Joint of velvet
スミハリ
第1話 歌川桔花の目線Part1
「とりあえず、こんなものでしょうか!」
高校に入って初の始業式の放課後、私は寮の自室の姿見の前に立ち、意気込んでいた。鏡には学校指定のブレザーを着た私が映っている。
念のため身だしなみをもう一度チェックした。
黒い良質の生地を使ったブレザー。一年生である事を示す赤いネクタイ。といっても私の見た目では一年生以外には見えないだろう。上着と同色のスカートに校章の刺繍のついた白いソックス。
私は寮の部屋を出て、廊下を歩く。
途中で何人かの生徒達とすれ違い、会釈しながらもようやく寮の外に辿り着いた。目的地に向かう前に鞄を置きに来ただけだったのだが、予想以上に時間がかかってしまった。腕時計を確認すると時刻は十五時四十五分。
それでも身だしなみをチェックせずにいられないのは、私の性格によるものだ。
スカートのポケットに入れた学院の敷地内の見取り図を確認する。
日光で白く映えた寮の庭を抜ける。私は足早に歩き出した。
目的地である第二部室棟は敷地内の外れにあった。中央にコの字型の校舎があり、東に学生寮がある。俯瞰で見て北西の方角にちょっとした森がある。
このD市は山に囲まれた街だ。
部室は南方の正門からもだいぶ離れている。
————もう少しでしょうか。
舗装されてない道を歩き、木陰の中を抜けていく。葉の擦れる音が耳に届いた。地図によると、この中にあるらしい。木立を抜けるとやがて少し開けたところに出た。
そこには一際を大きな木が立っており、次にそれを見上げる背中が見えた。私と同じ黒のブレザーにスカート。スカートのポケットからは半分文庫本がはみ出している。少し離れた所にレンガ造りの建物があるのを視界の隅に捉えた。私は近くの木陰に飛び込んだ。
————あの子、どこかで…
その後ろ姿の少女は、特徴的なグレーの髪色をしていた。
その時、急に少女が体の向きを変え、木に寄りかかった。そして
「かくれんぼかい?」
少女が口を開いた。
「入学早々遊びの誘いとはありがたいね。なかなか積極的と見える」
「いえ、そういうわけじゃないんですけど…」
私は木陰から進み出て少女に歩み寄った。
くっきりとした目鼻立ちの子だ。近くで見ると、ただでさえ小柄な私に輪をかけて小さかった。緑の瞳が私を見つめる。
「違うのかい。まあブームかと言われると疑問だね」
精緻な顔立ちがくしゃり、と崩れ、口角を吊り上げて笑みの表情を作る。にやにや、と不敵さを感じさせる笑みだ。不思議と小馬鹿にされている気はしなかった。
私はぺこり、と頭を下げて挨拶する。
「私、
「あの難しい字か」
少女は宙に漢字をスラスラ書いてみせる。
「そうなんです。「か」は花です」
「なるほどなるほど。私は
「名は体を表す、ですね」
「そうだとも。苗字は
縁起の良さそうな漢字だ、と私は思った。
「始業式の時、お見かけしました」
「いたね。君も。講堂にも教室にも」
「はい。あの……この木に何か……」
「いや、登るべきか登らないべきか考えていただけさ。大した用事じゃないよ」
「いったい、どうして木登りなんか急に始めたんです?」
「やってみたかったのさ。実家の庭に似たような木がいくつかあるんだけど、誰も登らせてくれなくてね」
そう言うと首を横に振る。
「もしかして」
親指で先程見えた建物を指しながら
「演劇部に用かな?」
「はい。もしかして雛見さんも?」
入部希望ですか、と尋ねると彼女ははにかんで、お仲間だね、と返してきた。
私達は連れ立って歩き出した。
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