胴切り

 あたしの親父は、どうしようもないクズだ。


 ……いや、正確に言えば、どうしようもないクズに


 母が死んでから、狂ったように女の尻を追いかけ、母が遺してくれた保険金も、殆んどその女に注ぎ込んで、既に底を尽きかけている。


 クズ親父は、あたしがバイトで稼いだお金にまで手を付けやがった。


 ……この世界で、たった二人っきりの家族だと思って、仏心ほとけごころを出したあたしがバカだったよ。


 いらつきながら、ふと窓に目をやると『月の王子』という、母が可愛がっていた観葉植物が目に入った。


 あたしは草木に全く興味が無いので放っておいたのだが、気が付くとニョキニョキと伸び、デカくなり過ぎて気持ち悪い程になっていた。


 おまけに、根元から数本、子供みたいな小さな月の王子が生え始めているが、ひょろっとして色白で、実に頼りない。


 近くの花屋さんに聴いたら、このままでは、親株が栄養を殆んど吸い取ってしまうので子株が成長出来ないそうだ。


 大きくなりすぎた部分は『胴切り』と言って、バッサリ切り落とし、先の部分だけを土に植えると、そこから根が生えて育つし、子株もすくすくと成長すると言う。


 そして、切り取った部分の葉を植えると、その葉からも、更に増やす事が出来る……と教えてくれた。


 試しにやってみたら花屋さんの言う通り、親株も子株も、それぞれが立派に育ってくれた。


 ……こんな感じで、母の形見の見栄みばえが良くなったので安心したわけだが、これをヒントに、ある考えに行き着いた。


 親父の為にも、あたしの為にも、別れて生活した方が良いんじゃないか? ……この月の王子のように……。



 ある日、あたしは親父に黙って家を出た。


 ……全く未練が無い……と言えば嘘になる。 しかし、これを期に、父も心を入れ替え、以前のような、優しくて頼り甲斐のある大好きだったに戻って欲しかったんだ……。


 ……だけど……。


 数ヶ月後……父は帰らぬ人になった。


 警察で対面したが、痩せ衰え、見る影も無く……父とは思えなかった。


 悲しさも無いまま、お弔いをした。


 ……お通夜……父が追い回していた女が現れた。


 そいつは、眼を真赤に腫らして、あたしにしがみ付くようにして泣いた。


 それを振りほどき……


「お帰り下さい」


 と、顔も見ずに言ったが、その女は帰らない。


 ……少し気の毒になって話を聴くと……


 その女性は、あたしと腹違いの姉だった。


 ……父は、いつか母と喫茶店を開くのが夢だったそうだ。


 その母が死に、娘である私の姉と相談して母の夢だった店を計画していたのだが、姉は、姉の母と離婚して、あたしの母と再婚した父を内心恨んでいて、喫茶店の話をエサに父を騙して、お金を巻き上げていたと言う。


 父は、私が家出した後でそれを知り、絶望して酒浸さけびたりになり、体調を崩して……死んでしまった。


 ……父を騙した姉を憎む気持ちも無くはないが、月の王子の親株をバッサリと切ったように父を切ったあたしが、姉を恨む筋合いは無い。


 気が付くと、あたしは姉と抱き合って大声で泣いていた。



 ……数年経った今……


 あたしと姉は、協力して、両親の夢だった喫茶店を経営している。


 店の名は『月の王子セダム


 母が大事に育て、私が植え替え、父が最後まで、たくさんのポッドに分株して育ててくれた月の王子が可愛いと評判の、小さいけれど素敵なお店だ。

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