第6話6・使徒と村での話


 アルカスの自宅。

 4人掛けのテーブルの長辺に使徒2人とアルカス、レピーが向かい合って座っている。

 レピーは突然、兄が若い女性を2人連れて来てあからさまに不機嫌だ。

 年頃の妹が嫉妬している事にアルカスは心の中でにやける。

 メーネが空いている短辺に座る。

 実際は村長が2人を連れてきたのだが、メーネ達に経緯を話し終えると使徒達に促されて退場していった。


「どうしてそんな格好されているんですか?」


 ベニエに問う。

 露出の多いベニエの姿をアルカスが意識しているのが腹立たしく、レピーの声に敵意が隠る。


「これはポアローン様に御使えする者の正装の一つなの」

「貴方の神様はいやらしいんですね」


 レピーが神を冒涜するのでベニエが怒り出すのでは無いかとメーネとアルカスは焦ったが、そんな事はなかった。

 むしろ穏やかな微笑みを返している。


「そうなのよ。ポアローン様は健康的で妖艶な淑女が御好みだから」

(ウゼス以外にも変態な神が居たもんだ)

「その、厄災と言うのはいつ起きるのでしょうか」


 メーネが問う。


「正確な日時は定かではないですが、間もなくです。なので村の方々にも見廻りの協力をお願いしています」


 シャルロットも言葉遣いは変わらないが優しい声色になっている。


「そうですか‥‥ その厄災が訪れた後、アルカスを連れて行って仕舞われるのですね‥‥」

「神託には従わなければなりません。ですのでワタシ達がご子息を必ずお守り致します」


 ベニエも頷く。


「‥‥アルカスを宜しくお願い致します」

「アタシ達の命に替えても」


 アルカスは目を丸くする。

 2人がそこまで言ってくれるとは思ってもみなかった。

 むしろ厄介者をウゼスが遣わせた位に思っていたので感心する。


「もう1つ聞いても宜しいでしょうか‥‥」

「アタシ達でお答え出来る事ならいくらでもお聞き下さい」

「ありがとうございます‥‥ あの、息子は神の子なのでしょうか‥‥」


 その事で1番心を痛めているのが母なのはアルカスも分かっていた。

 身に覚えのない不貞。否定しても立証の仕様がない。


「アタシ達に言える事は、アタシ達の神は彼の事を『主神の駒』と仰いました。もし、彼が『主神の御子』であったなら御子とお呼びになられるはずです」


 神に見初められたのだから御子である方が誉れである。

 それは他人目線で、本人の事情と必ずしも一致するとは限らないと使徒達は理解している。


「アルカスさんも先程、明確に否定されましたので村の方々の認識も変わったと思います」

「そうですか‥‥ ありがとうございます」


 微笑むメーネの目尻に涙が滲む。



「で、なぜに?」


 使徒達は旅の疲れを取る為に早めの休息に入る。

 アルカスの部屋、アルカスのベッドに横たわる2人。


「どうかした?」

「それ、僕のベッドだし」

「貴方は女性を床で寝かせて、自分はベッドで寝る様な人なんですか?」

「いやいやいや、逆にいいの?僕が使ってたベッドで」

「村を出たら野宿する事だってあり得るのよ?」

「僕のベッドは野宿と同じか!」

「そんな事はないわよ。お母様が清潔にして下さっているのだし」


 ベニエが肩当てと腰当てを外してしまうと、下着姿でくつろいでいる様にしか見えない。


「家で寝泊まりするのも僕の部屋使うのも良いけどさ、何で僕まで同じ部屋なのさ」

「一緒に旅をするのだもの、今から寝食共にして気兼ねを取り除いとくべきじゃない?」

「それは敬意や遠慮してから言ってよ!」


 シャルロットまでパンツを脱ぐ始末。

こちらは本物の下着だろう。


「いくら主神の眷属だからって、使徒と駒じゃ別格。気兼ねがあるのは貴方の方ですよ」

(格下にはそもそも敬意も遠慮も無いって事か)

「でも、母さんと妹には丁寧だったじゃないか」

「当たり前じゃないですか。あの方々は良い人達ですもの。それに、貴方みたいな人でも家族から見れば大事な人なんですから、連れは良い人に見えた方が心配掛けないで済むでしょ」

「それは‥‥ ありがとう」

「なんだ、素直だと可愛いじゃない」


 肘を付き脚を立てて寝ころばれると目のやり場に困る。

 気が回るのなら、格好から気を使って欲しかったとアルカスは思う。


「お前の体は小さいから3人でもベッドで寝られるんじゃない?」

「ワタシも別に構いませんよ」

「いやいや、男と寝るとかダメじゃないの?使徒的に」


 自ずから言い出しているのだから大丈夫なのだろうと思いながらも体裁を繕う為にアルカスは言う。

 だが、頭の中では川の字の真ん中にいる姿を妄想している。


「男?ああ、アタシはポアローン様以外興味無いから」

「ワタシも無一文な子供に関心無いです」


 2人共、アルカスを男として見ていない。

 気に食わないが、自尊心よりも添い寝が優先される。


(ちょっと触っちゃっても子供扱いならなら許されるかな)

「ただもし、お前が手を出して来たらアタシ達の神が黙ってないぞ」

「ワタシ達が寝てる間にイタズラしたら殺されますよ」

「怖えぇは!そんなの。まぁ俺死なないんだけどね。」

「どういう事ですか?」

「ウゼスの呪いで不死身なんだって」

「‥‥そんな凄い御加護を、呪いと言うのですね貴方は」

「ウゼスが自分でそう言ったんだし、それに怪我が直ぐ治るわけじゃないから死ぬ程痛いのがずっと続いて地獄だよ」


 熊にやられた時の事を思い出す。

 時間がたったからか、恐怖は薄らいでいる。


「それでアタシが遣わされたのか‥‥ まぁいいわ。疲れたし早く寝ましょ」


 ベニエが手招きしてくる。

 いくら薄らいでいると言っても、躊躇してしまう程には記憶がある。


「大丈夫よ。朝起きて死にかけてたらアタシが治してあげるから」




 睡眠に気を使ったのは初日だけだった。

 寝返り等の不可抗力なら神も大目に見てくれるのだろうと言うのがアルカスの見解。

 なら気にするだけ無駄だと、彼は1番に寝る。


(寝顔は2人とも可愛いんだけどなぁ)


 自ずと1番早起きになる。


「おはよう」


 早起きになった理由にはもう1つあり、レピーが起こしに来る前にベッドから出ておきたかったと言うのもある。


「‥‥ふん」


 2日目の朝に3人で寝ている所を見られてから、レピーはまともに口を聞いてくれない。

 それが悲しいのに2人と寝る事もしたい。

 その解決策が早起きだった。


(バレたら呆れられるだろうけど、それが男の性さ)


 男なら分かってくれるはずと不明な自信を見せるが、この家に男はアルカスしか居ない事を忘れている様だった。



 日中は村長宅に赴き、村人の治療にあたる。

 ポアローン神は光明神であり、予言神であり、射術神であり、治療神である。

 その使徒であるベニエにも怪我や病を癒す恩恵を授かっている。


「いい?一気に治して仕舞うと体力が持たないから10日に分けてちょっとづつ飲むのよ」


 ベニエが老婆に桶を渡す。

 中には聖水と呼ばれる液体が入っている。

 製造方法は分からないが、病や古傷に効力がある。


「貴方、痛かったでしょう。よく頑張ったわね」


 鎌で指を落としてしまった男にはそう言って患部に手を当てる。

 うっすらと掌が光り、傷が癒えていく。

 ベニエは母性に似た姉御肌溢れる態度で老若男女分け隔てなく接する。


 シャルロットの神、ナテアは守護女神にして戦女神。

 ベニエの様に治療する恩恵はないので、村長宅でベニエの助手をし、患者の人数に余裕がある時は村を見回っている。

 アルカスは基本ベニエの側に居て手伝っているのだが、この日は患者の列が切れたのでシャルロットに同行する事になった。


「あ、使徒様だ」

「使徒さまー」


 広場で遊んでいた子供達がシャルロットに駆け寄る。


「皆さん、元気ですね」


 シャルロットは集まって来た子供達に視線を合わせ、満面の笑みで応える。

 可憐な顔立ちにさらに愛らしさがましてアルカスも動揺する。


「走ると危ないですから気を付けて下さいね。もし、転んで怪我したらベニエの所に行くのですよ」

「はーい」


 子供達が去っていくのを手を振りながら見送ると、また見廻りの為に歩き出す。


「シャルロットもベニエも村の連中には優しいのな」

「この村の人達は敬虔ではないですが、ちゃんと神々を敬ってらっしゃいますからね。ワタシ達は使える神が違っても尊重しますので」


 アルカスにだけは素っ気ない毛色を取る。


「お帰り」

「ただいま」


 村を1周見廻って村長宅に戻ると、ベニエが呑気にお茶を飲んでいた。


「異常なし?」

「そうですね、村周辺は。今日は患者さんあまり来ないのですか?」

「ええ。6日も居ればそんなものでしょ」


 そこに1人の村人が駆け込んできた。


「森の南東に黒い雲が現れたんだ!きっとイナゴです!」


 3人は即座に家を飛び出した。

 森は平原の先で微かだか目視出来る距離にあり、北東から南東にかけて延びている。

 村を出て斜め左、森の真上辺りに黒い薄雲が見て取れる。

 晴天には似つかわしくないそれは、他の雲の流れに逆らって進んでいる。


「間違え無さそうね」

「戦えない方は村長宅に、戦える方は村長宅の外で守りを固めて下さい。皆さんに知らせて!」

「はい!」


 側に居た村人が一斉に駆け出す。


「私達は村の外で迎えましょう」


 鉈を両手に持つアルカスの手は震えている。


「大丈夫。ワタシ達が村には1匹も入れさせないわ」


 そう言ってシャルロットはアルカスの首に腕を回して抱き締めた。

 戦いとは関係ない動揺と相殺されたからなのか、守護女神の恩恵なのか手の震えが止まった。


「‥‥ありがとう」


 シャルロットが腕をほどくとアルカスの首にはネックレスが巻かれている。


「これは?」


 喉元までの短い鎖を前で飾りと共に南京錠で止めている。

 飾りは鳥籠の様な形状をしていて、中に茶色い球体。

 シャルロットの細工で球体に火が付き煙を上げる。


「魔物寄せのお香です。これを着けていれば巨大イナゴが寄って来るはずです」

「それで僕らが森に進めば村に被害が出ないって事だね。行こう!」


 アルカスが理解して走り出す。

 村と森の中間まで進むと直ぐそこまでイナゴも迫って来ている。

 どことなくアルカスに意識が向いたように見受けられた。


「よし、ちゃんと反応してるみたいだ。 ‥‥え?」


 振り返ると使徒達は付いて来ていなかった。


「‥‥あいつらハメやがったなぁ!!」

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