1000日までの後宮妃

フジセ リツ

第1話 141日 後宮までの道のりは長い。

 


「おーい!お嬢ちゃん、迷子かい?俺が街まで連れていってやろうか?」

 うろたえて、森の中をさまよっていたわたしに、遠くから体のゴツいおじさんが声をかけてきた。

 わたしは、ニヤニヤしながら近づいてくるおじさんに思わず半身に身構えた。体育の柔道でならったやつだ。 

 やばい。こいつ、痴漢かも。

 「近づかないで!」

 わたしはおじさんにそう警告する。

 すると、おじさんは、立ち止まり両手をバンザイに上げた。

 「何にも持ってないし。何もするきもない」

 「ホントに?」

 「本当だよ。子供に手は出さない主義さ」

 「近づいたら、大声あげるから」

 「大声あげたって、人は誰も来やしないよ。こんな森の中なんだから。それに大声上げたら、獣が襲ってくるぜ」

 「獣?」

 「おや、知らないのかい?この辺りには虎が出るのさ。俺よりデカイ人食い虎が何匹も」

 この世界には、野生の虎が出るのか!小学校の遠足で見たアムール虎は檻の中にいたけど、体育のゴリ先生よりも大きいし、えさの肉にかじりついていた。また、何より獣臭かったっけ。

 いや、ムリムリムリ。ムリだって。まじでムリ。せっかく、この世界に生まれ変わったのに、虎のエサになるなんて。

 「近くの村のやつは、何人も頭からガブリと殺られてる。なあ、お前、どから来たんだ?」

 わたしは、違う世界から、と答えたかったけど、それは言えなかった。この世界の女神様と約束したからだ。

 

 わたしは、この世界にくる前、普通の女子中学生だったんだ。成績も普通、中の上。クラブも友達に誘われて入った文芸部。昼休みに好きな作家のライトノベルを読んで、どきどきしながらキスシーンのページをめくっていただけ。

 普通の毎日を普通に過ごしてたんだ。死んだ日までは…。

 「おい、聞いてんのか。なに物思いにふけってんだ」 

 「えっ、いや、遠くの山からきたんだ」

 わたしは咄嗟に嘘をつく。

 「ああ、ええと、帝都ってところに行きたいんだけど」

 「ふうん、帝都ねえ。何しにいくんだい。何か知り合いがいるのか?」

「うん、帝都にいけば後宮ってところがあるって聞いたし、働いてみよーかなあって」

 「おまえさ、後宮ってどんなところか知ってるのか?」

 「うん、まあ、女の人がたくさん働ける場所でしょ。仕事がたくさん、あるんじゃないの?」

 いつしか、わたしは柔道の構えを解いていた。

 おじさんもいつの間にか木にもたれながら腕組みをしている。

 おじさんは、黒髪の短髪に焼けた肌、草色の短衣に灰色の下衣、鹿皮の靴を履いている。

 「あのさ、後宮はさ、この黄笛(こうてき)帝国の頂点となる皇帝の妃たちが住むところさ。おまえが妃になれるわけないしな」

おじさんは、わたしの髪の毛一本から靴の先まで、ジロジロと隅々までお構い無しだ。その視線が妙に痛く体中に突き刺さる。

わかってるって。言われなくても。自分が取り柄のない普通なんだって。髪の毛も短いわけでも長いわけでもないし、肩にかかるくらい。髪の色は黒いし、癖っ毛だ。目は細いし。まあ、肌は白いけど。はあーっ、なんでわたしって取り柄がないんだろ?わたしのせいじゃない!絶対、お父さんのせい!

だけど、神様が服だけは良いものを着せてくれた。スミレ色の唐衣。履き物は黒布靴。髪も結って黒塗りのかんざ

しをさしてある。

「じゃあ、どうしたら後宮で働けるの?」

「後宮で働くには、しかるべき保証が必要さ。誰でも働けるわけじゃない。保証になってくれる人が後宮の妃や役人に紹介して初めて採用されるんだ。まあ、紹介してくれた人の身分によって、後宮での身分が決まるってもんさ」

「へえ、後宮で働くって難しいんだね。簡単にエントリーしてバイトできるんだと思ってた」

「えんとり??ばいと??」

おじさんは、口を曲げる。

「いや、うちの山の言葉。登録したら一時的にも働けるのかなあと」

いや、ヤバかった。ふつうの言葉はどうやら通じるようだけど、カタカナ言葉はダメみたい。うまくこちらの世界の言葉に翻訳されないのかな。もっと気をつけないと。

「まあ、俺が後宮に伝手があるところを紹介してやってもいいが」

「ホントに?」

なんか、突然、希望が見えてきた。雨が降ってたのに、雲の隙間から太陽の光が差し込むみたいな。

ホントだったら嬉しい。こんなことってあるんだな。テンション上がった。このおじさん、良く見ると、30歳くらいかな。顎のまばらなひげと、左頬の傷つけが怖いけど、ちょっといいひとに見えてきた。

 「俺は、岩毛(がんもう)だ。おまえ、名前何て言うんだ」

 「わたしは砂砂(ささ)、後宮の仕事を紹介してください」

 「ああ、俺もちょうど、白瑛(びゃくえい)公国の国都に行く用事ができたところさ。国都に俺だけの伝手がある。俺が連れていってやるよ」

 「ありがとう。助かったあ。よろしくお願いいたします」

砂砂は、すぐに国都に向けて歩きだした岩毛を追いかけて駆け出した。




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