第8話 バレンタインだるい

「バレンタインとかマジでだるくない?」

 二月十三日。翌日にはバレンタインを控えた学校からの帰り道で風子は言う。その手にはさっき寄ったスーパーで買ったチョコ作りの材料でぎっしりのビニール袋。わたしにはめちゃくちゃバレンタインをエンジョイしているように思える。

「でも風子こういうお菓子系のイベント好きじゃん。ハロウィンとか。今日だって材料めちゃくちゃ買い込んでるし」

「や、好きは好きなんだけどさ」

 わたしが向ける疑わしげな視線から隠すように、風子は袋を後ろ手に持って弁解する。

「別にもらうのはいいんだけど、でもさぁ、もらったら私もあげないとダメじゃん? あの『手作りチョコ用意して交換こしようね!』っていう空気感! ハロウィンとかはもっと緩い感じなのに、バレンタイン特有の義務感がさぁ! それがもう面倒なんだよ! お菓子作り、めっちゃだるい!」

「わがままか」

 文句を言いつつも結局作って交換するのだから、風子だってその空気に乗っかっているわけで、それって要するにバレンタインを楽しんでいるってことでは?

「そんなに面倒なら作らなきゃいいのに」

「でも作らないでもらうだけの奴、ちょっと嫌じゃない?」

「まぁ図々しさは感じる」

「でしょー? でももらえるなら絶対にもらいたいし、だったら面倒だけど結局作るしかなくない? 友チョコって」

「面倒だね」

「でしょ⁉」

「風子の性格が」

「私が⁉ なんでこのバレンタインの友チョコに対する複雑な気持ちを理解してくれないの⁉」

 風子はビニール袋を振り回しながら喚く。確かにチョコを手作りするのが面倒、という気持ちはわかるけれど、わたしは『だったら友チョコやらなきゃいいじゃん』となるタイプなので、最終的に風子とはわかり合えない。人間がわかり合うことの難しさを教えてくれるイベント、それがバレンタインなのかも。

「まぁ安心してよ。わたしは風子に友チョコあげないからさ、風子もわたしには作らなくていいよ」

「えぇぇぇぇ、それはそれで寂しいぃぃぃ」

「もぉー、ホント面倒くさいなぁ風子は」

 袋を持っているせいで両手が塞がっている風子は、肩でわたしを小突きながら横目で睨んでくる。

「……ホントにくれないの?」

「あげないよー」

 その視線に込められたものには気づかない振りをして、わたしは風子と別れて家路についた。


   *


「――ハッピーバレンタイン!」

 二月十四日の教室は、朝から甘やかな匂いに包まれている。その空気の中、教室の一隅では昨日散々文句を垂れていた風子も楽しそうに友チョコ交換に興じている。やっぱり好きじゃん、バレンタイン。

 友チョコ不参加のわたしはその様子を時折横目で見ながら授業の準備をする。

「――おはよっ」

 やがて、無事に友チョコの儀を終えたらしい風子がわたしの席へとやって来た。

「いやーバレンタインも悪くないねー」

 風子は常温で放置されたチョコのようなふにゃふにゃに緩んだ顔で笑う。現金な奴。

「そ。良かったね、友チョコいっぱいもらえて」

「あ、羨ましい? 今になって友チョコやりたくなった? でもざんねーん、私の友チョコはもう売り切れでーす」

「いいよ、友チョコはあげない、って言ったじゃん」

 言いながらわたしは、勝ち誇ったようにニヤニヤする風子の鼻先にラッピングした包みを差し出す。

「……んん? これは?」

「チョコに決まってるじゃん。バレンタインだよ?」

「え、でもチョコはくれないって……私ももうあげられるチョコないし……」

 寄り目になってわたしのチョコの包みを見る風子の顔は面白いくらいに困惑していて、わたしはしてやったり、という気分になる。

「わたしは『友チョコは』あげないって言ったんだよ?」

 風子の脳がフリーズしている内に彼女のブレザーのポケットに包みを押し込んで、今度はわたしがニヤニヤする。

「だから風子、ホワイトデーは期待してるね?」

「―――そ、そーゆーこと⁉ えー、ズルじゃん!」

 ようやく状況を理解した風子がまた文句を言い出したけれど、わたしは素知らぬ顔でやり過ごした。

 風子のことを面倒くさいと言ったけれど、わたしも大概、面倒な性格をしている。

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