3.大好きな和人君
いつまで、空を見ていたろう?
足やお尻にアスファルトの冷たさが伝わり、体にも強風が吹きつけ、体がブルブル震え始めた。
都は血の気の引いた顔で、ゆっくり立ち上がった。
強い風のお陰で、髪はボサボサで青白い顔。まるで幽霊のようだ。
都はそんなことに構う余裕などなく、フラフラしながら、屋上を後にした。
★
許嫁の和人はいつも優しかった。
今まで、喧嘩らしい喧嘩など一度もしたことがない。
ちょっとした言い合いになっても、すぐに和人が引き下がっていた。
そこそこ良い家柄である都の両親は、一人娘の都を甘やかして育てた。
当然のごとく、都は若干我儘に育ってしまった。
そんな我儘の都に、常に寄り添い、面倒を見てくれた和人。
そんな和人は、ごくごく一般家庭の家柄だ。
それどころか、和人の父親は、都の父専属のドライバーだ。つまり雇用関係にある。
そんな使用人の息子が娘の許嫁に抜擢されたのは、一重に人柄だ。
誠実で実直な運転手の父は、都の父に絶対的な信頼を置かれ、その息子である和人は頭脳明晰。
そんな親子に惚れ抜いた父が、和人と都を引き合わせたのだ。
そして、そんな和人に惚れ抜いてしまったのは父だけではなく、都も同じ。
小学生の頃から、周りより小さく太っていた和人はまるで熊さんのようだった。
モソモソ喋るし、動きはドンくさい。
運動神経が良くないのか、目が悪いのか、何もないところでもよく転ぶ。
そんな和人に見かねて、都はよく手を引いて歩くようになった。
繋いだ和人の手はムチムチして柔らかい。
お父さんや従兄のお兄ちゃん達のような男の人の手と全然違う。
まず、都は和人の手の柔らかさを気に入った。
手を繋いでいる時間が長くなれば長くなるほど、心の距離も縮まっていく。
徐々におしゃべりも増えていき、一緒にいる時間も長くなっていった。
和人は普段はモソモソと自信なさげに話すのに、自分が好きな事や、興味のあることになると目を輝かせながらハキハキ話す。
そしてそれは、都が知らなかったことばかり。
和人といると自分の世界がどんどん広がっていくようで、都はワクワクした。
そしていつの間にか、和人の楽しいお話より、楽しそうに話す和人の顔の方がお気に入りになった。
女の子は男の子より早熟だ。
都はこの気持ちが恋だということにさっさと気が付いた。
それからというもの、都の世界は和人を中心に回り始めた。
中学生になって都は、自分が和人と頭の出来がかけ離れていると気が付いてから、女子力を磨くことに専念した。
とは言っても、あまりにもアホで和人に呆れられても困る。
それなりに勉強も力を入れた。
しかも、和人自身が勉強を見てくれるという、素晴らしい環境をこしらえた。
これなら大嫌いな勉強も頑張れる上に、大好きな和人と一緒にいれる。
我ながら天才と思いながら、中学時代を過ごし、高校生活に突入した。
高校生になってからも、和人は変わらず都に優しかった。
ただ、どんなに仲良くしてくれても、優しくしてくれても、それ以上の進展はない。
都がどんなに「和人君大好き」アピールをしても受け流される。
しかし、都はもどかしく思っても、焦りは無かった。
なぜなら、自分は許嫁だ。和人との将来は約束されている。
なので、恋人らしい甘い言葉は囁かれなくても、いつも自分の傍にいてくれる和人を信じて疑わなかったのだ。
それなのに・・・。
まさか、許嫁を辞めたいだなんて・・・。
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