快調
アパートに着いた藤田は、恐る恐る健人の部屋のドアをノックした。中でなにかの最中だと、大変気まずい状況になると思ったからだ。
「藤田さん、おかえりなさい」
ドアの前でたじろいでいると、ドアが開き麻衣が出てきた。
「おう、SNSはどうだ」
藤田は靴を脱ぎながら聞く。
「調子良いですよ。私をだれだと思ってるんですか」
麻衣は、やけにご機嫌のようだった。
「あ、藤田さんおかえりなさい」
奥の部屋から健人の声がする。
真面目な健人は、黙々とGreenCrackを1グラムづつに小分けしていた。
「健人、もう外は真っ暗だぞ。もくもくの仕方が間違ってるんじゃないのか」
藤田は言う。
「藤田さん上手い事言いますね」
麻衣は上機嫌だ。
彼女は、健人にバレないようにモクモクしたのだろう。
「そうだね、今日はこの辺で」
そういって胡座をかきながら、両腕を天井に伸ばす健人。
「なかなかな体験だったぞ。実際もう手遅れな奴もいたが、少しだけでも希望を感じることが出来た」
藤田はまっすぐに言う。
「桜庭のことは、どうだったの」
健人は聞く。
「あいつは...元々なにかが欠落していた可能性がある」
藤田は悲しそうな目をする。
「私が『理由があるかも』なんて言ったからですよね、ごめんなさい」
上機嫌から元に戻った麻衣は、頭を下げた。
「そんなことないよ。楽しんでたのに悪かったな」
藤田は謝り、健人の居る部屋へと歩いて行く。
「藤田さん、お疲れ様」
健人は藤田にジョイントを渡す。
「おつかれ」
健人に渡されたジョイントを口に咥えると、ポケットのライターで火をつける。
深く吸い込み、ゆっくりと吐く。今日の疲れが吹き飛ぶようだ。体中の節々が痛んだが、大麻のおかげで少し和ぐ。藤田は麻衣にジョイントを渡すと、壁にもたれ座り込んだ。
「今日は二人だけだったが、今後も順調に顧客は取り戻せると思う」
藤田は言う。
「それはよかった。明日も同じように頼むよ」
そう言う健人は『GreenCrack』を肺にため込んだ麻衣から、ジョイントを受け取る。麻衣が煙をゆっくりと吐いている動作とは逆に、深く深く煙を吸い込んだ。
「SNSの運用はこのまま麻衣に任せよう。明日以降はなにかあれば電話なり、メッセージしてくれ」
藤田は麻衣に向かって言った。
「了解です。あの、少し言いづらいんですけど、たまに吸いに来ても...いいですか」
麻衣は申し訳なさそうに、体をくねらせた。
すると突然、健人が立ち上がり「いいよ。毎日でも来ていいよ」と、勢いよく言い放ったのだ。
だが健人は、3秒程の沈黙の中に迷い込んだ。沈黙の理由は、声の先にいる藤田の姿。意図せず自分に向けられた大きな声に驚いた藤田だったが、敢えて間違いを指摘せずに、にやけながら窓から見える満月を眺める。
「こっちだよ」
その光景を見た麻衣は、くすくすと笑いながら言う。
「健人、外でタクシーでも拾ってやれよ」
そういうと藤田は財布から福沢諭吉を出したが、麻衣はそれを見るなり「この間の残りがあるので」と、きっぱり受け取りを拒否した。
「じゃ、じゃあ麻衣を下まで送ってくるよ」
健人が住み慣れた家で、小さくつまずいたのを藤田は見逃さなかった。
「おう。またな麻衣」
藤田は壁にもたれながら右手を上げる。
「色々とありがとうございました」
麻衣は頭を下げると、健人の部屋のドアを閉めた。
外に出た健人と麻衣。外は予想していたよりも暗かった。麻衣は、健人と歩幅を合わすように歩こうとしたが、暗闇の中でさえ、カツカツと鉄骨階段を下りる健人の速度に、追いつくのが精一杯だ。
「健人、早いね」
麻衣は息を切らす。
「あ、ごめん」
健人は、どことなく緊張しているようだ。
二人は歩道に出ると、タクシーが来るのを待つ。何台も車を見送った二人は、やっとの思いで話し始めた。
「健人は、いつから藤田さんと一緒にいるの」
麻衣は、少し火照った健人の顔を覗き込んだ。
「そうだな、確か...何か月か前かな。あの人、突然家に押し入ってきたんだよ。信じられないでしょ」
「え、藤田さんって結構強引なんだ」
「強引も強引、どんどん話を進めていっちゃうんだから困るよ」
「そんなことがあったんだね」
麻衣は笑う。
「でもあの人って、なんか暖かくて、絶対悪い人じゃないってそんな気がするんだよね」
通り過ぎる車のヘッドライトで、健人の笑顔が照らされる。
「健人がそう思うならきっとそうなんだよ。健人は、私たちなんかよりよっぽど良い目を持ってる」
麻衣はそうゆうと、健人の両手を握った。
「え...」
心臓の鼓動が早くなる健人。
「必ず成功させよう。私も全力で協力するから。あ、じゃあ私行くね」
麻衣が言葉を発したのと同時にタクシーがやってくる。
タクシーのドアが開いたかと思うと、あっという間に生暖かい風が全身を包み、麻衣を連れ去ってしまった。そんな健人の両手には、麻衣の柔らかく暖かい感触だけが残っていたのだった。
部屋に戻った健人は、少しの間ボーっとしてしまっていたが、藤田の言葉で我に返る。
「キスでもしたのかよ」
胡座をかき、小指で耳の穴の掃除をしている藤田が言った。
「してないよ。やめてくれよ突然」
健人は、やけになっている。
「とにかく俺も部屋に戻るぜ。また明日夕方くらいに来るよ」
大きな欠伸をした藤田は、立ち上がるとそのまま部屋を後にする。
部屋に静寂が訪れると、悶々とした健人は玄関の鍵を閉め、そのままトイレに向かうのだった。
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