第3話 変身許容

 引き続き、水城先生との面談は続く。あたしとママの緊張がいくらかほぐれたところで、水城先生が真剣な顔をして口を開いた。


「さて……次年度の入学式の前に、一つお二人にお話しておくことがあります。先程、無能力者ノーマル用のカリキュラムはある、とお話しましたが、基本的には異能力者ホルダーと同じクラスに所属し、学校生活を送ってもらうことになります」

「えっ」


 その言葉に、あたし以上にママが驚きの声を上げた。

 あたし以外に数人しか無能力者ノーマルがいないという時点で、ある程度予想はついていたが、あたしは異能力者ホルダーと同じクラスになり、一緒のクラスで勉強することになるらしい。

 水城先生いわく、体育などの異能力者ホルダー無能力者ノーマルの成績の差異が大きいもの、異能訓練などの異能力者ホルダーでないと授業を受けられないもの以外は、一緒になって授業を受けるのだそうだ。

 信じられないという顔をしながら、ママが水城先生に問いかける。


「クラスが分かれるとか……そういうことはないんですか?」

「クラスそのものを分けるには、あまりにも無能力者ノーマルの入学人数が少なすぎますし……異能力者ホルダーとの付き合い方を学んでいくのも、無能力者ノーマルの皆さんにとっては大事な勉強ですからね」


 ママの質問に水城先生も苦笑するしかない。そりゃあ、たったの数人で別クラスを作って対応する、なんてことをしたら無駄だし、クラスが分かれていたらなかなか互いに交流が出来ない。

 一部の授業は仕方がないにしても、クラスが一緒のほうが互いに得られるものが大きいのは間違いないだろう。

 と、そこで水城先生が微笑みながらあたしに視線を向けてきた。


「ただ、和山さんは入学試験を受験され、見事合格された。あの試験では学力の他、異能に対する許容値……つまりは異能を目の当たりにした時に、どれだけ正気を保っていられるか・・・・・・・・・・・、の度合いも見ています。入学される無能力者ノーマルの皆さんは、皆さんこの許容値が高い方です」

「異能を見て、正気を保つ……ですか?」


 水城先生の言葉を聞いて、あたしもママも小さく首を傾げた。

 異能力者ホルダーの世界総人口に対する割合は、もう4割に達する頃だと聞いている。無作為に5人の人間を集めたら、そのうち2人は異能力者ホルダーである計算だ。

 それだけ異能が一般的で、よく見かけるものである中で、「異能を見て正気を保てるかどうか」とはどういうことだろう。確かに変身系の異能は、異能の中でも珍しいものだけれど。

 すると水城先生は真剣な表情をして、両手を組みながら口を開いた。


「そうです。変身系異能力者ホルダーも人間ですからね。変身した後の姿を見られたり、変身するさまを見られたりした時にいたずらに驚かれたり、怖がられたりしたら傷つきます」


 真剣に話しながら、水城先生があたし達二人を見た。

 確かにそうだ。あたしだって、髪型を変えたり服をガラッと変えたりした時に友達から驚かれたりしたら、あれって思う。

 あたし達へと、水城先生はさらに言葉を重ねる。


「我が校の教育方針は『優れた人間・・の育成』です。変身系異能力者ホルダーを人外としてではなく、人間として扱い、人間として優れた人物に育て上げる。それが私達巽山高校の目指すところです」


 その言葉は特に真剣だった。あたしが元々この学校への入学を考えていないで、勘違いで受験して合格して、入学することになるから、なのだろう。

 自然とあたしの顔も引き締まる。そんなあたしを見て、組んでいた両手を広げながら水城先生は言った。


「異能は一般的なものとして人々の生活に浸透し、社会で活躍する異能力者ホルダーも数多い。しかし彼らは……特に変身系異能力者ホルダーは、人間であるからこそ人間社会の中で活躍している。人間ではない別の生き物として活動するのであれば、人間社会の中では生きられませんからね」


 静かに、ゆっくりと話された水城先生の言葉に、あたしもママも小さく息を吐きだした。

 この学校は異能力者ホルダーの育成に特化している学校だが、ちゃんと無能力者ノーマルのことも、ひいては卒業後に生徒が羽ばたいていく社会のことも、しっかり考えているのが分かった。

 異能力者ホルダーだって人間だ。人間以外に変身する能力を持っていたって、人間なのだ。

 ママがしみじみと、鼻先をこすりながら言う。


「人間だから……なんですね」

「はい。人間であるなら、その異能を発揮することを恐れる方は我が校にはふさわしくない、そういう考え方です。だから我が校は、学校敷地内での異能使用を許可しているんですよ」


 ママの言葉に水城先生がはっきりとうなずいた。確かにそういう方針の学校なら、異能を使ったことにびっくりするような生徒はふさわしくない、と言えそうだ。

 そういう点なら、あたしは大概平然としていられる方だ。小さい時から異能力者ホルダーの高校生が集まって大々的に行われる競技会、「異能甲子園いのうこうしえん」の大ファンで、出場者が人間から人間でなくなっていくさまに、目を輝かせてテレビにかじりついていたくらいなのだ。

 巽山高校は当然のように、「異能甲子園」に毎年出場している。ここへの入学は棚からぼたもちみたいなものだが、もしかしたら「異能甲子園」を間近で見られるかも、という期待もあったりした。

 瞳を輝かせるあたしに、水城先生が微笑みながら話す。


「校舎内でも異能を使用している生徒をお見かけしたと思いますが、アレを目にしても平然としていられる、日常と受け入れられる生徒を受け入れているわけです」

「な、なるほど……それなら確かに、和泉は大丈夫だわ」


 その言葉を聞いて、ほうとママも息を吐き出した。ようやく、ママもこの学校にあたしを通わせても問題なさそうだ、と感じられたらしい。

 と、そこで水城先生が手首のスマートウォッチを見た。気がつけばもう15分が経過している。時間を確認した水城先生はすぐに立ち上がった。


「おっと、もうこんな時間だ。つい話し込んでしまいましたね。次の面談がありますので、今日はこれにて。入学式の日にお待ちしています」

「は、はい」

「ありがとうございます」


 水城先生に促されて、あたしとママも席を立った。そのまま職員室の外へと向かって歩いていく。次の面談の人に迷惑をかけてはいけない。

 と、ちょうどあたしが水城先生の横に来たところで。


「和山さん」

「はい?」


 水城先生に声をかけられ、あたしはきょとんとしながら立ち止まった。何だろう。

 すると水城先生が、片方の口角を持ち上げながら小さくうなずいた。


「君なら、うちの学校で充実した三年間を過ごせると信じている。頑張ってくれよ」

「は……はい。ありがとうございます」


 先生からの、激励の言葉。それにハッと目を見開いたあたしは、思わずその場で足を止めていた。

 直接そんな言葉をかけてもらえるとは思っていなかった。なんとかなる、というぼんやりした思いが、少しずつなんとかやっていけるだろう、という確信めいた思いに変わっていく。

 と、そこであたしはハッとした。ここで立ち止まっていたら他の人の迷惑だ。あたしはすぐに、もうドアの前にいるママの方に小走りで走っていった。

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