53.話
「高田君、お久しぶり」
都はスマートフォンをカバンにしまいながら、高田に挨拶をした。
だが、高田は返事をせず、じっと都を見ているだけだ。
都は不思議に思い、首を傾げた。
「どうしたの? 高田君」
高田はハッと我に返ったように、急に笑顔を作った。
「久しぶり。都ちゃん。暫らく図書室に来てないね。俺、待ってたんだけど」
「??? 待ってた?」
都はさらに首を傾げた。
「うん。話があるって言っただろ? そのことでさ」
「話・・・? あー・・・!」
都はポンと手を打った。
そう言えば、そうだった。
以前、図書室で話があると高田から言われていたんだった。
自分から今度にしてくれと頼んだのだ。
(すーーーっかり忘れてた!)
高田の事は、和人のクラスの委員長様ということと、図書室で言葉を交わす程度の間柄という認識しかない都にとって、あの時の約束に重きは置かれていなかった。
それどころか、あの直後に人生最大とも思われるクライマックスが待っていたのだ。
その時の和人の告白に、都の意識はすべて持っていかれてしまったのだから、高田との約束など覚えているわけがないのだ。
「ご、ごめんなさい! 都、忘れてたわ!」
都は慌てて頭を下げた。
高田は素直に謝る都に対してちょっとした満足感を覚えるも、「忘れていた」という言葉がひどく引っかかり、複雑な気持ちになった。
都が自分に対し、特別な感情は持っていないことに薄々気が付いていながらも、それを意識の奥へ追いやる。
この一言がすべてを表しているというのに、認めようとしなかった。
「ううん。それより急に図書室に来なくなったけど、どうしたの?」
無理に笑顔を作り、都に近づいた。
「都、体育祭の準備委員なのよ」
「あ、そうか。準備委員・・・」
そう言えば自分のクラスの体育祭の準備委員はとても忙しくしている。
それは確か、都と最後にあった翌日辺りからだ・・・。
都の言い訳の裏が取れて、高田は急に安堵感が広がった。
「ねえ、都ちゃん。今、話いいかな?」
「え? 今?」
都の顔が曇った。
確かに話は後で聞くと言った。そして、それから大分時間が経っている。
いい加減、聞かないとまずいだろう。いつまでも引き延ばすのも失礼だ。
だが・・・。
「うーん、でも、これから作業があるのよ。今日は最後の仕上げなの」
「時間は取らせないよ。それとも、終わるまで待っていようか?」
終るまで待つ?
それはそれで重い。
「分かったわ。作業は何時に終わるか分からないから、待たせるのは悪いし、短い時間で良ければ、今話を聞くわ」
「ありがとう。ここじゃ何だから中庭に行こう」
高田はホッとした顔をして、中庭に向かって歩き出した。
都は軽く溜息を付くと、高田の後を付いて行った。
「・・・まったく、何やってんだか・・・」
そう呟いたのは静香だ。
都に携帯を手渡して見送った後、静香の横を足早に通り過ぎる人物がいた。
それが高田と気が付き、目で追っていると、案の定、都を追いかけていた。
都に何やら話があると言っているのが聞こえる。
都にしては珍しく、上手く断れないようだ。
「あー、ホント、世話の焼ける・・・」
そう言うと、小走りでどこかに走って行った。
★
中庭に出ると、すぐにベンチがある。
そこに座って話すのかと思いきや、さらに奥に進む。
あまり人目の付かない隅の方まで連れて来られた。
流石にここまでくれば、都も高田が何を言わんとしているか気が付いてもよさそうなものだ。
何故なら、何度も男子から告白されている都は、このようなシチュエーションは慣れているからだ。
しかし、都には苦い過去がある・・・。
折り入って話があると呼び出され、てっきり告白だと思い、塩対応を取っていたら、実際には、静香や他の女友達との間を取り持って欲しいなどと言われ、赤っ恥を掻いたことがあったのだ。
それも一度や二度ではない。
この教訓を経て、都は話があるからと言われても、すべてが告白だと安易に思わないことにしていた。
特に、高田は今回の勉強会で静香と親しくなっている。
もしかしたら、また静香絡みかもしれない。
(でも、静香ちゃんはなあ・・・)
そんなことを思いながら付いて行くと、中庭の行き止まりまで来て、高田が振り向いた。
「話って何? 高田君」
都は早速、高田に尋ねた。
振り向いた高田のその顔からにこやかな笑みは消えている。
真剣な表情に、都は思わず姿勢を正した。
「あのさ、都ちゃん。俺が何でいつも図書室に行っていたか分からない?」
「?」
「ただ勉強しに行っていたわけじゃないよ」
高田は一歩前に出た。
「都ちゃん、俺・・・」
そう言いかけた時、ドタドタと大きな足音が聞こえたと思ったら、大柄な人影が飛び込んできた。
「ちょ、ちょっとっ! ちょっと、待って!」
都が振り向くと、そこには膝に手を付いて、ゼーゼーと息を切らしている和人がいた。
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