第30話 二人のヒミツの試着室

 ちょっと光沢のある派手な金ビキニは下手すると下品にもなりそうなものだが、不思議とメイが着ているとこれっぽっちの違和感もなく、雑誌の表紙を飾っているかのように似合っている。メイのルックスやスタイルを際立てているような気さえした。

 金ビキニと言えばゴールデンウィーク頃のSNSなんかで流行ってるのを見たことはあったが、まさかリアルJKが着ているのを目の当たりにするとは……!


「おにーさん知ってる? 金ビキニってちょとバカみたいだけどなんかリアルに流行ってきててさぁ。さすがに他の人に見られるのは恥ずかしいからおにーさんにだけ──ってあ~♪ おにーさん、ちょっと嬉しそうな顔になったっ。へぇ~やっぱり男の子ってこういうの好きなんだ~?」

「は? い、いや別にそういうわけじゃ」

「じゃあ嬉しくないの? あーあ、せっかくおにーさんのために着てあげたのになー」

「いやそうとも言ってないだろ!」

「じゃあ嬉しい?」

「ぐっ…………う、嬉しい……」

「へへ、よく言えました♪ ご褒美に、もっと近くで見てもいーよ♪」


 嬉しそうに笑い、狭い試着室の中でぴょんとこちらへ近づいてくるメイ。その際に揺れた胸元へ自然と目が惹きつけられてしまった。


「ふふっ。ここは二人だけのヒミツの試着室なんだから、どれだけ見たっていいんだよ?」


 今にも触れてしまいそうな距離まで近づいてきて、微笑と共に小声でささやいてくるメイ。

 そんなメイから目が離せず、思わず息を呑んだとき──

  


『──あ、ありがとうフミちゃん。一人で選ぶの苦手で、た、助かっちゃったっ』

『──いえいえ。私も自分で水着を買うのは初めてで……善知鳥さんに選んでいただけてよかったです』



『……!!』



 驚きから思わずメイとくっついてしまい、そのまま試着室の中で二人抱き合うように固まる俺たち。


「……メイ! 今の……!」

「う、うん……!」


 ひそひそと話す俺たち。

 隣の試着室に入ってきたと思われる声は、間違いなく桜森さんと善知鳥さんのものだった。当然着替えているのだろう、すぐに衣擦れの音が聞こえてくる。

 ま、まさか二人までこの店に来るとは! しかも水着目的が被ってるし!


『本当は、メイちゃんとも一緒に来たかったけど……や、やっぱりデートの邪魔をしちゃったら悪いもんね』

『そうですね、とてもお似合いのお二人でしたから……。こちらで新しい水着を買ったことは、朝比奈さんとプールへ行くときのサプライズにしましょう』

『うんっ。いつもはメイちゃんに選んでもらってるから、お、驚くよねきっとっ』

『ふふ、そうですね。──まぁ、とてもお似合いですよ善知鳥さん』

『ほ、本当? あっ、フミちゃんもすごく綺麗! すごく似合ってる!』


 キャッキャと楽しげな声が聞こえてくる中、俺は身動きがとれずに黙っているしかなかった。

 もしもメイとこんなところにいることがバレたら……!

 そう思っていると、密着しているメイがニンマリとした顔でこちらを見上げていた。


 ──い、嫌な予感がする! 待てメイ! バラすなよ! 絶対バラすなよ!?


 そうやって目で訴えかけた俺の気持ちが届いたのか、メイはくすくす笑いながら指でOKマークを作る。


『でも、メイちゃんってやっぱりすごいよねっ。学校でもみんなからすごく人気があるのに、あんなに素敵な年上のボーイフレンドさんがいたなんて、び、びっくりっ。湊お兄さん、素敵な人だったよね』

『そうですね。まるで二人とも長い時を共に過ごしていたような親密感があり……朝比奈さんが湊お兄様をとても信頼されていたこと、そして湊お兄様の誠実さがよく伝わりました。それでもお付き合いは……まだ、されていないようでしたが……』

『でもでもっ、ぜ、絶対そう、だよねっ? だって、あんなに仲良しそうだったもんっ。カレシさんなんて、すごいなぁ。もしかしたら……も、もう、キスとか、し、しちゃったの、かなっ』

『そう、ですね。一般的な恋人同士でしたら、当然そのようなことは……』


 二人のそんな会話で、思わずぴくっと反応してしまう俺。

 それはメイにもバレていただろう。メイはこっちを見上げながら俺の胸に手を当てている。


「おにーさーん? 心臓、すっごいバクバクしてるよー?」


 俺にだけ聞こえるようにささやいてくるメイ。く、悪いか仕方ないだろ!


『──うん、お値段もちょうどいいし、思いきってこれに決めちゃおっ。フミちゃんは?』

『はい、私も初志貫徹。こちらに決めたところです。では、一緒に買いに行きましょうか』

『うんっ!』


 そう言って二人は着替え直し、試着室を出て行く。

 二人の声が聞こえなくなったところで──ようやく俺は「はぁ」と息をついた。知らないうちに呼吸まで止めていたのかもしれない。


「アハハっ。おにーさんめっちゃ身体熱くなってきてるよー。どれだけ緊張してたのー?」

「し、仕方ないだろ。あんな話聞いたあとじゃあ、なおさらここにいたことバレるわけにはいかないしさ」

「ふふ、そだね。あたしも最初は声掛けるつもりだったんだけど、サプライズーなんて聞いちゃったらそれもできなくてさー。二人がどんなの選んだか楽しみだし、あたしも水着サプライズしちゃおっと♪」


 そう言って楽しげに笑うメイ。ともかくこれで危機は去った。


「じゃ、俺たちもそろそろ行こうぜ。さすがに長いこと試着室占拠しすぎて他のお客さんにも迷惑──」

「あっちょと待ってっ!」


 離れようとしたとき、ギュッと俺に抱きついてくるメイ。胸を押しつけられるような体勢に全身の神経がぴりっとした。


「な、な、なんだよメイ!? もうからかうのやめて──」

「ちがくって! 水着! とれてるの!」

「え?」

「最初におにーさんがギュッとしてきたとき、紐がほどけちゃったの! い、今急に離れたら、見えちゃう、から」


 珍しく慌てた様子で、ぼそぼそとつぶやくメイ。耳が赤くなっているのが見えた。

 見れば確かに水着の肩紐がほどけてしまっており、お互い前でくっついているからギリギリ保っているという状況だ。


「お、おにーさんっ。悪いけど、紐、結んでくれる?」

「え? あ、ああわかったっ」


 メイの背中に手を伸ばし、ほどけた紐を手にとって結び直していく。

 その最中に、メイがつぶやいた。


「おにーさんまたドキドキしてるんだけど。それに手ぇ震えてない?」

「へ、下手で悪いな」

「うぅんありがと。ね、おにーさん」

「なんだよ」

「……ホントにしちゃう? キス」


 聞こえた声に下を見ると──メイが上目遣いにこちらを見つめながら微笑み。


 そして、静かに目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る