雪のち破壊の殺戮模様

アオピーナ

元王立魔導軍・亜術連隊所属:スノー・ドロッティアード

 王国憲法禁忌項目・第零条違反」ならびに「魔法保有罪、「大量殺人」の罪により、この者を「無期限討伐任務」の対象とする。

 これは国家総出の政策であり、国際条約に限定的ながらも追加された義務でもある。

 賞金、補助等に限りは無い。

 資格はただ一つ。力ある者。相手が少女であろうと、容赦なく殺害できる者。

 彼の厄災を止めろ。存在を赦すな。

 救世主たちよ、検討を祈る。


 ――国際魔動力放送チャンネルにおける一部抜粋より。



 ――魔法使いに死をデス・トゥ・ザ・ウィッチ


「ハイ、もっと大きな声で、せーのっ」


 ――魔法使いに死をデス・トゥ・ザ・ウィッチ

 ――魔法使いに死をデス・トゥ・ザ・ウィッチ

 ――魔法使いに死をデス・トゥ・ザ・ウィッチ


 レンガや木で組まれた家々が並ぶ、石畳の敷かれた王国のメインストリート。

 セントラルともてはやされた煌びやかな街で、今日も魔法使いに対する反対運動が行われていた。


 石造りの、半円形状のステージ。そこで死んだ魚のような目をして拍手を重ねる男を囲むのは、狂人と成った民衆。


 彼らが口を揃えて発するのは、魔術師――否、「魔法使い」への非難と罵声。


 世界から八割がたの魔法使いが消えた昨今、「反魔法使い運動」はより一層、苛烈になっていた。特に、この王国では「魔法税」や「魔法使い専用刑罰法」などといった政策が施されるほどに。


 ――魔法使いに死をデス・トゥ・ザ・ウィッチ


 歪で狂ったユニゾンがひときわ高くなり、


「あー、はいはい。みんな最高にクレイジーだ。これで『教皇様』もお喜びになっ――」


 ステージ上で棒読みに場を盛り上げようとした男の言葉が、突如として空から降り注いだ黒い何かによって、遮られた。


 否、奪われた。

 言葉どころか、命までも。


 それは、「黒い雪」だった。


 紫紺色の稲光が煌めく曇天が、漆黒の細雪を散らしている。


 壇上の男は、比喩抜きに死んだ目で眼前を見据え――、


「――〈この世に、赦しを与えてはならない〉」


 幽鬼めいた足取りで壇上を降りた男は、ステージを囲んでいたギャラリーの方へと歩を進めていく。


 その先に群がる、狂人のように吠えていた民衆も。黒い雪を浴びて瞳を虚ろに染め、操り人形のように、ぎこちない足取りで前へ進む。


「――〈願うべきは、破壊。望むべきは、破滅〉」

「――〈終わりを求む、我らが屍の衆〉」

「――〈魔を以て、魔を排する常世を壊すべし〉」


 壇上に居た男が、数多の民衆が、共に声を上げる。


「「壊せ。壊せ。壊せ。壊せ。壊せ」」


 低く不気味な声が重なって、響き渡った。


 儀式前に行う詠唱のような声が、灰色の空のもとで飛び交った時には既に。


 ――無慈悲な殺し合いが、始まっていた。


「ああ、でも。愚民の命を刈り取るのはこの私だから」

 

 鈴の音色のような声が聞こえた。


 静寂の帳が、落ちる。


 音と色は消えていた。まるで時の流れそのものが静止しているかのような、空白。


 声の主は、まだ居ない。


 しかし、厄災はもう、民を襲っていた。


「〈我、汝らの死を望むスノードロップ〉」


 詠唱が紡がれた刹那、一人の少女の姿が殺戮の渦の中にあった。


 民衆同士による殺し合いは、その一声を以て幕を閉じる。


 何故なら、彼らがそれを続けることは不可能となっていたから。


 ――一言で表せば、斬首。


 死神が大鎌を振り回して一斉に首を切断したかのような、超常的なワンシーン。

 

 その場に居た者たち全員の首が一斉に吹っ飛び、おびただしい量の血で海を作って倒れ伏したのだ。


 黒い雪はやがて雨となり、それはまるで墨汁が降り注いでいるかのように見えて。


 少女は漆塗りの雨に打たれながら、しかしその純白に彩られたセミロングと白磁のような素肌は一滴の穢れを被ることなく、血の海の上に立って美貌を魅せている。


 少女は白桃色の唇を三日月の形に歪ませて、その場から消えた。


 数分後には、街中で放映されている「魔動力(人工魔法システム)」で稼働する

投影型魔法器テレビジョン」の画面が黒く染まり、たった今起きたものと同じ惨劇が、画面内で生放送を行っていた出演者たちに襲い掛かっていた。


 その番組のテーマは、『魔法使いを赦すな! 世に齎された災厄を説く!』といったニュースだったという。


 時を同じくして、これまた同じように葬られた広告企業のうちの一社が「携帯型魔法器」に流そうとしていた動画には、「竜騎士」でありながら「珍魔獣ハンター」としての仕事もこなす強面の男の「黒い雪を降らせる白い女に注意しろ。奴はこの俺を人生で初めてビビらせた最強にして最凶にして最狂の魔法使いだ」コメントが載っていた。


 ……その男は、「魔動力放流工場」跡地にて、体内の臓腑を引き抜かれ、己の首を抱かせられるだけでなく――


 このような惨劇が、何日も続いている。


 白髪で華奢な白ローブの女。


 黒い雪を降らせて魂を穢し――

 たった一声で思い通りに人を殺し――

 黒い雨と共にその場に現れる――


 ――天災。


 最悪の魔法使い。

 存在してはならない、悪辣な兵器。

 その当人は今、王国の中枢である宮廷の赤い絨毯を歩いていた。


「待っててね、王様」


 両脇で少女の歩みを静観するのは、衛兵の屍の数々。


 自身の首を槍の穂先に刺されたまま柄を握らされ、全身を何回転か捻じられた惨い死体。


「傷口を抉られる痛さを、教えてあげる」


 切り揃えられた前髪から覗く夕焼け色の瞳は、爛々と光っていた。



 スノー・ドロッティアード。


 元王立魔導軍・亜術連隊所属。

 若きエース。

 鬼才。

「亜術」と称された、いわば魔法の枠外に位置する超常的な術が一種――「天術式」の使い手。


 ――望まずして造られ、戦わされ、見捨てられた、悲劇の子。


 スノーは「魔臓欠乏症」と「魔導神経回路断絶症」を共に患い、王立病棟で寝たきりの生活を送っていた。


 唯一の良心は、母。夫を戦争で無くしてからもたった一人でスノーを育ててくれた、彼女が世界で最も尊敬する相手だった。


 多額の医療費によって生活が困窮していたことを娘には決して打ち明けなかった母親は、しかし、唐突に限界が訪れ――都合よく舞い込んだ「人造魔術師計画」に目が眩み……とうとう、実の娘を、売った。


 限定的な範囲における魔法の発動やプロセスを可能な限り拡張し、文字通り「災厄」を齎す人工的な超常兵器の製造。


 加えて、極めて稀な例であるスノーを除き、殆どの者の体内に備わっている「魔臓」の、人工的な触媒の搭載。


 魔法学において「超常位階」を表す「天上」へのアクセスを可能とした術式が刻まれたメモリーを、魔臓の代わりに体内に宿すのだ。


 魔法を扱えない者にこそ適性があるこの計画は、スノーに毎日、地獄のような苦痛と試練を与え、王国が望む人材を育てた。


 スノーの人格は、彼女の白雪のように綺麗でいて欲しい――そんな由来に反し、雪原のように、真っ白で、空っぽになった。


 計画は成功。


 スノーは魔導陸軍に所属。


 ……初陣で、魔動機や魔術師、その他多くの召喚獣を含め累計三○万を超える敵群を、単独で撃破。


 短期間で少佐へと昇りつめた若き少女は、この「第五次世界聖戦」にて未曾有の戦績を挙げる。――その優秀過ぎた兵士を、王国は恐怖するようになる。


 王国が南端の大陸と和平を結び、魔術師による台頭が目立った頃にそれは始まった。


「魔法禁止令」の発布。

「魔法税」の実施。

「魔法文明抹消コード」の発動。


 物理的な核爆弾ではなく、情報概念そのものに対する「核魔導兵器」があった。

 

 和平を締結した相手国は、世界で最も多い人工と戦力、そして広大な領土を擁し、地脈、霊脈、龍脈の密度と量も、数多ある国々の中で群を抜いている。


 その特性を利用し、王国は、自分達が秘密裏に所持していた他国の未公開の情報と引き換えに、件の核魔導兵器の起動を要請し、相手国はそれを承諾した。


 ――「アーカーシャ・コア」。


 禁忌指定・超級核魔導兵器。


 大気中に舞っているマナに「情報コード」を流し、マナを司る脳機能にそれを強制するといった、いわば大衆煽動の極致。


 兵器による物理的な洗脳。

 その、強制発動。


 これにより、王国は人々や世界との対話を無くして、「魔術師」という存在の否定を始める。


 人類の殆どに当たり前のように備わっていた「魔臓」という機能の損失や、魔法発動における詠唱の記憶の欠落、魔法そのものに対する価値観の強制的な改変、記録の改竄。


 魔法を排するにあたって、ありとあらゆる策が尽くされた。


 魔術師という区分を「魔法使い」に改め、「禁忌項目」に追記。


 しかし虫のいいことに、王国と和平条約の相手国をはじめとした連盟は「魔導」という文明の断片は残し、それを人工的に生成し稼働する「魔動力」を開発。

 

 こうして、国の平和に誰よりも貢献していた少女魔導兵の平穏は奪われた。

 


 異なる隊で心を交わし、肌を重ねた恋人は、翌朝――



 ……体をバラバラにされて殺されていた。


 今でも思い出す。めくれたシーツからこちらを見上げる、無機質な死人の生首。


 彼とおそろいの十字架のネックレスが触媒として展開していた結界が、スノーを守っていたから、彼の後を追うことは免れた。……その奇跡が皮肉であると思わざるを得ない悲劇が、すぐに起こる。


 ――絶望に浸る余裕も無く、家に帰って母のもとへ駆けつけると、彼女は青白く痩せこけた形相をしたまま鉈を振りかざし、実の娘を殺しにかかった。


『アンタなんか産まなければよかった! どうして帰ってきたの! どうして生きているの! アンタはそのまま死んでくれれば私はこんな目に――』


 悲鳴のように上がった怒号は、他の街の住民も呼び寄せた。ゾンビのような足取りでぞろぞろ沸いて、ありとあらゆる武器を向けて罵声を浴びせてくる彼らを、スノーは、


「――嘘だ」


 望まずして、黒く凍らせた。


 黒い氷に囚われた彼らは、母親もろとも、そのまま炭のように崩れ落ちて風に吹かれ、消えていった。


 スノーの心の裡を表すかのように、黒い雨が降り注ぐ。


 その雨は、スノーが生まれた街をものの数分で黒く染め上げ、壊していった。


 街のはずれから、けたたましく警報が鳴り響く。


 魔術師非難のデモが、各地で列を成す。


 ついこの間まで共に戦っていた航空魔導大隊の兵器の数々が、王国中の空で飛び交う。


 テレビジョンで魔術師を「魔法使い」と称して賞金首にする旨が報道され、別のチャンネルでは「魔法使い」が戦車の集中砲火を浴びたり槍や弓矢の雨を受けて串刺しになって殺されたり、果てはシンボルタワー最上部にて「魔法使い」による集団自殺が行われたりしている光景を流していた。


 世界は、敵と化した。


 様々な死線をくぐって、色んな人と出会って、数え切れないぐらいの嬉しいことがあって。


 でも、全部、奪われた。


「世界は傷で満ちている」


 心に空いた風穴が、別の何かで埋まっていく。


「災厄は訪れる。魔法による世の席巻が、また始まる」


 自分ではない何者かが、自分の器を介してそんなことを言った。


「破壊。破滅。いいね、ソレ。もっとやろう」


 魔術師による魔法の発動を禁じておきながら、自分たちは人工的な「元魔法」を作り出して悠々自適に暮らしている。


 そんな腐って濁った世界は当然、滅ぼすべきだ。


 雪原のように、まっさらになってしまえ。


 雪崩のように、ぜんぶ壊れてしまえ。


 やがて始まる雪解けが、新たに創られる世界の源泉となるのだ。

 


「――〈とっとと死ね、クソ野郎スノードロップ



 死神の心が、現に回帰する。


 玉座でふんぞり返っていた男のみっともない命乞いを聞き流し、四肢の指先から順に折って砕いていく形で拷問紛いの遊びを始めたのはいいが、情けないことに、すぐさま痛みで気絶してしまった。


 興醒めしたスノーは、魔法で彼の意識を一度戻し、彼の妻と子供たちを目の前に連れてきて、順番に首を斬り落としていった。


 鮮血のアーチと共に、首が空を舞う。愛しい相手の生首が足元に転がって、まるでボール遊びみたいに蹴ったりリフティングされたりする気持ちはいかがなものなのだろう。


 スノーには、もう分からなかった。


「きゃはっ」


 黒雪の死神はその場に陰惨な笑みを残して消え――、


「殺戮ツアーは、ここで最後にしよう」


 地獄のような日々を送った、思い出深い、軍直属の人造魔術師研究所。


 驚きのあまり身動きが取れない様子の研究員たちを、次々とバラバラにしていく。


 やがて、死神は施設の最奥にある部屋に辿り着く。


 そこはかつて自分が兵器に染め上げられた場所。


 一人の男が慌てふためいて、喜怒哀楽の限りを見せて必死に何かを叫んでいる。


 聞こえないから、殺した。


 今回は、股間を砕いて微塵切りにする方法を試してみたりした。


「さてさて」


 スノーはコンソールの前で止まり、画面に映し出されている自分自身の細かな情報を見遣り、


「バイバイ、世界」


 自分の名が記されていた画面を殴りつけてヒビを入れ、同時に、少女を中心に漆黒の嵐が炸裂。


 少女の頬に一筋の雫が伝っていたが、その意味が分かる者はここには居ない。


 それから暫くして、黒い嵐は国家の殆どを飲み込んだ。


 その災厄は、今も尚、続いている。


 嵐が荒れ狂うとき、ある者は、人の叫びのように聞こえると言う。

 


 ――そして混沌の渦は時折、真っ白な雫を降らせるのだという。


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