレシア?」
「トロワ様、失礼、いたします」
ウィルから離れたクレシアは、トロワの横に立ち、ぺこりとお辞儀をする。そして、軽々とトロワを横抱きに抱え上げた。所謂お姫様抱っこである。
「わーっ、クレシア、力持ちなんだねぇ!」
「私は、メイドロイド、ですので。トロワ様が、お疲れの際は、移動を補助、いたします」
はしゃぐトロワに、クレシアは冷静に返事をする。一連の流れを見届け、ウィルはやっと口を挟んだ。
「もう何でもいいから、逃げるぞ!!」
*****
三人が逃げ込んだのは、休業日で無人状態のザックス・ワークス工場第三倉庫の中だった。ちなみに実際に走ったのはウィルとクレシアで、トロワはクレシアに抱えられたままだった。
本来、倉庫というのは関係者以外立入禁止の区域であり、搬入出の馬車が出入りするための門扉も、休日には閉ざされていなくてはならない。しかし、工場長のザックスが経費をケチったため、裏門は門扉がない。比較的最近増設された第三倉庫で、使用するのは工場内の一部の者のみのため、この裏門を知っている者はそう多くない。
「残業して遅くなると、正門まで行くのがダルくて、時々ここ使ってたんだよな……」
先導するウィルはきょろきょろと周囲を見回し、誰もいないことを確認する。ここにいれば、きっと誰にも見つからない。とりあえず暫くはここに隠れているしかない。
これから商品が入るであろう木箱の山の影に隠れて、ウィルはようやく息を吐いた。
「……で、トロワ」
「なぁに? あ、そう言えばおにいさま、僕のこと探しにきてくれたんだよね、嬉しいなぁ~!」
命を狙われたはずのトロワは、クレシアに抱っこされていたおかげですっかり回復したらしく、クレシアの腕から降りていつも通りのぽややっとした顔で首を傾げていた。
「そんなことよりも! お前、あいつらが誰なのか知ってるのか? あいつらはお前のこと、ずっと探してたみたいだけど」
顎の下に溜まっていた汗をぬぐいながら、ウィルはそう尋ねる。トロワは傾げていた首を反対側にコテンと傾げ、眉を顰めて唇を尖らせた。
「うーん、知らないと思うけどなぁ。僕、お屋敷から出たことなかったし……クレシアはどう?」
「私の、データベースには、一致するものが、ありません。お役に立てず、申し訳ありません」
クレシアはそう言って、ぺこり、とお辞儀をする。つまり、彼らについての情報は一切無し、ということだ。
「死んでもらうとか、いきなり物騒なこと言いやがって……はぁ、何だってこんなことに」
ウィルはぼやき、木箱を背にして大きなため息と共にしゃがみ込んだ。トロワもそれに続いて、ウィルの隣に座り込む。クレシアは、相変わらず姿勢よく立ったままである。
自分はただの平凡な男で、つい先日まで何も大きなトラブルはなく、至って平和に暮らしてきていた。仕事をクビになったことは、まあ確かにトラブルと言えばそうだが。
いずれにしても、誰かを殺すだの何だの、そんなレベルの話は今まで身近に起こったことなどない。
だが、そうだとしても目の前でそうと宣言されて、そうですかじゃあ自分はこれで、なんて言える程、ウィルという男は薄情でもなければ肝が据わっているわけでもなかった。
「おにいさま、迷惑かけてごめんなさい……」
ふと弱弱しい声がして、ウィルははっと顔を上げる。さっきまで何も気にしていないような素振りだったトロワが、すっかり萎れて表情を曇らせていた。
「あの人達、僕を連れて行こうとしてたんだよね? 僕を、その、……殺す、ために」
「トロワ……」
「どうしてなんだろう? 僕、何か悪いことをしたのかな? 僕が知らないうちに、大変なことをしちゃったのかな……どうしよう、どうしたらいいんだろう……」
大きな瞳を睫毛に隠して、膝を抱えたトロワは唇を歪ませる。いきなり現れた二人組から展開した現状に、誰よりもショックを受けているのはトロワだろう。なにせ、自分を殺すために来たと明言されたのだから。
「……お前が何かしたかどうかは知らないけど、だからっていきなり殺すなんて、そんなこと許されるわけないだろ」
静かに、だけどしっかりとした口調で、ウィルは答えた。
「あんな奴らの言うことなんか、信じるんじゃねえよ。お前自身に悪いことをしたっていう覚えがないのなら、胸張って堂々としてろ!」
「で、でも……もしも、僕が本当に何か、すごくとんでもないことをしちゃってて、それで僕がそれを知らないだけで、悪いことを本当にしていたとしたら……」
おどおどと言い返すトロワの金の髪を、ウィルはわざとかき混ぜるようにぐいぐいと乱暴に撫でた。
「お前みたいなお坊ちゃんが、そんなこと出来る訳ないだろ。あいつら、きっと何か勘違いしてるんだよ。話が通じそうにないし、このまま逃げてやり過ごそう。見つけられなかったら、あいつらだって諦めてどっか行くだろ」
意識して緊張を解き、ウィルは体の力を抜く。自分がピリピリしているせいで、トロワが罪悪感に苛まれていると気付いたからだ。
こんな状況で呑気にしているわけにもいかないが、必要以上に緊張する必要もない。ここに隠れていることを、あの二人が探し出せるはずがないし、ここでは時間を潰すだけだ。
「あ、そうだ。クレシア、お前、魔法で剣が出せるのはいいけど、無謀な闘り合いはよしとけよ」
思い出したようにウィルがそう言うと、クレシアは僅かに首を動かしてウィルを見る。
「ウィル様。あれは、魔法ではなく、魔導高分子ポリマーを、追加重合させることで、即時展開可能となる……」
「いや、よくわかんねぇけど。トロワの護衛だからって、何でもかんでも剣で解決してたら、余計なトラブル引き起こしかねないぜ」
その言葉に、クレシアは反論する。
「ですが、トロワ様を、お守りすることが、私の役目で、ございます」
その声に少しだけ苛立ちが滲んだような気がして、ウィルはぎょっとした。今までどんな時でも無表情、無感動、無感情でいたクレシアが、ほんのわずかながら感情を見せたのだ。
「お、落ち着けって。だからさ……お前がトロワを守りたいっていう気持ちは、ちゃんとわかってるよ。でも、お前が闇雲に剣を振り回したって、解決できることとできないことがあるってことだよ。この間のリンゴだって、剣じゃ解決できなかっただろ?」
言い争いにならないように、ウィルはなるべく優しくそう言った。
「さっきの状況だったら、まずはトロワを連れて逃げるべきだったんじゃないか? お前の役目がトロワの護衛なら、あのジョンって男を剣で負かす必要は、必ずしも無かったはずだろ。退くこともまた勇気、ってやつだ」
「……」
クレシアは無言になってしまった。まずいことを言ってしまったか、とウィルは気まずくなってくる。
「おにいさま、クレシアを怒らないで。僕を守るために、クレシアも頑張ってくれたんだよ……」
横で一連の話を聞いていたトロワが、弱弱しくウィルの腕を揺すってきた。
「別に怒ってるわけじゃねえよ。でも、危ない目に遭うかもしれないんだから、」
「ウィル様」
不意に名前を呼ばれて、トロワにも弁解していたウィルは慌てて視線をクレシアへ戻した。
「お、おう」
「ご教示いただき、ありがとうございます。状況判断パターンの一つとして、ご意見を採用、いたします」
何やら難しいことを言いつつ、クレシアはお礼の言葉を口して、ぺこりと頭を下げた。
「あ、うん……わかってくれたんなら、いいんだけどよ……」
素直に礼を言われると、それはそれで何だか気まずい。誤魔化しに頬を掻くウィルをよそに、トロワは勢いをつけて立ち上がり、クレシアに近付いてその手を取った。
「クレシア、さっきは守ってくれてありがとう。でも、おにいさまが言った通り、危ない目に遭うくらいなら二人で逃げちゃおうね。クレシアは大事な僕のお友達なんだもん、無理だけはしないで、ね?」
クレシアの顔を覗くようにして、トロワはそう言って微笑んだ。手を取られたクレシアは少しの間何も言わなかったが、一度瞬きをして、口を開いた。
「私は、メイドロイドです。トロワ様をお守りするのが、私の役目。……ですが、トロワ様のご命令であれば、善処いたします」
「命令じゃないよぉ、これはお願い。友達なんだもん、命令なんかしないよ」
「ですが、私は、メイドロイドですので」
トロワの言葉に、クレシアは表情を変えずに同じ言葉を繰り返す。もぉ、と怒った顔をするトロワを見て、ウィルは思わず小さく笑った。
「何なんだこのやり取り……」
その直後、クレシアが不自然なほど素早く空を見上げた。
「急速接近する、物体を検知。識別します……先ほどの、男性、です」
「えっ?」
いきなりのことで、トロワはおろか、ウィルですら、その言葉の意味することがよくわからなかった。
接近してくるって、誰が? 思わずウィルは立ち上がったが、クレシアは相変わらず空を見上げたまま。
「接近、南西の方向。ここへ真っすぐに、向かってきています」
「……真っすぐ? まさか、だってここは」
工場の倉庫だぞ、というウィルの言葉は最後まで言えなかった。
「緊急回避が、必要と判断します。お二人とも、ご無礼、お許しください」
そう言うと、クレシアは二人にがばりとしがみつく。
予想外の行動にウィルは顔を赤くして狼狽えるが、それが抱擁ではなく、迫りくる衝撃からの強引かつ最短の回避であることに気付くのは、その1秒後であった。
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