第31話 ヌーブラは汗に注意!


 そのとき──ふと今朝の夢のことを思い出す。



 近づくメイの顔。

 吸い寄せられるように唇が──



 ──っていや! いやいやそれはダメだろ! 付き合ってるわけでもないってのに!


 そう思ったら、俺は自然とメイの肩を掴んで突き放してしまっていた。


「えっ?」


 とまぶたを開けたメイがびっくりしたような顔をして、俺はハッと取り繕う。


「あ──わ、悪い! その、急にメイが変な冗談言うからさっ!」

「も、もう。いきなり押し返されるからびっくりしたじゃん! でも……ぷぷっ。やっぱり予想通りの顔してた! 見なくてもわかったんだけど! ねぇ、本当にキスされちゃうと思った~?」


 からかうように下からこちらを見つめてくるメイに、俺は顔を背けて言う。


「お前なぁ……ああいうの男にするのやめろって! もしも俺が本気にしてたらどうすんだよっ?」

「さーどうなったんだろーねー? あたしは別に逃げなかったけどね? このい・く・じ・な・し♪」

「俺は意気地より誠実さを重視するタイプなの!」

「アハハそーだよねっ! あ、結んでくれてありがとねっ。じゃおにーさん先出ててー」

「ああ。んじゃな」


 と言ってようやくメイから離れたとき、事件は起こった。

 女性の水着なんて初めて結んだせいか、どうやら肩紐がゆるゆるだったらしくメイの水着がはらりと落ちてしまう。



「「……え?」」



 二人して声が揃う。



 俺は、人生で初めて女の子のヌーブラを目撃してしまった。



 そしてそのヌーブラまでもが、片方ペラリとめくれてしまい──!



「……きゃあっ!?」


 メイは両手で慌てて胸元を隠し、その顔はすぐに真っ赤になっていってしまう。


「あ──ご、ごめんっ!」


 俺も慌てて試着室を飛び出す。心臓の激しい鼓動が自分でもわかるほどだった。

 試着室を背に必死で謝る。


「メイ、マジでスマン! ちゃんと結べてなかったみたいだ!」

「も、もぉ~~~おにーさんのばかぁっ! うう~~~サイアク! 夏場だと汗で剥がれやすくなっちゃって……! そ、それより待っててっ!」

「あ、ああ」


 ちょっと気まずい時間の中、メイが着替え終わるのを待つ。

 そうか、ヌーブラって汗かくと剥がれやすかったりするのか……やっぱり胸も蒸れるんだろうな……っていやいや何を想像してんだバカ!


 やがてシャッとカーテンが開き、メイが出てくる。その顔はまだ赤らんでいた。


「おまたせ……」

「う、うん」

「……あのさ」


 メイは親指と人差し指で俺の服を摘まむと、チラッと俺の顔を見て言う。


「……見た?」


 ふるふるふる。素早く首を横に振る俺。ここは何も口にしない方が懸命だと判断した。


 するとメイは、じっと俺の目を見つめて言う。


「ふーん……。おにーさん、水着よりヌーブラ見た方がドキッとしたでしょ?」

「うっ」

「えっち」


 メイはジト目でそうつぶやいたが──すぐに「ぷっ」と噴き出したように笑う。そりゃドキッともするだろと言いたかったがなんとか堪えた。


「はーもういいよ。そもそもあたしがちゃんと結べてなかったんだしさ。そんな顔しなくていーです!」

「悪かったよホント……で、それより水着はどうすんだ? 決めたのか?」

「うーん。この金ビキニも面白かったけどー、やっぱおにーさんの反応的にもあたしの好み的にも最初のが一番ビビッと来たからアレにしよっかなっ! じゃ、あたしは決まったし次はおにーさんの番だね」

「は? 俺の番?」


 突然の一言に、意味がわからず呆然とする俺。メイは怪訝そうな顔をした。


「だっておにーさん、水着もってないっしょ?」

「いやまぁそうだけど。だからってなんで俺まで?」

「は~? 水着持ってないと海とか川とかプール一緒に行けないじゃん。夏はまだまだこれからなんだけど? それともおにーさん、そゆとこ行きたくないの?」


 ちょっぴり不満そうなメイの発言に、俺は少しばかり戸惑った。

 そんな約束まだ何もしてないというのに、メイはまるで当然のことのように話している。

 それがなんだか嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。


「あー、カップル向けに男性用の水着も少し置いてたよな? じゃ俺も適当にどれか買うわ」


 そう答えると、途端にパァッと表情の明るくなるメイ。


「うん! あ、じゃあお礼にあたしが選んだげるよ! おにーさんもおそろで真っ白のヤツにする?」

「いや白はちょっとなぁ。無難に黒とかネイビーとか」

「おけ! じゃあ一緒に買いにいこ!」


 俺の手を引っぱるとメイと一緒に、また水着売り場へと向かう。


「ね、おにーさんもいちお試着しとく? あたしも一緒に入って見たげてもいーけど♪」

「それはさすがに遠慮するって! 男のなんてサイズさえ合えば問題ないだろっ」

「アハハ! ねねおにーさんっ」

「ん?」

「海やプールもいいけどさ、これで今度はスパの混浴もいけるね?」

「えっ」

「二人で入れるサウナとかもあるしさー。やっぱうちのより本格的なところのがいいんだよねっ。それに家のおフロでだって遊べるし、やっぱ水着は持っとかないとねっ!」


 まるで姉妹か友達にでも言うようなセリフを、平気で俺にも掛けてくる。

 元々グイグイくるタイプなんだろうけど、そりゃあ学校でもモテるだろうなとあらためて思うのだった。

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