第30話 骨の子供

翌日、陽が一番高く昇る時間に合わせて、リアとネンコは呪われた村の入口付近に戻った。

あの直後、リアは堰を切ったように泣き出してしまい、ネンコはしばらくリアをなだめることに時間を使わなければならなかった。

そもそもネンコはリアが覚悟を以て決めたことならば、初めから協力するつもりだったようだ。


「覚悟のないやつは、目的を果たせないからな。お前がどこまで本気か試させてもらったぞ」


リアは、そう言って高笑いするネンコにむっとしながらも、ネンコが手を貸してくれることに安堵した。


「でも、これからは自分の実力とかちゃんと考えろよ? お前のその他者を助けようとする気持ちは悪くないけど、勇敢なのと無謀なのは違うからな。まあ、今はオレがいるからいいけど……」


ネンコもリアに対していろいろと思うところがあったのか、懇々と説教を始めた。

内容の大半はリアの身を案じるものだった。

初めは神妙な面持ちで聞いていたリアだったが、途中から同じような話の繰り返しになったので、今は半分以上を聞き流している。



「それで、どうする?」


頭上からネンコがリアに声をかける。


「燃やすだけなら、オレがひとっ走りしてくるんだけどなあ。そんな簡単な話じゃないんだろ?」


リアは頷き、ネンコに説明する。


リアの話では、『呪塊』を燃やすときに定められた呪文を唱えなければならないという。

呪文は、呪いを与えた者と呪いを受けた者だけが知る「合言葉」のようなもので、お互いが唱えることで効果を発揮する。

つまり、二人はまず呪文を探すところから始めなければならなかった。

もちろん呪いをかけた当人は、既にあの村にはいないだろう。

そうなると、呪文を知るための手段はひとつしかない。


「でも、あいつらに話が通じるのか? 理性があるようには見えなかったぞ。ってかしゃべれるのか?」


「あの人たちは魂が憎しみに染まっちゃってるから教えてもらうのは難しいと思う。それにスケルトンは言葉を発することができないんだ。でもね、当てはあるの」


「当て?」


興味にかられたようにネンコが聞き返す。

リアは頷くと、村の方に目をやる。


(あの子なら……)


昨日、逃げるときに見た小さなスケルトン。

他の死者たちと違い、魂が穢れていないようだった。

ぬいぐるみを大事そうに抱いていたことが、何よりの証拠だ。

まだ心が残っている。

あの子ならば、きっと力を貸してくれるだろうとリアは考えていた。

リアは、言葉の意図が分からず首をかしげているネンコに、これから成すべきことを説明する。


「つまり、そのチビを探して、ここに連れてくればいいんだな」


「そうなんだけど、慎重に行動しないと……」


「行ってくるから、お前ここにいろ」


言うが早いか、ネンコは村に向かって走り去る。

とっさのことだったので、リアは制止の言葉を発する暇もなかった。


「もう!」


猪突猛進なネズミの行動に、リアは頬を膨らませる。

しかし、それがもっとも効率が良いことも理解はできた。

リアが一緒に行ったところで、ネンコの足手まといにしかならないからだ。

自分の力の無さを痛感し、膝を抱えてしゃがみ込む。


「強くなりたいな」


ネンコの帰りを待ちながら、リアはぽつりと呟いた。



それからしばらくして、例のスケルトンを連れてネンコが戻ってきた。

いや、連れてこられたというべきか。

スケルトンは相変わらずぬいぐるみを抱えていたが、今は空いた方の手にネンコを握っている。


「捕まえてきたぞ。早かっただろ?」


自分が捕まっているとしか思えない絵面にも関わらず、そう自慢げに語るネンコを見てリアは思わず吹き出す。

そんなリアの態度にネンコは抗議の声を上げる。

リアは笑いながら謝罪すると、子供の方に目を向けた。

空洞の瞳は他のスケルトン同様、何も語りかけてはこない。

むき出しの歯を打ち鳴らして音を立てているが、決して言葉になることはない。

リアは何の罪もない幼い子供がこのような姿にされたことに対して、深い悲しみと激しい憤りを覚えた。


(早く解放してあげないと)


決意を新たにする。

子供スケルトンは、そんなリアをじっと見つめながら、その場で大人しくしている。

敵意がないことは明らかだ。

リアはスケルトンの目線まで腰を落として、声をかけてみる。


「こんにちは。あたしはリア。あなたのお名前は?」


話しかけられたことに驚いたのか真っ白な身体を一瞬、震わせる。

次に口を数回ぱくぱくと開閉させた。

リアの質問に答えているようだが、声にならないため理解はできない。


「文字は書ける?」


子供は首を横に振る。

この国の識字率は決して低くない。

しかし、都心ならいざ知らず、このような辺境の村では学習するための施設も人材もまだまだ不足している。

満足な教育を受けることさえ難しいのだ。

そういう意味では幼少の頃から読み書きができたリアは特別といえた。

魔術師だった父親のおかげと言える。


(ここまでは予想どおり。さてと……)


リアがこれからのことに思考を巡らせていると、未だスケルトンに鷲掴みにされているネンコが視界に入った。

表情はないがどこか不安そうだ。

実際のところリアの頭は不安で一杯だった。

リアの知識は所詮は書物から得たものであり、実体験を通して得たものではない。

間違っていたらという思いは常に付きまとう。

それでもリアは自分を信じて、スケルトンに質問を続ける。


「あたし、村のみんなを自由にしてあげたいの。あなたも自由になりたい?」


スケルトンは今度は首を縦に振った。

その様子を見て、さらにリアは続ける。


「『解放の呪文』分かるかな? あなたの頭にある魔法の言葉。その姿になったときに、聞こえてきたよね?」


スケルトンは少し首を傾げて記憶を辿るような素振りを見せたが、やがてゆっくりと頷いた。


(本で読んだとおりだ!)


リアは自分の知識に間違いがなかったことを実感して、言いようのない満足感に包まれた。

自然と笑みが浮かびそうになるのをぐっと堪える。


「その言葉、あたしたちに教えることってできる? えっと、例えばどこかに書いてあるとか」


リアの言葉に、スケルトンは頷いた。

教えられることがよっぽど嬉しかったのか、何度も大きく首を振る。

リアは、その細い首が折れてしまわないかと心配になりながらも、思い通りに話が進んでいることへの喜びを隠せなかった。


「じゃあ、行こう!」


リアは笑顔でぴょんと跳ねるように立ち上がる。

その勢いで白いワンピースがふわりとなびいた。

子供スケルトンはネンコを持ったまま、手を叩いて喜びを現している。

しかし、ネンコだけは、はしゃぐ二人を眺めながら、不安だと言わんばかりに眉間にシワを寄せたのだった。

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