「起きなさい」

誰かの声がする。誰？お母さんの声じゃない。お父さん？いや、違う。こんな冷たい声じゃない。

「起きなさいったら」

重い瞼をゆっくりとあける。目の前に真っ黒なドレスを着た女の人が立っている。紫の瞳が僕を見ていた。

「だ……れ？」

「私？私は今からあなたに選択肢を与える者よ」

体を起こして、立ち上がる。頭がズキズキとして痛い。フラフラする。目を擦り、周りを見る。女性以外に真っ白なワンピースを着た女の子もいる。女の子は何も言わずに黄色の瞳を僕に向けていた。

僕はここが何処か分からず、情報を整理するのに必死だった。まだ、上手く働かない脳を使い、ここがどこなのか考える。

「ここは、地獄ですか？それとも、天国ですか？僕は、死んだんですか？」

弱々しい、今にも消えそうな声で聞く。女の人は無言になったが、ゆっくりと口を開いた。

「ここは地獄でも天国でもない。生と死の境目だ。お前はまだ死んでいない。これからのお前の行動でどちらに行くかが決まる」

「生と死の境目……？それじゃあ僕はまだ死ねてないんですか？」

「ああ、今から私が選択肢を二つ言う。そのどちらかを選べ。一つはこのまま死ぬ。もう一つはまた新しい人生を送る。さあどちらか選べ」

選ぶのに時間は必要なかった。

「このまま……死にたいです」

もうあんな世界にいたくない。苦しいだけだ。いつも僕のそばにいてくれた家族がいないなら、生きている必要は無い。

「……何故だ」

「僕は、大切な家族を、守ると誓ったのに、守れなかった……。僕の生きがいはあの、いつも僕に優しくしてくれた家族だ。それなのに、この世界にいないのなら、僕は死んだ方がマシだ。罰でもなんでもうける。約束を…守れなかったのだから。僕が生きる意味なんてない。地獄でもどこへでも送ってくれ」

もう嫌なんだ。こんなの終わりにしたい。今の自分には、生きたい、という気持ちは消えていた。

すると女の人はこう言った。

「……そうか。だったら私が罰を与えよう。お前はまた新しい人生を歩め」

「え？」

「お前の一番の弱点は家族だ。お前は家族に会いたくて死のうとした。けれど、家族に会えない。それが今のお前にとって一番の苦しい刑罰だろう？」

女の人は不気味に笑う。確かに、それが僕にとって最も重い罰だろう。だけど、家族に会いたい。会いたくてここにいるんだ。

「お前がいつか、生きたいと思える日が来たら、家族に会わせてやろう。それまで違う世界で新しい人生を歩め。それじゃあ私はこれにて帰らせてもらう。あとは頼んだぞ、アヤ」

僕の返事も待たずに女の人は消えてしまった。女の人が消えたと同時に今まで黙っていた女の子、アヤ、が喋りだした。

「それじゃあ、ここから好きなスキルを選んで。二つまでね」

アヤはハキハキと喋りながら僕に本を渡してきた。分厚い本。僕はそれを受け取ろうとしなかった。

「僕は……本当に生きていていいのか？大切な人を守れなかった。なんにも出来なかった。結局口だけだ。新しい人生を歩んだところで何一つ変わらない。また大切な人を失うだけだ。そんなの……無理だ。だったらこのまま死なせてくれよ…」

弱音を吐いた。すると

「あーー！もううるさいわね！」

アヤが怒鳴った。僕はビクッとなってアヤを見た。アヤは僕に向かって指を指しながら大声を上げた。

「さっきからなんなの？僕は生きていいのか？とか約束を守れなかった、とか。だから何よ！今更過去を恨んだって何一つ変わらないのよ！いつまでも過去ばっかり気にしてて恥ずかしくないの？！そりゃあ、過去を振り向きたくなるわよ！けど、それをずっと引きずってたって意味ない！あんたのお父さんが死ぬ前にあんたに言った言葉は何？生きろ、でしょ！だったら死にものぐるいで生きなさいよ！あんたのお父さんの最後のお願いをあんたは叶えなきゃいけないんだよ！家族が大切？だったら尚更生きなさい！あんたの家族はあんたが死ぬことを望んでなんか居ない！生きていてほしい！あんたが本当に家族のことを大切に思っているのなら、家族が望んでいることを叶えなくてどうすんのよ！あんたの家族が生きたかった明日を、あんたは精一杯生きなさい！それが、あなたが家族へできる最後の精一杯のプレゼントなんだから！後ろを向かずに前を向きなさい！」

ビシッと僕に吐き捨てた。それを聞いて僕の心が少し軽くなったのがわかった。

そっか。今までお父さんとお母さんにたくさん願いを叶えてもらった。次は僕が叶える番なんだ。

「さあ、早く選んで」

アヤはゼーゼーと息を荒くしながら本をもう一度差し出した。僕はその本を、受け取った。