魔法使いうさみと絆を紡ぐ青い鳥〜私、見習い錬金術士ミミリのぬいずるみよ。ちょっと、家出するわねん〜

うさみち

魔法使いうさみと絆を紡ぐ青い鳥〜私、見習い錬金術士ミミリのぬいぐるみよ。ちょっと家出するわねん〜

「ミミリッ、アルヒさん! た、大変なんだ! うさみっ、うさみが……!」



 ――それは、早朝のこと。


 見習い錬金術士の可憐な少女、13歳のミミリと、彼女にとって師のような存在の美少女、見た目は18歳くらいの機械人形オートマタのアルヒは、外気温が低い早朝を狙って【しずく草の原液】の錬成に勤しんでいたところ。

 

 家の中から飛び出すやいなや、大変なんだ、と大声を上げてやってきた声の主のほうへ錬金釜に身体を向けたまま顔だけ振り返るミミリ。

 声の主、金の短髪に端正な顔立ちをした少し年上の少年は、一枚の紙を掲げている。


「……? どうしたの? ゼラくん。そんなに慌てて。その紙、なぁに?」

「たたたたたたっ大変なんだよ、うさみ! うさみがさ!」

「落ち着いてください、ゼラ」


 ゼラは大きく深呼吸をしたのにもかかわらず、落ち着きを取り戻せないままに血相を変えて話し始めた。



「うさみがさ、いっ、家出したんだ!」



「……ええええええ〜っ⁉︎ 家出えぇ?」



 ――シュウゥゥ……!


 ゼラの衝撃の発言に、大声を上げて驚いたミミリ。途端、錬金釜から小さな音が。


「ミミリ、落ち着いてください!」

「ああああ! 待って、待ってえぇぇ〜!」


 ……ミミリが両手を上げて必死に呼び止めるも、もう手遅れで。錬金釜の中のアイテム、しずく草は、跡形もなく蒸発してしまった。入手するためにはいくつか条件がある、貴重な錬金素材アイテムだった。


「ごっ、ごめん、ミミリ、驚かせて」

「ううん、大丈夫だよ! また採りに行けばいいんだもん。……それより、うさみが家出ってどういうこと?」


 ゼラはミミリの優しい心に救われて、ようやく少し落ち着きを取り戻した。


「ありがとう。この紙、一緒に見て欲しいんだ」

「もちろん! 見せて! ……えぇっと……」



 ゼラとアルヒを両脇に、小さな紙を広げるミミリ。そこへ辿々しく綴られた文字を読んでみる。



『ミミリたちへ


 うさみよん。

 突然のお手紙でびっくりした?

 

 私、ちょっと家出するわねん。

 心配しないで。

 気が向いたら帰るから。


 ……たぶん。


 ミミリのぬいぐるみ うさみより』



 手紙を読み終わったミミリとゼラは、ガタガタ震えて動揺を隠せない。


「どどどどどうしようゼラくん、家出だなんて」

「だろ? 俺もう、手紙見つけてからパニックになっちゃってさ」

「そうだよね! だって昨日までうさみ、普通だったもん」

「だよなぁ……」


 ミミリもゼラもお互いに顔を見合わせる。2人ともうさみが心配なあまり半べそをかいていた。そんな2人を落ち着かせるべく、アルヒは優しい口調で提案する。


「大丈夫ですよ。2人がご存知なとおり、うさみは強いですから。家出の理由は見当がついているのです」

「えぇっ? そうなの?」

「はい。実は初めてのことではないのですよ。川の内側で散策しているでしょうから、2人で探して来ていただけますか?」


 家出が初めてではないという衝撃の事実に、再び顔を見合わせるミミリたち。驚きのあまり、涙も止まったようだ。その様子を見て、アルヒはクスリと柔く微笑む。


「気をつけて行ってきてくださいね。暖かい食事をご用意してお待ちしていますから」


◆ ◆ ◆


 ――その頃、当のうさみはというと。

 

 アルヒの予想どおり、家の庭から続く傾斜面をとぼとぼしょんぼり歩いていた。


 小さな小さなぬいぐるみのうさみから見る世界はどれもこれも背が高い。ミミリの膝丈くらいの背丈の草花も、うさみにとっては眼前に鬱蒼と広がり行手を阻む木々のよう。今は特に心が棘ついているので、普段は愛らしいピンク色の小花も今はなんだかくすんで見える。それに空はどんより、曇り空……。


 しょんぼりのうさみに、更なる不運はのしかかり……。


 ーーピョンッ!


 草むらから飛び出したあるモノが、うさみの顔に飛びついてきた。


「うひゃっ! な、なに?」


 うさみは払い除けようと必死に顔を触るものの、カサカサもそもそ逃げ回られる。


 ……い、嫌な予感がするわ……。


 うさみの顔をカサカサと動き回る、その正体は……!


「ほんぎゃあああああああー! せ、せっ、せっ……


 節足動物ううううう〜!」

 

 ーー緑色の、バッタだった。


「ひぎゃあああああ〜!」


 うさみの叫び声に、バッタはピョンピョン去ってゆく。


「はあっ、はあっ、げ、撃退してやったわ。ひ、1人だって、大丈夫なんだから!


 …………。


 ……だって、嫌なものは、嫌なんだもの……。家出したって、いいでしょう?」


 うさみはしょんぼり声で呟きながら、たまたま足下にあった小さな灰色の小石をぽぉんと蹴飛ばした。


 ――コロコロコロ!

 短い灰色の右足で蹴飛ばした小さな小石は、傾斜面の力も借りて勢いよく草むらの中へと転がっていった。転がる灰色の石は、自分と少し重なって見える。


 ……いっそのこと、コロコローッとどこか遠くへ転がっていきたい気分だわ。


 そんなことを考えていた矢先、コツン!と小石が何かにぶつかる音と、

「ピィ」

と、か細く鳴く何かの声が聞こえてきた。


「……ピィ? エッ? 何⁉︎」


 うさみは、慌てて眼前の草むらを掻き分けて音のした方に進んでいく。


「エッ! アンタ、どうしたの?」


 ――草むらの先、少し開けた地を覆うのは白の花弁に黄色の花糸で飴玉程度の大きさをした小花。その上に羽を広げて寝そべるのは、うさみよりも小さく晴れた空色の身体をした、小さな小さな小鳥だった。


「――! ごめんなさい、大丈夫?」


 うさみは、小鳥の隣に自分が先程蹴り飛ばした小石を発見した。小鳥からすれば、突然の砲撃だっただろう。自分の身体の1/4程の岩が飛んできたようなものだ。幸いにも目立った外傷はないが、うさみはすかさず回復魔法を唱え、小さな小鳥を両手で掬い上げた。


「癒しの春風! ごめんね、まさか貴方がそこにいたなんて。大丈夫かしら」


 小鳥の身体を、優しい風が包み込む。元気がなさそうに見えた顔も、次第に淡い赤みがさしてきた。


「ピィー!」


 鳴く声も、先程とはうってかわって力強い。うさみはホッと胸を撫で下ろした。


「よかったわ。それにしても、小さなアンタがどうしてこんなところにいるの? 一人で出歩いたらダメじゃない!」

「ピィ……」

「え、あそこ?」


 うさみの言葉がわかるのか、小鳥は上を見上げる動作で答えた。


「そっか……戻りたくても、アンタまだ飛べないのね」

と言いながら、小鳥と同じく上を見る。

 背丈の低いうさみには、眼前に広がる草むらばかりが視界に入ってくるため、その更に上までは意識しない限りは見ようともしない。

 改めて意識してみると、そこには幹がしっかりとした大きな木――ミミリの2倍くらいの背丈の木が1本ずっしり構えていた。


 うさみは、幹から分岐する太い枝の根本に、巣らしきものを発見した。その巣には兄弟らしき小鳥も数羽いるようだ。


 丸く小さな瞳を切なげに震わせる小鳥の視線が逸れずにずっと巣に向いていることに気がついたうさみは、クスリと笑って小鳥を優しく撫でる。


「大丈夫よ。私がなんとかしてあげる。……アンタついてるわよ。拾ったのがスーパー魔法使いの私だったんだから。――しがらみのくさび!」


 うさみは拘束魔法を唱えた。

 木の外皮を突き破って飛び出すのは、何本もの緑色の蔦。


「普段は拘束魔法だけどねん。……要は使いようなのよねぇ」


 内から突き破った蔦は幾重にも絡まり合って、小鳥を抱くうさみの身体を優しく包んだ。そしてフワリと目的地、枝の根元の小鳥の巣まで運んだあと、まるで時間を巻き戻すかのようにまた木の幹へと戻って行った。


 うさみは、小鳥を巣にそっと戻してやった。

 すると他の小鳥たちと一緒にピィピィと元気そうに揃って鳴き始めた。


「ふふふ。アンタたち親鳥がいなくてさみしいんでしょう。大丈夫。親鳥が帰って来るまでここにいてあげるわ。……どうせ、私、家出中だし」


 うさみは木に茂る葉の隙間から、空をぼんやり眺めて呟く。


「雨が、降ってきそうね。なんだか私の心みたい。……ミミリたちに、会いたくなってきちゃったわ……」


 うさみは両足を投げ出して木の幹に背中を預けて寄りかかった。

 間近で元気に鳴き続ける小鳥たちの鳴き声も、どこか遠くに聞こえる気がする。


◆ ◆ ◆


 晴れた空色の大きな瞳に、筋が通った鼻と、透き通るようなキメの整った白い肌。ウェーブがかったピンクの髪が風に揺られる際にふわっと香る、花のような匂いも好き。


 ……ミミリ、大好きな、私の持ち主。ミミリ、会いたいわ……。それにアルヒ。ついでに、ゼラも。



 ――!

 ――――!


「うさみ! うさみっ!」

「……え?」


 うさみは、いつの間にか眠っていたようだ。

 気づけば葉の隙間から、ポタリポタリと顔に雫が落ちてくる。


「今日は、ついていないわね。よりによって私の大嫌いな雨だなんて。だって湿気と水分で私の身体はぺちゃんとなるんですもの」

「ピィ!」「ピィィ!」


 雫を浴びてもなお、小鳥たちはとても元気だ。黄色の嘴をパクパクと開け閉めする姿も愛らしい。……それに……。


「身体の色が、ミミリの瞳と同じ晴れた空色なんだもの。余計に可愛く見えちゃうわ」



「ふふふっ! ありがとう、うさみ!」

「……?」


 何故か間近で、愛しいミミリの声がした。


「おお〜い、ここだよ〜!」


 その声は、うさみの真下から聞こえてくる。

 うさみは半信半疑で真下を見ると、雨でずぶ濡れのミミリがそこにいた。


「やあっと見つけた! 良かった、無事で」

「ミミリ! そんなにずぶぬれになってまで、私を探しにきてくれたのね」


 うさみの言葉に、ミミリはフフッと笑ってうさみの隣を指差した。


「私だけじゃないよ! ゼラくんも一緒だよ」


 ミミリが指差す方へ顔を向けたうさみは、思わずギャアアア! と悲鳴を上げる。なぜならいるはずのない顔面が、急に眼前に現れたからだ。


「うわっ! そんな悲鳴を上げられると流石に俺も傷つくぞ? ……と、危ねッ! 木登りなんて何年振りだろ。……ホラ、お前も小鳥たちに会えて良かったな」

「ゼラ、その鳥って……」


 ゼラは片手と両足で木の幹に器用にしがみつき、残る片手に抱えた鳥をそっと巣に戻してやった。小鳥たちは揃ってピィピィと鳴き、親鳥の帰還を喜んでいる。


「……あぁ、うさみを探し回っていた時、偶然俺が蹴飛ばした小石でケガさせちゃってさ。すぐにミミリが錬成アイテムで治療してくれたんだけど、心配だから巣に帰るところまで見届けようと思ってさ。雨のせいで上手くはばたけなかったら困るしな」

「アンタもだったの……」


 同じような展開を経験していたことはさて置き、うさみはゼラも同じくずぶ濡れになっていたことに今更ながら気がついた。


「ゼラ、その……」


 うさみが重い口を開いて言いかけた言葉を遮って、ゼラはうさみを優しく撫でる。


「家に帰ろう、うさみ。無事で良かった。もしよろしければ、抱き抱えてもよろしいですか? 家までお連れいたしますよ、お姫様?」

と言いながらうさみへ手を差し伸べるゼラの表情には、怒りのカケラは微塵もなかった。それはまるで、眩い太陽のように明るい笑顔。


 うさみは、ゼラの手のひらに向かって短い灰の手を伸ばし、そっと重ね――


「――エェッ⁉︎」


 ――るのではなく、ギュッと押し返してピョンッと元気に跳び降りた。


「ミミリ〜!」

「わぁっ! うさみ! おいでおいでー!」


 それはうさみの、ゼラに対する照れ隠し。

 うさみはミミリの胸へ飛び込んで、無事にキュッと抱き止められた。そしてうさみは、木の幹にしがみつくゼラに向かって短い手を突き出して勝ち気に告げる。


「せっかくのお申し出だけれど、私はミミリに抱っこされて帰ることにするわッ! 悪いわね、スケコマシ?」

「おいおい、スケコマシはないだろ〜! まぁ、うさみが無事で良かったから、ま、いっか!」

「ほんとだよ、無事で良かった」


 優しく抱きしめてくれるミミリの優しさに、うさみの心を締め付けていた幾重もの糸も、優しくふんわり解けていくよう。

 

 ――うさみの心のほぐれとともに、空を覆う重たい雲の隙間から、眩しい陽の光が差し込んできた。


「さあ、3人で仲良く帰ろっ! アルヒが美味しいご飯作って待っててくれてるから」

「そうだな、たくさん歩いていい運動になったし、余計にご飯が美味しいぞ〜!」


 にこやかに微笑む2人は、雨に濡れてびしょ濡れになっているだけではなく、膝下は泥水を被ったように汚れていた。その姿から、いかに2人が必死に探し回ってくれたのか、容易に想像することができた。


「……2人とも、ありがとう……」


 そしてうさみは腹を括る。


 ……決めたわ、私、立ち向かってやるわ。もう、逃げたり、しないんだから! ……たぶん。


 こうして、うさみの家出騒動は、無事に幕を下ろしたのであった。


◆ ◆ ◆


「ギャアアアアアアア! こわい、こわい、こわいいいい〜!」

「ふええええ、頑張ってうさみ! 私、ここにいるからね!」

「……理解したよ、うさみ。これは家出するわ」


 うさみの震える手を固く握るミミリ。

 その隣には、手持ち無沙汰のゼラ。


 うさみの背中に、突き立てられるハサミの刃。

 アルヒによって背中の糸が切られ、大開きになった背中から容赦なく手を突っ込まれて体内の綿が掻き出されてゆく。


「ひゃああああ! 体内を掻き混ぜられる感覚〜!」

「頑張ってください、うさみ! 旅立ちを前に、新しい綿に替えておかねばなりません!」

「わかって、いたわ。アルヒが準備しようとしてくれていたことは。だから、私、逃げ出したのよ。アルヒには悪いけど、どうしても私、こわくって。みんな今まで……あり……がと……」

「「うさみっ!」」


 そしてうさみは、意識を失った。


 心配して涙を零しそうになるミミリとゼラのため、アルヒは優しい口調で安心させる。


「大丈夫ですよ、ミミリ、ゼラ。綿を詰め直して、糸で背を閉じれば意識は再び戻りますから」

「「良かった……」」

「それに、痛みは一切感じないらしいので安心してください。体内をいじられる感覚は辛いとは思うのですが」


 微笑みながらアルヒが指先にて構えるのは、一本の針と糸。アルヒの巧みな手腕によって、うさみの背中は無事に閉じられていった。



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◆ ◆ ◆


「「「いただきま〜す!」」」

「ハイ、召し上がれ」


 ――早朝の騒動が嘘のように、いつもどおり食卓を囲むうさみたち。


 うさみは、目の間に並ぶ豪勢な食事が、全て自分の好みのものであるものに気がついた。


「わあぁ……!」


 さらにふわふわになって磨きがかかった身体もしっぽも震わせて、まずは大好きなコーヒーを堪能している。


「うさみ、今日はよく頑張ってくださいましたね」

「ほんとだよ。よく頑張ったよな」

「ほんとだよね、ねぇ、うさみ、抱っこさせて?」

「んもっ、仕方ないわね〜!」


 食事中だというのに、両手を伸ばしてくるミミリに、言葉とは裏腹に満更でもない様子で飛び込むうさみ。


 ぎゅうううう〜!


 ミミリとうさみの抱きしめ合う姿を見て、ゼラもアルヒも胸がほっこりと温かくなった。


 うさみは、ひと騒動起こしてしまったから尚更、幸せが胸に沁みてじぃんとしている。

 うさみに優しい視線を向けてくれるミミリも、アルヒも、そしてゼラも。うさみは本当に幸せ者だと実感する。


 そうしてうさみはミミリの腕の中で、幸せいっぱいに微笑んだ。



「私って本当に幸せで、罪なうさぎよねん! みんな、いつも、ありがと!」

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魔法使いうさみと絆を紡ぐ青い鳥〜私、見習い錬金術士ミミリのぬいずるみよ。ちょっと、家出するわねん〜 うさみち @usami-chi

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