第10話 JKと始める夏休み
合い鍵を渡した後も、メイは毎日のように放課後になるとうちに寄って晩メシを作り、あれこれだべり、アイスを食べ、時にはシャワーを浴びたり好きなドラマを見たりと、もはや我が家のようにくつろいで帰っていく。
そんな日々が俺にとってもメイにとっても当たり前のようになって、気付けばメイと出会ってから二週間ほどが経っていた。
――7月下旬。
ある夏の月曜日。一日家を空けて暗くなった頃に帰ってくると――
「夜でもあっちぃなぁ……ん?」
俺の部屋。朝出るときには間違いなく鍵を掛けたはずの部屋から光が漏れている。それに、開いた小窓からなにやら美味そうな匂いが漂ってきていた。
ドアノブを掴むと、やはり鍵は掛かっていない。
ゆっくり扉を開いてみれば――
「――あ、おにーさんおかえり~♪」
すぐそこのキッチンで料理をしていたエプロン姿のメイが、笑顔で俺を出迎えてくれた。ジューと肉が焼ける音に一瞬で腹が反応する。
「メイ、来てたのかよ。何も連絡来てなかったよな?」
「んふふー。せっかく合い鍵もらったしサプライズー的な? おにーさんがバイト帰りにお腹空かせてるかと思って。それとも何か食べてきちゃった?」
「いや何も。んでめちゃ腹減ってます」
「アハハハ素直! もうすぐ出来るから待ってて~……あーっ!!」
「うおなんだよっ」
靴を脱いでたらメイがいきなり大声を上げるもんだからビビる俺。
するとメイはなんだかがっかりしたようにため息をついてから、両腕をキュッと胸元に寄せて可愛らしく首を傾けながら上目遣いのポーズをとると――
「ごはんにする? お風呂にする? それとも……あ・た・し?」
キランと効果音がついたりエフェクトで星かハートマークでも飛びそうなウィンクをしてきやがった。
「……は?」
俺が遅れて反応すると、メイはすぐにまたがっかりモードな表情に戻る。
「っていうヤツあるじゃん? 今日おにーさんにそれやってさぁ、顔真っ赤にしてるとこ見たかったのに忘れてたーって思ってー。ほらもーやっぱ遅かったじゃーん! あーあフツーに出迎えちゃったよー」
ため息をつくメイに、一拍を置いてツッコむ俺。
「いやアホか! 普通でいいって! てかどこからそんな情報得てんの古くね!?」
「ママが男の人はそういうの好きだって言うからさー。パパはそれで一発で落ちちゃったらしいし、じゃあおにーさんも? みたいな?」
「母親直伝のスーパー身近な情報だった! てかメイの母親清楚っぽかったのにそういうタイプなん!? そもそも俺に試そうとすな!」
「まーでも本気でやるとあたしもハズいし? てかおにーさんちお風呂ないし? それであたしを選ばれても困っちゃうし? っておにーさんドーテーだからそれはないか~!」
「うるせぇ! さっさとメシ作ってください!」
「アハハハ丁寧な亭主関白とか笑うんだけど!」
結局そんな感じでいつもの空気感になる俺たちであった。
そしてその晩。メイの手作りチーズインハンバーグを食べているときの会話で俺はその事実を思い出した
「――あーそうか。だからメイ、今日は制服じゃなかったんだな」
「そそ」と肯定の返事をするメイ。
――〝夏休み〟である。
それは学生にとってもっともはっちゃけられる時期だ。まぁ三年にもなるとそうはいかないだろうが、メイのような高一にとっては最高の
メイは金髪を軽く払い、肩を出した涼しげなフリルのトップスを掴んで見下ろしながら言う。
「んー、それともやっぱ制服の方がよかった? おにーさんてそういうフェチ? しょーがないなぁ。だったらたまに着てきてあげるから元気だしなってば」
「別に落ち込んでねぇけど!? 勝手に制服フェチにすんなや!」
「アハハ冗談だってばー! でも夏休み中も学校いくことあるし、そのときは制服で来たげるからお楽しみにー♪」
キャピキャピはしゃぐメイの方が一段と楽しそうに見えるのは、やはり夏休み初期特有のハイテンションというところだろうか。
彼女は「ぷはー」と麦茶を一杯飲み干してから言う。
「それでねおにーさんっ、夏休みだし、来れるときは朝から来ちゃってもいい?」
「いや朝からうちきてどうすんだよ」
「涼しいうちに宿題を教えてもらおうと思いまして候!」
凜々しい顔を作って仰々しい語尾をつけるメイ。侍JKかお前は。
「そういうことかい。まぁいいけどな。メイにはいつもメシ作ってもらってるし候」
「ホントー!? やったありがとおにーさんっ! 朝と昼もごはん用意したげるから、ギブアンドテイクってことで、ね♪」
「ギブとテイクが釣り合ってない気がするが、メイがいいなら俺は構わんぞ。てかメイもいろいろ忙しいんじゃねぇの? 塾行ったりとか友達と遊び行ったりとか、家族で出掛けたりしないのかよ」
「そういう予定ももちろんあるよー。勉学に青春、JKはいつだって忙しいの! なのにそんないそがしー中でもおにーさんのとこに通いつめる優しくてカワイイ愛嬌満点なメイちゃんを崇め奉るよーに!」
「感謝奉り候」
「アハハハ! おにーさんやっぱ意外とノリいーよね!」
ケラケラと笑うメイ。こいつのことだから友達も多いだろうし、きっと良い夏休みを過ごせるだろうな。ひょっとしたら、気になる男子と遊びにいったりなんてするのかもしれない。
「なぁメイ。勉学も大事だけど青春を優先していいからな」
「へ? なにそれどゆこと?」
「高一の夏休みを楽しめってこった。あとこっちきてもいいけど、最近は単発のバイトとか仕事の面接とかあっから、来るときはサプライズじゃなくて事前に連絡してくれ」
「りょ! あ、確かゲーム会社の書類選考通ったんでしょ? やったじゃんおにーさん!」
「おお。ま、まぁな。さすがにここからは厳しいだろうが、やるだけやってみるわ。どうせ失うものなんてねぇしな!」
「そうそうその調子! 開き直っていったれ~! ――んふふっ」
「な、なんだよ?」
「んーん。よかったね、おにーさん。すごいすごい♪」
テーブルの向こうから身を乗り出してきたメイは、その手で俺の頭をよしよしと撫でた。
なんだか普段からかわれているときとは別の恥ずかしさがあったが、メイが嬉しそうなので邪険にすることもしない。元々面倒見の良いヤツだろうから、こういうことも普通に出来てしまうんだろう。だからって年上の男にするかとは思うが。
妙に気恥ずかしくなった俺はさっさと話を変える。
「あー、そういやメイ、一発で落ちた親父さんは大丈夫なのか?」
「んー? パパならいつもどーりウザいメッセージすっごい送ってくるけど、とりまおにーさんとこ来るのはヘーキみたい。夏休みだし、ママが説得してくれてるからかな。ま、でもいずれおにーさんのことチェックするから覚悟してろみたいなこと言ってたけどね」
「マジかよ。そのときはさすがにニセ彼氏だってバレるぞ」
「そのときはそのときじゃん?」
「ずいぶん楽観的だなぁ」
「それが若者の特権~! それより面接来週でしょ? んじゃ、今週中にお掃除しちゃおーね?」
「マジスカ」
「マジマジ。面接前にお部屋スッキリ心もスッキリ、的な! そっちのほーが絶対イイ面接出来るって!」
「言わんとすることはわからんでもない。しゃーねーな。んじゃやるかぁ」
そうしてとうとう重い腰を上げた俺に、メイは「えらいえらい!」とまた頭を撫でてくる。
ちょうどいいタイミングだし、さすがに真夏に汗だくで勉強させられねぇしな……余裕あるうちに新しいエアコン買っとくかぁ。
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