第7話 今晩どうする?

「甘くて美味しい!」

「そりゃあようござんした……」


 人通りの多い商店街を抜け出し、ウィル達は路地裏の積まれたコンテナをベンチ代わりにして座り、先ほどのリンゴを味わっていた。ウィルは皮ごと丸かじりだが、トロワは皿の上に均一に切り分けられたリンゴをフォークでさくさくと齧っている。

 クレシアが何処からともなく皿を取り出し、ウィルが目を離した隙にリンゴの皮を一片残らず剥いた上で、芯を取り除いた状態で切り分けたのだった。


「ペイメントコインが、使えないとは、想定外でした。この町では、物品の購入は、困難であることが、想定されます」


 コンテナの脇に立ち、トロワの傍にリンゴを乗せた皿を差し出したまま、クレシアはそう言った。

「そっかぁ……旅に出るって、やっぱり困難がつきものなんだねぇ」


 うーん、と難しい顔で考えているトロワを、ウィルは横目で見やる。偉そうに言っているが、買い物一つ満足に出来ない状態で修行の旅とはちゃんちゃら可笑しい。


「ま、何とかなるよ! だって今もこんなに美味しいリンゴが食べられたんだもん。くじけないくじけない!」

「前向きなお言葉、ご立派です、トロワ様」


「前向きもいいけど、もうちょい考えて動けよ……」

 ウィルが口を挟むと、トロワははっとしたように(実際に「はっ!」と口にした)動きを止め、コンテナから立ち上がるとウィルに向かって頭を下げた。


「そうだ、おにいさま! おにいさまが来てくれたから、僕はこのリンゴを食べられてるんだよね。ありがとうおにいさま! 昨日に続いて今日も助けてもらっちゃったね!」

「お、おお……まあ、このくらい別に」


 改めて礼を言われると、何やら照れくさい。掌を振りながら、ウィルは誤魔化しにもう一度リンゴを齧った。

「つーか、まだこの町にいたのかよ。ここ、見ればわかるだろうけど田舎だし、何もないぞ? さっさと次の町に向かう方がいいんじゃないか?」

 親切と興味本位、あと少しだけ本音を混ぜながら、ウィルはトロワに向けてそう言った。


 田舎町で何もない、というのは親切だし、この二人が次に何処へ向かうのか興味もあったし、叶うなら今日のうちにさっさと移動してくれ、というのが本音である。これ以上厄介なことに巻き込まれては面倒なことこの上ない。


「でも、何処に行ったらいいのかわかんないからなぁ……クレシア、どうしよっか?」

 困ったように首を傾げ、トロワはクレシアを見た。問われたクレシアは、瞬き一つせずに答える。


「トロワ様の、行きたい場所へ、行きましょう。クレシアは、何処であっても、お供いたします」

「それが何処なのか、わかんないんだよぉ」

 ふえぇ、と脱力するようにトロワは息を吐いた。


「……まあ、いずれにしても今日はもう夕方だし、移動は明日になるだろ。今夜にでもゆっくり考えればいいじゃねえか」

 見かねてウィルはそう言ってやった。面倒ごとはお断りだ、と考える一方で、こうやって気遣ってしまうのがこのウィルという男の性分なのだ。クールに振舞いたいと思っていても、根が真面目で世話焼きなせいで、結局自ら面倒ごとに首を突っ込むことになる。


「うーん、それもそっかぁ。……ねえ、クレシア、今日はどこで寝よっか?」

「トロワ様の、お好きなところで。ですが、あまり人通りが多い場所は、推奨しかねます。昨晩のように、木陰のある場所が、向いているかと」


 何気なく会話をする二人の言葉に、ウィルは引っ掛かるものがあった。

「ちょっと待て、お前ら……昨日もしかして、外で寝たのか?」

 てっきりどこかの宿屋に泊まったものかと思っていたが、クレシアの『木陰のある場所』という言い方は妙だ。建物の中で寝るのに、木陰を気にする必要があるのか?


「宿屋とか、使ってない?」

「やどや……? ううん、使ってないよぉ。ね、クレシア」


 トロワは不思議そうな顔で答え、クレシアに同意を求める。はい、と頷くクレシアに、ウィルは思わず目頭を押さえた。

(いくら何でも、こんな二人が野宿は駄目だろ……!)


 だって、世間知らずのお坊ちゃんとメイドである。ここは田舎町だが、悪いことを企む奴がいないとは限らない。ウィルが知っている限りで大事件は起きていないが、それでも身一つで外で寝るなんて不用心すぎる。


(…………このまま放っといたって、俺が夜眠れなくなるんだろうなぁ……)


 知ってしまった以上、ウィルはここで二人と別れてもずっと気にし続けて、明日の朝まで悶々とするに違いない。自分で、そうなると簡単に予想がつく。

「仕方ねえな……狭くていいなら、うちに泊まってけ。言っとくけど今夜だけだぞ」


 ウィルの言葉に、トロワはぽかんとしていた。クレシアは相変わらず無言で、妙な空気が三人の間に満ちる。親切のつもりで提案したのに、何故かウィルは気まずくなってきた。


「いや、迷惑だって言うなら、別にいいけどさ……まあ、元々狭いから三人で寝るとなるとマジで狭いし、無理に泊まれとは言わないけど……でも野宿よりは、」

「とまる、って、もしかして……おにいさまのおうちに、遊びに行ってもいいってこと?」

 確かめるように、トロワはおそるおそるといった風にそう言った。


「遊びにってわけじゃねえけど……まあ、嫌じゃないなら、どうって」

「嫌じゃない! 嫌じゃないよぉ! わーい! おにいさまのおうちに遊びに行けるんだぁ!」


 トロワは両手をあげて、大喜びで飛び跳ねた。無邪気にはしゃぐ姿は可愛い、と思う。

「だから、遊びじゃねえっての。あんたも、それでいいか?」


 ウィルはベンチの横に立つクレシアを見上げると、クレシアはぺこり、と頭を下げた。

「トロワ様が、是と判断したのなら、私も従います」


「ねえねえおにいさま、早く行こーよぉ! どんなおうちなんだろ、楽しみだなぁ!」

 トロワは全身で待ちきれないと訴えながら、ウィルの前に顔を寄せてくる。キラキラの瞳に見つめられ、ウィルは思わず視線を反らしてしまう。

「言っとくけど、本当に狭いからな!? 寝られるだけマシと思ってくれよ、本当に」

 急かされてベンチから立ち上がり、ウィルはトロワに必死にそう言い聞かせた。


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