SOSなら実権部へ!

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SOSなら実権部へ!

***


 全てのはじまりは、梅雨明けも近付いた放課後。

 校舎の片隅にあるに飛び込んで来た美術部長・村瀬美咲むらせみさきさんの言葉がキッカケだった。


「というわけで、佐久間さくまさん、高橋たかはしくん。どうか力を貸してください」

「美術部長から直々に相談されて断る選択肢なんてあり得ないよ。だよね、佐久間?」

「……なんかに泣きつくくらいなんだもん。無視なんて出来ないよ」

「じゃあ、決まりだ!」


 私たちが行っている部活動の正式名称は『実験部じっけんぶ』。だけど、生徒たちからは『実権部じっけんぶ』と呼ばれている。

 ポイントになっているのは、幅広い活動内容。実験部という名前から連想しやすい理系の実験をもちろん、校内のあらゆる問題も実験的に解決している。

 まさに少数精鋭。元より切れ者が集まりやすい部活の性質上、校内のあらゆる問題の解決もトントン拍子。結果として、多くの生徒たちの弱みや貸しを握る存在として──いつしか『実権部』と呼ばれるまでになったのだ。


 とは言うものの、多くの生徒たちの弱みや貸しを握る『実権部』を最初からアテにする強者はなかなかいない。どちらかと言えば、打つ手がなくなった最後の切り札的な利用者が目立っている。

 それは今回の依頼人、村瀬さんも例外じゃない。

 漆黒のストレートロングが似合う大人びた雰囲気のある村瀬さんは数々のコンテストを受賞している実力派部長。基本的に実力派の人は自力解決をモットーとするケースが多い。自分の問題点を冷静に把握し、解決する才能があるからだ。

 実力派の村瀬さんも本来なら人に弱みを見せることすらしないタイプだろう。そんな村瀬さんが自力で『SOS』を発したのだ。無視するなんて出来ないだろう。


「早速、本題を聞いてもいいかな?」

「単刀直入に言えば、展示会のテーマを拒絶して、延々と同じモチーフを描く後輩男子に頭を痛めてるんです」


 村瀬さんの返事を聞きながら、過去二年間の美術部員の様子を思い返す。活動スケジュールに大きな変更がなければ、そろそろ展示会用の作品に取り掛からなければならない──。村瀬さんの焦り方も理解できた。


「同じモチーフを描く行為は、問題視していないと認識して大丈夫かな?」

「そうですね。部の方針としては、展示会の作品テーマだけは守って欲しいんです。裏を返せば、展示会用の作品以外は同じモチーフであろうとなかろうと好きなテーマで描いて構わないんです」

「成る程ねえ……。ところで、部長の指示を無視してまで描き続けるモチーフを聞いてもいいかな?」

「……セミ。なんです、けど……」


 高橋くんとテンポよく会話をしていた村瀬さんが急に口ごもる。

 とっさに高橋くんに目配せをして、取り急ぎ私がフォローに回る。


「……グロかったり、風変わりな色に塗ったりするの?」

「そんなことはないんです。セミに関しては、驚くほど精巧に描かれてますし……」

「じゃあ、いったい……」

「本当にセミしか描かないんです。それも一匹だけ」

「え、一匹だけ? 他の生き物や植物が一切ないの?」

「はい。木の枝も脱皮した抜け殻も……。本当に何一つなくて、まるでベールに包むようにセミの周りを紫色で塗るだけで」

「え? 紫色? 他の色を使うことはないの?」

「そうなんです。この構図にこだわる理由もわからないければ、周りに紫を塗る必要性も全く理解できなくて」


 こんな不可解な展開を誰が想像することが出来るだろうか。気付けば、丁寧な言葉遣いもあっけなく崩れ去っている。


「小学生時代を知る後輩たちに聞いたら、元々何を描かせても人並み以上に描き上げるタイプで一つの作品をばかり描き続けるタイプではないみたいだし。むしろ、セミを描いていた姿を見た記憶がないと返されるし……」

「成る程ねえ。そういう状況なら、村瀬さんもかなりストレスだよなあ」


 村瀬さんの心痛に寄り添いながら、高橋くんが漏らすため息が部室に響く。

 何とも言えないしんみりとした空気が部室に流れている間に、いったん状況を整理してみることにしよう。


・問題の後輩は男子生徒。中学校入学以来、全て同じ絵を描いている。

・構図は主役となる一匹のセミをまるでベールに包むように紫色で塗る。

・小学校時代は何でも描いていた。むしろ、セミを描いていた可能性は低い。


 ……。

 会話を頭の中で整理すると、一つの予想が見えてくる。とはいえ、まだ確信するには手駒が足りない。そんなことを思いつつ、更なる質問を投げかけてみる。


「ねえ、村瀬さん。もしかして、新入部員が入った時に激励の言葉を伝えなかった? 例えば『好きなモチーフを描くのは上達の近道』、とか」

「ええ、言ったわ。でもそれは先代の部長も言っていたフレーズだし、ただの受け売りというか」

「激励の言葉のオリジナリティは問題なくて、村瀬さんが言った事実が重要だったんじゃないかな」


 私と村瀬さんのやりとりを聞いていた高橋くんの頬がゆるんでいる。

 どうやら高橋くんも答えにたどり着いたらしい。


「成る程、成る程。そういうことなら村瀬さんの言葉がトリガーになるのも納得だし、セミを描き続ける原動力になるのも不思議なことではないと思うよ」

「え……。いったい、どういうことなの?」

「そのセミの絵は……入学以来、彼が描き続けていたラブレターだったんだよ」

「え?」


 村瀬さんはますます意味がわからないという表情を浮かべている。高橋くんからのアイコンタクトを受けて、解説にチャレンジしてみる。


「村瀬さん、言ったんでしょ? 『好きなモチーフを描くのは上達の近道』って」

「うん、そうだけど」

「つまり、彼が選んでいたモチーフは好きな人だったんだ。ただし、ストレートに好きな人の絵を描けば、周りの目も含めて迷惑は避けられない。だから、セミを描くという少々回りくどいことをしたんじゃないのかな?」


 ストレートに好きな人の絵を描くと迷惑が掛かると考える冷静さは、素直に評価したいと思う。だけど、セミばかり描く行為も十分に相手の迷惑になっているとは思わなかったのだろうか……。自分で説明しながら、後輩の矛盾がすごく気になって仕方がない。


「え? じゃあ、そのセミの絵は誰かを表している暗号ってことなの?」

「恐らく、そういうことかと」

「相手が誰か、佐久間さんは分かったの?」

「まぁ、一応……」

「私が聞いてもいいものかしら?」

「村瀬さんに覚悟があるなら、伝えるよ」

「じゃあ、聞くわ。美術部のために出来る最善のことをする。それが私が部長として行える最大の使命だと思ってるから」


 無理やり聞こうともしなければ、逃げようともしない。

 真摯に向き合い続ける真面目な村瀬さんだから、相手も好きになったのだろう。そう思いながら謎の答えを伝えてみる。


「分かった。絵が示している人物は村瀬さんのことよ」

「え、……私? でも、何で?」


 村瀬さんは突然の展開に驚き、言葉を失っている。部長である村瀬さんは指示を無視されていたのだ。自分に好意を持っていると言われても、なかなか信じ難いだろう。

 続きを語っていいか、迷いもあった。だけど、ここまで伝えてしまったのだ。突き進むしかないだろう。


「セミが紫色のベールの包まれていたということは、ベールの中央にセミがいたってことだよね? ここでポイントになるのは『ムラサキ』の中に『セミ』がいること。つまり『ムラサキ』というフレーズのど真ん中に『セミ』というフレーズを突っ込めば『ムラセミサキ』というフレーズが浮かび上がるでしょ?」

「あー……、なるほど。そういうことか」

「村瀬さん。意外と冷静なのね」


 村瀬さんの相槌を受けて、思わずツッコミを入れてしまう。途中の動揺っぷりから全く想像出来ない落ち着いた反応すぎる!


「うん。今はずっと謎だったことが解けた爽快感の方が勝ってる感じかな。でも、そうか……。でも、うん。これがラブレターと言われても……」


 村瀬さんの切り替えの素早さにたじろぐ私を放置して、高橋くんが淡々と会話を続けていく。


「まあ、そういった反応が普通だよね。というか、村瀬さんとして元々どんな落とし所を考えてたの?」

「そうねえ……。私としては、展示会くらいは周りとの調和する絵を制作して、足並みを揃えて欲しかったんだけどね。だけど、そういう理由が根底にあるのなら、私が下手に言えば言うほど、こじれる可能性が高いのかなあ」

「んー、確かに下手な刺激はリスクが高いだろうね。ところで、村瀬さんは後輩くんのことをどう思ってるの? そもそも後輩くんの気持ちを受け止める気があるのか、ないのか。まず、そこを知っておきたい。じゃないと、対策解決法がまるで変わってくるからね」


 場合によっては、高橋くんの質問はとても無粋に聞こえるだろう。だけど、真剣な口調で尋ねる高橋くんから冷やかし要素は全く見えない。

 良くも悪くも高橋くんは、対策解決法に必要な情報収集の手を抜く真似は絶対にしない。そんな高橋くんのモチベーションの高さが好印象につながり、相手の素直な気持ちを引き出し、良いサイクルを生むのだろう。


「それもそうね。私としては、彼と付き合うつもりは一切ない。だけど、私に対して気まずさを感じるアクションも起こしたくない。良くも悪くも部長である限り、影響力があることも分かっている。だからこそ、彼を退部に追い込む言動もしたくないと思ってるんだけど……」

「成る程、村瀬さんの気持ちはよ〜く分かった。ならば」


 サクッと村瀬さんの要望を聞き出し、高橋くんはにこやかな笑みを浮かべて、さらりと語る。意図も簡単に解決できるかの如く、羽より軽い口調で提案する。


「それらを両立する方法を思い浮かんだけど、村瀬さんは乗ってみる気はあるかな?」


***


「えええ? セミ展?」

「こうなったら開き直って、セミをテーマにした『セミ展』を実施するのはどうかな? 今から夏本番だし、夏の風物詩をテーマに次年度以降の継続性も探る意味合いをプッシュしてさ! とは言っても、どんな大義名分だろうと『セミ』である限り、部員たちの反発は避けられないと思う。そこで僕たちが切り札をプレゼントしようと思う」

「……切り札?」


 キョトンとした表情をしている村瀬さんに対して、高橋くんはいたずらっぽい笑みを浮かべている。だけど、説明する声色はとても自信に満ち溢れていた。


「大義名分を裏付ける補足データ切り札だよ。まあ、『夏と聞いて、何を連想するか』というアンケート結果だけどね」

「あっ! もしかして、実験部で去年実施したアンケートのこと? 確か、たまたま1位が『セミ』だった!」

「それそれ! しかし、佐久間よく覚えてるなあ」

「えー……。とっさにアンケート結果と紐付ける発想をした高橋くんに比べたら全然ですよー」


 実験部では活動の一環として、不定期にアンケートを実施している。

 アンケートの主な目的は、次にトレンドとなる情報の見極めという名目なんだけど……。こういう活用方法も出来るなんて、想像したこともなかった。


「そういうこと、得意なんだよね。それで、村瀬さん。上手くいけば後輩くんに仲間と達成することの『想像を超える』楽しさを伝えることが出来ると思うんだけど、どうかな?」

「上手くいけば後輩のモチベーションのシフトチェンジも見込めそうだし……。高橋くんのアイデア、ぜひ使わせてもらいたいわ!」

「どうぞどうぞ! じゃあ、とりあえず一見落着ってことで」


***


「結局、村瀬さん。私はもちろん、高橋くんも部長と認識されていなさそうだねえ」

「そうみたいだな」

「ということは、今回の勝負はドローかあ……」


 真の物語のはじまりを知るためには、更に時間を巻き戻す必要があるだろう。

 実験部という名前から連想しやすい理系の実験も重要視している部活の性質上、部員数は少ないながら切れ者が多い。その結果、部活動の質の高さは折り紙付き。実験部の部長には、大きな付加価値内申点が確約される。だけど、その座を射止めるためには大きな問題が……。


「校内に散らばる問題をペアで解いていく中で、依頼人に部長として認識された数が最も多い人の内申書に部長と書くとか。完全に顧問の気紛れだよね、高橋くん……」

「というか、佐久間。気紛れ以外に何があると思うんだ?」


 私たちの部活の正式名称は『実験部』。

 実験部という名前から連想しやすい理系の実験をはじめ、校内のあらゆる問題を実験的に解決し続けている。だけど、その原動力が部長の座をめぐる熱き攻防戦の一貫ということは──村瀬さんをはじめ──依頼人は誰一人知る由もなかった。


【Fin.】

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