第13話 課題と期待

 背後にいた原田は俺の隣にピタリと来るがまだ練習中の格好をしている。


「いいのか? お前、練習中じゃないのか?」

「ふふふ、いいのよ。ほら、あっちを見てよ」


 微笑みながら原田が指す方向を見ると先輩達側には女子バスケ部の先輩達の姿が見える。しっかりと先輩達のチームを応援していた。


「……なるほど、先輩達が頑張る訳だ」


 遠目に見ていると楽しそうに会話をしている。俺達一年生が入部して部員が増えたので、試合形式で練習が出来る。やはり部活は楽しくないといけない……改めてそう思った。


「蒼生も一年以上ブランクがあってこれだけやれたら十分じゃないの? さすがは蒼生だよ!」

「そうかな、まぁ、でもお前が言うだったらそうかもな……」

「ふふふ、そうよ、もっと自信持っていいのよ」


 優しい笑顔で原田が励ましてくれるので、俺はちょっとだけ納得して気を休める事が出来た。中学一年の時に同じクラスになって、同じバスケ部だった事でいろいろと話すことになり面倒見のいい原田だった。

 今日話掛けてきたのは気になっているのかもしれない。あまり心配かけてはいけないと、聞かれる前に答えることにした。


「……今回は上手くやっていけそうだよ」

「うん、大丈夫そうだね。それに可愛くてしっかりしてそうなマネジャーさんもいるしね、ふふふーー」


 ちょっとおちゃらけた感じだったが、原田は安心したような表情だった。でもひとつだけ気になって仕方がなかった。


「なぁ……お前、マネージャーのこと、分からないか?」

「はい!? えっ、分からないわよ。同じ中学じゃないわよね……」


 不思議そうな表情をして原田が俺の顔を窺いながら結奈の顔を眺めている。本当に誰か分からないみたいで首を傾げて考え込み始めた。結奈は話を聞いていなかったみたいで、突然二人から視線を浴びて困った表情に変わる。


「マジか〜? 俺と同じクラスだった委員長だよ……」

「えっ、え、え、えぇ!? ウソでしょーー!」


 俺の言葉に目を丸くして悲鳴に近い声を原田が出す。試合中のメンバーもびっくりしてこちらを見てしまった。


「お、お前、そんなデカい声を出すなよ!」

「あっ、ご、ごめんなさい。つ、つい、こ、声が出てしまって、でも……」


 原田はかなり焦った顔に変わり頭を下げるが、どうしても気になるみたいで結奈を目で追っている。元々仲が良かった訳ではないので驚くのは仕方ないかもしれない。

 結奈の顔を窺っていた原田は何かを思い出したみたいだ。


「……そうだね。受験勉強が本格化してからよく二人で勉強していたわね」

「ははは、俺がこの学校に入れたのは結奈さんのおかげだからなーー」

「あぁ〜、なるほどね〜」


 俺の返事に原田は何故か笑みを浮かべて妙な反応を見せた。チラッと結奈の表情を見るとこちらはハラハラしたような顔をして慌てている感じだ。バレたのがまずかったのだろうか、でも秘密という訳ではなかったし……


「どうした?」


 俺が結奈に話しかけると、ニヤニヤとした顔で原田が割り込むように口を開いた。


「ふふっ、大変だね東條さん。蒼生はバスケ以外は本当にダメな奴だからねーー」

「……は、はい」


 原田の勢いに押されたのか結奈が小さく返事をすると、原田は上機嫌な顔で笑っている。

 俺は二人のやりとりを眺めるだけで口を挟むのはやめておいた。なんとなく俺の悪口を言われているような気がする。

 試合に目を移すとリードしていた得点が追い付かれている。


「先輩達の応援が効いているのかしら?」


 同じように試合を見始めた原田がポツリと呟いた。でも展開は一方的になったのではないみたいだ。体力が落ちてきたのとやはり連携というところが理由のようで、まだ集まったばかりのチームなのでどうしようもない。第三クォーターが終わると余裕のあった得点差が思いっきり縮んでいた。


「ふぅ……やっぱり厳しいなぁ、宅見のありがたさがよく分かったよ」


 インターバルで戻ってきた山西が俺の側に来て疲れきった表情で大きく息を吐いた。


「でも試合の始め頃よりは良くなっただろう?」


 外から見る限りはパスや連携プレーも始めよりはかなりマシになっていたが、お互い自分自身で精一杯なので余裕はなかったみたいだ。


「まぁ、良くはなってきたが誰も宅見みたいに手助けしてくれないからなかなか上手く回らない……」


 疲れた顔をした山西が俯き気味で肩を落としていて、手がないような雰囲気だ。十分足らずだがだいぶ体力は回復してきた。


「……分かった、最後は頭から出よう」


 本当は最後の五分を目安に出場しようと思っていた。残り五分なら今の体力でも全力で試合に出られるはずだ。でもそう言える状況ではないみたいだ。


「よかった……これで勝てるチャンスが出てきたぞ」


 疲れた顔の山西が嬉しそうな表情をして、最後の気力を出し切るような感じになってきた。やはりみんな負けず嫌いなのだろう。

 俺がもう一度試合に出場する準備を始めると気が付いた永尾がやってきた。


「体力は大丈夫か? でももう最後だから心配ないか」

「まぁ、なんとかなるだろう」

「それなら……宅見が好きなように動いてみればいいじゃないか?」

「えっ?」

「宅見がみんなのフォローしようにもスタミナ切れに近い状況だ。それなら、宅見の個人の力で攻めた方が有利じゃないか?」


 永尾の言葉に山西達も頷いている。正直どれだけ出来るか分からないが、みんなの意思ならやるしかない……


「分かったよ……」


 俺が小さく頷くと永尾達は笑顔になった。みんなが口々に『頼んだぞ』と声をかけてコートの中に戻っていく。

 時間がないので俺もコートの中に急ごうとしていると、そんな光景をずっと見ていた原田と結奈は『頑張れ!』と口を揃えて笑顔で見送っていた。特に結奈は凄く期待したような目をしている。


(やれやれ、みんな期待し過ぎだよ……)


 前半で多少体が慣れてきたが、あまり期待が大き過ぎる。でもがっかりはさせたくはないので、頑張ってやってみよう。もうすぐ試合が再開されようとしていた。

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