第5話 いたずら

「とりっく、おあ、とりーとぉー!」

 昼休み、いつものように机をくっつけてお弁当を食べていると、唐突に風子が変な鳴き声を発した。え、怖っ、と思ってから、あ、ハロウィンね、と気づく。それにしても、手をなんかこう「がおー」みたいな感じに胸の前で構えるその格好は見ているこっちが恥ずかしくなるほど、なんというかバカっぽい。多分こいつ、ハロウィンの起源とかも知らないんだろうなー、って感じ。もちろんわたしは知ってる。今朝ツイッターで見たし。教養レベルが違うんですよ、レベルが、と脳内でマウントを取ってる間にも、風子の奇怪な鳴き声は続く。うるさいな。

「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞー」

「えー……あ、じゃあこれあげる」

「わーい――ってこれ、カボチャの煮物じゃん! お菓子じゃない!」

「えー、甘くて美味しいのに」

 せっかくあげようとしたのに拒否された煮物が可哀想なので、いつもより丁寧にもぐもぐと食べる。

「煮物をおやつ、って言うのはおばあちゃんくらいだから! もっとちゃんとしたお菓子ないの?」

「そんなこと言ってもね……贅沢は敵だから、お菓子なんて」

「戦時中か! そんなことを言っていいのは贅沢したくてもできなかったおばあちゃんだけだから! というか、さっきから頑なに日本のおばあちゃん感を入れてくるのはなんなの⁉︎ ハロウィンなんですけど⁉︎」

 今日の風子はテンション高いな……と、思っている間も彼女の文句は鳴りやまない。

「というか昨日、私が散々お菓子アピールしたのに、なんで持ってこないかなー」

「何そのアピール……って、あれか」

 ここから回想。

『もうすっかり秋だねー。秋といえば食欲の秋だし、私もついチョコレートとか食べちゃうんだよねー』

『ふーん』

『あ、あと飴とかもちょっと甘いのほしいな、って時に丁度いいしー』

『へー』

『でもでも、甘いもの食べてるとたまにしょっぱいのもほしくなるよねー。スナック系も捨てがたい』

『…………だから最近風子太ったのか』

『誰がデブだ』

回想終了。

「なるほど、あの会話がハロウィンの伏線だったのか。全然わからなかった」

 わたしの言葉に風子は大げさにため息をつく。

「ふつーわかるでしょー、あれだけお菓子の話してたらさー」

「ごめん、最近太ったことへの言い訳が始まったのかと思って、聞き流してた」

「……ねえ私ホントにそんな太った? 見てわかるくらい?」

「……わたしがお菓子あげられなくて良かったね」

 急に不安に駆られたらしい風子の肩を優しくぽんぽんすると、彼女はマジでショックを受けた顔をした。ごめん冗談。

「まぁお菓子はあげられないから、したいならすれば? いたずら」

 そう言ってわたしが無抵抗で両手を広げると、風子は逆になんか怯む。

「え……というか、いたずらって何すればいいの……?」

「さっきまでノリノリで『いたずらするぞー』とか言ってたくせに……」

 口先だけのチキン風子にわたしは呆れる。

「いいよ、なんでも」

「じゃあ、――くすぐる、とか?」

 タメた割にはショボい内容だった。幼稚園児か?

「いいよ。はい」

再び両手を広げるも、風子もまた怯む。なんかわたしが羽を広げて威嚇する鳥みたいに見えるからやめてほしい。

「えぇー……くすぐるってことは体を触るんだよね? どこ触ってもいいの?」

「言い方……まぁいいよ、どこでも。わき腹でもお腹でも、背中でもどこでも」

「えっと、じゃあ…………手の甲で」

「めっちゃ末端の方」

 言われた通りに手を差し出すと、風子はものすごく厳粛な顔つきでわたしの手の甲をくすぐる。なんの儀式? と思ってる間に儀式は終わる。風子、真顔のまま真っ赤になっている。

 にやにやとそれを眺めていると、近くを通りかかった女子に「トリックオアトリートー」って言われる。面倒なので「あ、じゃあこれあげる」とポケットから出した飴玉を渡してやると大人しく去っていった。

 振り返ると、風子が口をぽかんと開けてわたしを見ていた。

「どうしたの、風――」

「はあぁぁぁ⁉︎」

 めちゃめちゃ食い気味で奇怪な声を上げる風子。

「お菓子持ってるじゃん!」

「うん。あ、じゃあ風子にもあげるね?」

「今さらなんだけど⁉︎」

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