第36話 少女の素性
その日の夜、村の集会所にて主要な村人たちを集めての話し合いが行われた。
集会所は粗末だがそれなりに広く、二十人ほどの村人が入ってもまだ余裕があった。
最奥に質素な椅子がひとつだけ置かれている以外、特に目につく物はない。
所々に吊り下げられたカンテラが灯りをともしているが部屋の広さに対して光源が少なく、全体的に薄暗かった。
椅子には多くの齢を重ねているであろう老人が杖を手にして座っており、その隣には昼間に少女の様子を見ていた老婆が控えていた。
その前方には、様々な年代の村人たちが思い思いの格好で、会の開催を待つ。
その中には、ルークとマイの姿もあった。
「村長、揃ったようじゃよ」
老人は静かに頷くと、会の開催を告げる。
「皆、急な呼びかけに応じてもらい感謝する。今回、集まってもらったのは、他でもない例の娘の扱いについてじゃ」
老人とは思えないほど力強い声が集会所に響く。
そして、その内容に村人たちがざわつく。
突然村を訪れた謎の少女――その話はすでに村中に広がっていた。
この場に話を知らぬ者はいないはずだが、それでも村長から告げられた事実に動揺を隠せないようだった。
平和な村で暮らしている人々が、今回の事件を不安に感じるのも無理なからぬことだろう。
「誰ぞ、考えがあれば聞かせて欲しい」
再び村長の声が響く。
そして、それに応える声が上がった。
「すぐに追い出すか始末すべきだ。よそ者は災いをもたらす」
全員が声のする方を見ると、村一番の狩人であるラッセルが柱にもたれて立っていた。
「まだ幼い娘じゃぞ?」
薬師がそう言って狩人を睨めつける。
「見た目はな。だが、あいつは外から来ている。外を何日もさまよい歩いて生きているなんざ普通じゃねえ。見た目では計れない力を持っているか、化物か。まあ、化物だったらオレが始末してやるよ」
ラッセルはそう言うと自慢の弓を掲げてみせる。
彼は以前、村の外れに姿を現したゴブリンを三体仕留めていた。
この村で魔物とまともに戦ったことがあるのは彼だけだ。
そのため村の若い者の間では彼は英雄ともてはやされ、彼の発言は村人たちに大きな影響を与えるようになった。
今回も例外ではなく、ラッセルの言葉に賛同する声がちらほらと上がり始める。
そして、声は若者を中心に大きくなっていった。
そのような中で、ルークとマイだけが難しい顔をしていた。
そんな彼らに村長が声をかける。
「ルーク、マイ、お前たち、実際にあの娘を見てどう感じた? 率直な考えを聞かせてくれ」
二人は急に話を振られて、一瞬戸惑った様子だったがお互い顔を見合わせて頷くとルークが一歩前に出る。
「私は彼女を宿に運んだだけですが、特に害はないように感じました。寝姿を見てそのように思っただけで、その……直感でしかありませんが」
ルークの発言にラッセルを始めとする取り巻き達から嘲るような笑いが起こる。
「直感ってなんだよ、ルーク」
「そもそも魔物を見たことも無いやつに何が分かるんだよ」
「そうそう、弱虫は引っ込んでな!」
ルークは反論できずに俯いてしまう。
その時、隣りにいたマイがずいと前に出た。
「私はルークの意見に賛成です。あの子に害はないように思います。直感ですが」
彼女の強い口調に、ラッセルたちは押し黙る。
マイは村でも美しく気立てが良いと評判の娘だ。
そんな彼女に好意を持つ男たちは少なくない。
先程までルークを責め立てていた者たちも同様だ。
彼らはそんな彼女から思いもよらぬ反撃を受けて動揺を隠せないでいた。
更にマイは言葉を続ける。
「あと、私も魔物を見たことはありますが、遠くから見て怖くなって逃げ出した一人です。恥ずかしくて人に自慢できるようなことではありません。たまたま魔物に会っただけで、人を見下すのはおかしいと思うのですが」
マイの言うように、ラッセルを除く村人たちは遠巻きに魔物を見たことがあるだけで、戦った経験があるわけではない。
隠れるなり逃げるなりしてやり過ごしただけだ。
痛いところを突かれ、取り巻きの男たちは罰が悪そうに彼女から目を逸らす。
そんな中、ラッセルだけが態度を崩さなかった。
「だがなあ、マイ。オレは実際に魔物を仕留めたことがあるから言わせてもらうが、やっぱりおかしいぜ。オレですら魔物から生き延びるのは相当苦労したんだ。それなのにあんな小娘が魔物だらけの外で十日以上も過ごせるわけだろう? 何か裏があると考えるべきだ」
今度は、マイが痛いところを突かれて唸る。
彼女もそのことについてはラッセルと同様の疑問を持っているからだ。
「それは……分からないけど……でも、私が彼女を見た限り、普通の女の子にしか見えなかったわ。それに記憶を失くしているのよ? さすがに放っておけないわ」
マイは少し前の記憶を辿る。
風呂に入れたときの幸せそうな少女の表情。
マイのお古の服を渡したときの少女のはしゃぎよう。
作ってあげた料理を無我夢中で頬張る無邪気な姿。
素性に不審な点は多いが、その言動は人間の子供のそれだった。
その後も、マイとラッセルの主張は平行線をたどる。
「……そこまで」
村長が言い合いを続ける二人を止めた。
「お前たちの言い分はよく分かった。ラッセルの言うように得体の知れない娘を村に置く不安はある。しかし、マイや婆の言うように放り出すのも寝覚めが悪い。……マイ、ルーク、しばらくあの娘の面倒はお前たちが見るのだ。ただし、何か不審な点があればすぐに報告するのだぞ。場合によっては処分を考えねばならん」
マイとルークは分かりましたと了解し、ラッセルは気に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「では、この件に関しては終いだ。次は、周辺の警備についてだが……」
村長が次の題目を告げると、マイは自分の役目は終わったとばかりに大きなため息をつく。
そして、何気なく視線を地面に落としたとき、自分の足元に後ろ足で器用に立つ一匹のネズミがいることに気づいた。
そのネズミはまるで自分も集会に参加しているかのように、じっと村長の話に耳を傾けている。
この村ではネズミなどさして珍しいものでもないが、マイはその小動物に奇妙な人間臭さを感じて目が離せなくなった。
ネズミはマイの視線に気づいたのか突然顔上げて彼女を見る。
つぶらな瞳にだらしなく開いた口のなんとも間抜けな感じのするネズミだったが、なぜかマイは大人の男性に見つめられたような気分になりどきりとした。
ネズミはしばらくマイを見ていたが、少し頭を下げるような仕草をすると、ゆっくりと集会所から出ていった。
マイは二足歩行で立ち去るネズミを、完全に姿が見えなくなるまで見送るのだった。
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