第3話 ああ、今回も邪魔をする無理ゲーみたいな感覚

「美味しいご飯はどこかしら~」


 お腹を空かせたどら猫な乙里姫おりひめは晴れ渡った林を歩きながらも、ある水の流れを耳にした。


「この音は川ね」


 乙里姫が水の音を頼りに歩み始める。 

 まるで向こうから舞踏会に招待されたお嬢様のように……。


 私、これでもお嬢様なんだけどね……。


****


「ここは例の場所の?」


 迷いの林から出てきた乙里姫は何とか川へと辿り着いた。

 いつもはお祖父ちゃんの車で通りかかるだけの大きな川。


 ここは比子星ひこぼしとの遠距離恋愛を余儀なくされた天の川でもあった。


 どんなに行方が知れなくても、七夕という行事が終わり、彼が帰る時に必ず逢える最終的な通過点でもある。


(私、ついに自分の足でここに来れたんだ!)


 乙里姫は最初からここで待ち伏せをする魂胆こんたんだった。


 今までお祖父ちゃんがいる中、一人でやってのけた感がする。

 私だってやればできる子なんだ。


「それで緋星あけぼしは何をやっているわけ?」

「見て分からないの、乙里姫ちゃん? ワタクシ直伝の川アワビ釣りよ」


 乙里姫は地球でバイト仲間だった緋星が釣り糸を垂らして、その川で釣りをしているのを見かける。


「はあ……普通アワビは岩に引っ付いているから素潜りで採るものでしょ? それに何よ、この簡素な竹の釣り竿は?」

「ああ、実はワタクシの三叉槍さんさそうは食事中に川に誤って落としちゃって。面目めんぼくないわ……」

「はあ……。緋星、本当抜けてるわよね。給料が良いからってこの星の監視員始めてもそんな感じよね。そんなんで大丈夫なの?」


 過去に比子星とここで釣りデートをした覚えがある乙里姫。


 場所が天の川だけに帰るギリギリまで一緒に居られるという理由で経験したことがあるけど、あれは最悪だった……。 


(魚に気づかれるからって、お互いに会話はないし、何時間待っても私の方には一向に魚がかかって来ないし……)


(釣り糸が張って、魚が釣れたと思いきや根掛かりやゴミくずだったり……)


 おまけに『この釣り竿、何万もするいい竿なんだ』と私よりも竿をべた褒めして、頭にきた私は『待つのが楽しいんだよ』と、にこやかに笑う比子星が釣りをしている所に大粒の石を投げ込んだわね。


 あの時の焦った比子星の顔ったら……今思い出しても笑えてくるわ。

 

「──お姉ちゃーん!」


 乙里姫たちがいる川岸の向こう側から誰かの声がする。


「ここに流されてきたの、お姉ちゃんたちのー!」


 声の主はまだ小学生の男の子だった。


 学校の帰りなのか、体操着姿な男の子は川の片側に生えた木の根っこに引っ掛かっていた長い棒を指さしていた。


 あれは緋星の三叉槍に間違いない。


「ボウヤ、分かっているならそのまま放っておいて。ワタクシが取りに行くから!」

「ええ? 何? よく聞こえないよ!」


 緋星が振り絞った叫び声が男の子に聞こえないのも無理はない。


 雨は上がっても降り続いた大雨のせいで川が氾濫はんらんして増水してるんだ。


 おまけに男の子との距離も川を挟んでいて離れすぎている。


「ねえ、あれを拾ったらボク、ヒーローになって人気者になれるよね!」

「ボウヤ、無茶は止めなさい!」

「ん? ボクは泳ぐの得意だから平気だよ。あの棒、取ってきてあげる!」

「ボウヤー‼」


 男の子が川に飛び込んだ瞬間、乙里姫の体が緋星よりも早く反応していた。


「待って、乙里姫ちゃん泳げないでしょ!」


 緋星の声が後ろから届く。


 ああ、そうだった。

 人のこと言えた義理じゃないわ。

 私の方がドジ踏んでどうするのよ……。


 数メートル先には男の子が溺れているけど、手が届かない仕舞い……。


 乙里姫は暗い川の底に飲み込まれ、そのまま意識が閉ざされていった……。


****  


「おい、しっかりしろ!」


 比子星は溺れていた二人を助け出し、砂浜に寝かせた乙里姫と男の子に声をかける。


「がぶっ!? ゴホゴホ!」


 男の子が水を吐いて咳き込む。

 どうやら男の子は意識が回復したようだ。


「ぼっ、ボクは生きて……?」

「あのなあ、いくら泳ぎが得意でも服を着たままの着水は危険なんだよ。生地が水を吸って何倍もの重みになるからな」

「ごめんなさい……」


 アニメやドラマみたいなスイスイと進む感覚じゃないんだ。

 きちんと訓練を受けた自衛隊とかなら別だが、素人がこの着水をやるととんでもないことになる。


 現に川などに助けに行った人がこれが原因で溺れてしまうケースもまれではないのだ。

 泳げるからと川をなめたらいけない。


「比子星、救急車なら呼んだわよ。乙里姫ちゃんは!?」

「恩にきるよ。でも到着まで最低でも10分はかかる。それまで意識がない乙里姫に応急処置をして何とかするしかないな」


 さっきから乙里姫の胸の動きがない。

 呼吸停止して10分も過ぎるとそれこそ助かる見込みは薄い。


「ワタクシが胸骨マッサージをするから、比子星は気道を確保して人工呼吸を!」

「ああ、でも……」

「この非常時に何を躊躇ためらっているのよ。恋人通しなんだから、それくらいどうってことはないでしょ?」

「あのなあ、周りの目があるんだぜ。そう簡単に……」


「はよ、やりなさい」

「むぐ……」


 緋星が強引に比子星の頭を下げ、乙里姫の顔へとぶつける。

 触れ合う唇同士の柔らかい感触に比子星の理性のトリガーが外れた。


「そうよ、ワタクシのマッサージに合わせて。いくわよ!」

「ああ、了解」


 比子星は人工呼吸を施しながら、緋星と乙里姫の蘇生を試みる。


「乙里姫ー! まだ出会って三年目なんだ。こんな所でくたばるなよ!」

「ゴホゴホ!」


 比子星の呼びかけに反応したのか、乙里姫が激しく咳をした。

 良かった、乙里姫も助かったようだ……。


「二人してとんだ無茶をしやがって……」

「まあ、ワタクシが三叉槍を落としたのがきっかけだけどね」

「お前のせいかよ!」


 道理で協力的だなと思っていたらそんな裏話があったのかよ。


 比子星は寝転んだ体勢でこっちを熱い目で見つめてくる乙里姫を見て、大きく息を吐くしかなかった。


 何か、今年の七夕って無理ゲー多くないか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る