第13話 剣と籠手
「……僕が、死ぬ、って?」
何を言われたのかわからないと、トロワはぼんやりした声で繰り返す。
「どうして? 僕はあなた達のことは知らないよ? どうして僕が死ぬの?」
「何故、と問われても、我々に答えは用意されていません。とある方に命じられた任務を、我々は遂行するだけです」
ジョンの声も態度も、一切の揺らぎがない。トロワの命を狙うことに、何の躊躇いもないようだった。
「悪いけど、こっちも仕事で来てるのよね。素直に言うことを聞いていれば、さっさと終わらせてあげたっていうのに。ほんと、我儘なガキって嫌ねぇ」
後ろの女性……ミルキィは優しい演技を止め、見下すように吐き捨てる。あからさまな悪意を向けられ、トロワはびくりと震えてウィルの背にしがみついた。
「おにいさま、僕どうしたらいいの……?」
「どうしたらって、言われても……」
ウィルは必死に虚勢を張ってジョンを睨んでいるが、ジョンはただウィルを見ているだけ。その温度差は圧倒的であり、その巨躯からにじみ出る威圧感にウィルは押しつぶされそうだった。
ウィルの嫌な予感は当たってしまった。この二人は、理由は不明だがどうやら本当にトロワを狙っていたらしい。多少の暴力で追い払えるのならそれもやむを得ないが、おそらくウィルが飛び掛かっても、あちらの片腕を振るうだけで吹っ飛ばされてしまうだろう。
「トロワ様に、危害を加えることは、許しません」
急に片手が空を握り、ウィルはぎょっとする。いつの間にか手を解いたクレシアが、一歩進んでジョンの前に立った。
「おい、クレシア!」
「私は、トロワ様の、護衛役。メイドロイド〈クラリス〉シリーズ4番、戦闘主体身辺護衛役、です」
相変わらずの棒読みでそう言うと、クレシアはすっと右手を持ち上げる。その直後、淡い光がその手を袖ごと包み込み、その形状がぐにゃりと歪んで形を変えていく。
「トロワ様にとって、危険な要素は、
その言葉を口にしたと同時に、光は細長く伸びて、その光を空中に拡散させる。光の中から現れたのは、一振りの剣……あの時、ウィルが避けた地面に突き刺さった、あの剣だった。
片腕を剣に変え、クレシアは地面を蹴った。躊躇いなく振りかぶり、ジョンに向けてその刃を振り下ろす。止める間もない一瞬の動作で、ウィルは思わず目をつぶる。
「……そうか、メイドロイドか」
がぎん、と耳障りな音が響く。冷静なジョンの声に、ウィルは背けていた顔をおそるおそる正面に戻す。
クレシアの剣は、不自然な位置で停止していた。ジョンの腕、いつの間にかジャケットの袖の上から赤銅色の
クレシアは一度剣を浮かせ、更に素早い斬撃を連続で打ち込んでいく。しかし、ジョンはそれら全てを平然と受け止めてみせた。
「なるほど、戦闘タイプのようだが……そんな軽い剣で、俺が引くと思わないことだ」
ジョンはそう言うと、その腕を軽く振り払う。その勢いを受け止めきれなかったクレシアは後方に押し退けられ、再びウィル達の目の前へと飛び退ってきた。
「クレシアぁ!」
トロワの悲鳴のような呼び声にも、クレシアは動じることなく再び剣を構える。
「問題、ありません。私は、役目を、果たします」
「ジョン、お人形遊びなんてしてないで、さっさと終わらせなさい。その
「勿論です、姉さん」
姉の言葉に同調し、ジョンは両手の拳をぶつけてこちらを威嚇する。クレシアの背後で、ウィルは焦りに鈍る頭を必死に回して、この状況から脱する方法を考えていた。
クレシアは魔法で(とウィルは思っている)剣を出したが、ジョンの体格と装備している
それに、クレシアが勝つにせよ負けるにせよ、どちらかが酷く傷を負うことになるのは明白だった。ジョンという男、その後ろで何もしていないくせに何故か偉そうにふんぞり返っている姉……ミルキィという名前をウィル達は知らない……、不審者であっても流血沙汰にはしたくない。
「おにいさま、このままじゃクレシアが……!」
背後で庇っているトロワが、泣きそうな声で縋りついてきた。ぎゅ、と服を握り締める感触に、ウィルは震えそうな拳を握り締める。
「こうなったら、一か八か……!」
そう呟き、ウィルはすうう、と息を吸い込み、
「あーっ!! あんなところにタイゼーン名物『牛を誘拐する空飛ぶ円盤』がーっ!! これは珍しいぞーっ!!!」
と叫び、ジョンの背後、遥か彼方の空を力強く指さした。
「…………」
「…………」
ジョンもクレシアも、無反応である。
(流石に、無理か……)
自分でやっておいて、ウィルは絶望と後悔に押しつぶされかける。いや、上手くいくと思ってやったわけではないのだ。ただ、やらずにいて現状が悪化するくらいなら、やって少しでもチャンスが見つかればいいなって……
などと心の中で言い訳をしていると
「えっ、何よそれ! 空飛ぶ円盤!? そんなのあるの!? どこどこどこ、どこなのよっ!」
ただ一人、ミルキィだけが慌てて背後を振り返り、何もない空を見上げてきょろきょろと周囲を探し出した。
「待って、どこにあるのよ!? ちょっとジョン、お前も探しなさい!!」
「……姉さん。空飛ぶ円盤というのは物語の中にある想像上の乗り物のことであって、」
「いいから早くっ!!!」
姉の切羽詰まった命令に抗えず、ジョンは振り向いてしまう。
「そんなもの、どこにもありませんよ。俺の眼鏡の精度がいいことは、姉さんもご存知でしょう?」
「だって、さっきあいつが……、……あ」
指を差そうとしたミルキィは、そこにいたはずの三人が姿を消していることに気付く。そしてそのまま、自分の失態にも気が付いた。
「ぶもおおおおおおおっ!!! あんたが気を抜くから王子が逃げちゃったじゃない!!!」
「…………申し訳ありません」
理不尽な八つ当たりも、ジョンは甘んじて受け止める。姉のことが好きだから。
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