魔女の一撃

綾束 乙@6/17期待外れ聖女発売!

1 ぼくのクラスには魔女がいる


「漢字ドリル、集めて持ってきました~」


「まあ、ありがとう。河里かわさとくん、九段くだんさん」


 昼休み、日直のペアである九段くだん星香せいかと二人で宿題だった漢字ドリルを職員室へ持ってきたぼく達に、六年一組の担任代理の長井先生が柔らかな笑顔を浮かべた。


「昼休みなのに、ごめんなさいね。うっかり忘れてしまっていて……」


 今年、教師になったばかりの長井先生が恥ずかしそうに謝る。


「いえ……」


 かぶりを振ったぼくとは対照的に、星香せいかは腰に手を当ててぷくっと頬をふくらませる。


「も~っ、春ちゃん先生ったらしっかりしてよ~! そりゃ、急に綿木わたき先生が休んで、担任代理をしなきゃいけないのは大変だろうけどさぁ~」


 綿木先生は、六年一組のぼく達の担任だ。


 保護者からは「若いし、ふにゃふにゃしてて頼りなさそうだし、大丈夫かしら、あの先生……」なんて陰で言われてたりするけど、いつも笑顔で優しくて、ぼく達を包み込んでくれるようないい先生だっていうのは、クラスのみんながわかっている。


 その綿木先生が、今週の月曜日から三日間、休んでいる。


 いったい何が起こったんだろうって、クラスのみんなが心配してるんだけど……。


「そうね、綿木先生に心配をかけないためにも、しっかりしないとね」


 ぐ、と長井先生が拳を握りしめたところで、じりりりりん、と電話が鳴った。


「本当にありがとうね」

 早口で言った長井先生が受話器を取る。


 ぺこりと頭を下げ、ぼくと星香が職員室を出ようとしたところで。


「綿木先生のお休みの原因って……」


 ふっと耳に入ってきた言葉に、ぼくと星香は足を止めて思わず顔を見合わせた。


「魔女の一撃デショウ? お気の毒ニ……」


 独特のイントネーションは英語担当のジャネット先生の声だ。


「あっ!」

 ジャネット先生の声を聞いた途端、星香がはじかれたように走り出す。


「おいっ! 星香っ!?」

 ぼくはあわてて星香を追いかける。


 廊下は走っちゃダメだろ! ぼくだって走ってるけど。っていうか、速いな!?


 星香はどんどん距離をあけていく。

 くそーっ、ここがプールだったら、星香に負けたりなんかしないのに。


 間に合え! と必死で追いかけたけど、ダメだった。


 息を荒げたぼくが教室の扉に手をかけた時には。


「ねーねー! 聞いて~っ! 綿木先生が休んでる理由は『魔女の一撃』のせいなんだって!」


 先に教室に駆け込んでいた星香が、教卓の前で大声を張り上げていた。


 ああ~っ! 歩く校内スピーカーとも呼ばれてる星香が黙っていられるとは思ってなかったけど……。これはマズイ。


 昼休みとはいえ、教室の中には外遊びに行かずに残っていたクラスメイトも何人かいた。


 その全員が、星香の声にいっせいにひとりの女の子を――二か月前に転校してきたハーフの転校生・植市うえいちエリィを振り返る。


 真っ黒な長い髪に、いつも真っ黒な服。


 確かに、魔女と言われたら、このクラスにはエリィしかいない。


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