天空の城

SpaceyGoblin

プロローグ

 この日の空は、いつもより青かった。


 雲ひとつない大空で、心臓が疼く。


 その迫力といったら、私の幼心に羽を生やしてしまう程。 


「お母さん。なんで私は、空を飛べないのかな」

 幼い私は、真っ直ぐ空を見つめながら三つ編みを揺らした。


 そんな私の問いに、母の瞼は緩み、優しく口を開いたのだ。


「なんでだろうね。お母さんも分からない」

「でも、空を飛べない代わりに…見て」

 母は、そう言うと地面を指した。


 母が指差す先を見たが、そこにあるのは、ただの水溜り。


「なにもないよ」

 私は、母に向き直ると首を傾げた。


「あるよ。よく見て」

 母は目尻を下げながら言う。


 再び私が、地面に目をやると、太陽の光が水溜りに反射していた。

 その光は、なんとも幻想的に輝き、私の瞳すらも潤してしまう。


「本当だ。お空がいっぱい」

 所々、凹んだアスファルトには、小さな空が沢山落ちていたのだ。


「ね、見えたでしょ」

「あなたはもう、空の上にいるのかもね」

 しっとりと伸びた髪を揺らす母は笑顔だった。


 私は、母の笑った顔が大好きだった。


 暫くの間、地面に散らばる空を見ながら歩いていると、水溜りの中に、妙に光る石を見つけた。

 私は、赤いワンピースのスカートを捲し上げ、水溜りの前にしゃがんだ。

 そして、躊躇無く水底にある光に手を伸ばす。


 小さな掌で、水底の光を包み込んだ私は、溢れないように慎重に、母に見せる事にしたのだ。


「お母さん見て、きらきらした石を拾ったよ」


「どれ。見せてごらん」

 この時の母の顔は、暖かい太陽の光が反射し、ぼんやりとしていた。


「とても綺麗ね。大切にしなさい」

 私の頭に手をおいた母は、優しい声と柔らかい表情でそう言った。


「うん。大切にする」

 まだ幼かった私は、綺麗で透明な石を、空に透かして、はしゃいでいた。


 快晴の空の下を、踊るような足取りで歩いていると、空になにかが浮いている事に気付いたのだ。


 動いている様子がなかったため、月か、飛行機だと考えていたのだが、どうやら別のなにかのよう。


 ここから全てが始まったのだ。


 『始まった』というのが相応しいのか分からない。

 もしかしたら、ここで巻き戻されてしまったのかもしれなかった。


「お母さん、空にお城があるよ」

 空に浮いていたのは、月でもなく、飛行機でもなく、城だったのだ。


 下からだと茶色い岩肌が見え、外壁は白。

 まるで、地面から城だけ引っこ抜かれた様で、その外壁は今にも崩れそうだった。


「え…なんで…」

 母の顔は青褪め、絶望の表情で空を見上げていた。


「お母さん、どうしたの。お母さん」

 私は、放心状態の母に必死に声を掛けた。


「お母さん、お母さん」

 するとその瞬間、眩い光が指したのだ。


 私と母を包み込むように広がるその光は、辺り一帯を照らした。


 肌が焼け、脳が揺れるような感覚がした私は、その場に蹲ると気を失ってしまったのだ。


 どのくらい意識がなかったのかは分からない。


 あまりの眩しさと頭痛のせいで、起き上がるのにも時間が掛かってしまったのだ。


 なんとか立ち上がり、母を探したが、目覚めた頃には、母が姿を消していた…

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