殺人、承ります。

ぷらいむ。

第1話「 依頼 」

栗原くりはら…めぐみさん、ですよね? 」


よく晴れた暑い夏の昼間。


松本詩子まつもとうたこが久しぶりに訪れたカフェでお茶をしていると、不意にそう声をかけられた。


「 … 」


声に聞き覚えがないため、怪訝に思いつつ振り返れば、そこには額に浮かぶ汗をハンカチで拭きながら、詩子を見下ろしている中年男性がいた。


「 あの…ぼ、僕は、ゆ、ユキトです。 」


ユキト…。名乗られてから、嗚呼…と合点がいく。今日、ここで待ち合わせをしている人だ。


勿論、俗に言う「 パパ活 」などではなく、詩子に仕事の依頼をしてきた人に詳しく話を聞くためだった。


偽名で聞かれたのもそのせいか、と心の中で納得する。


「 あの…? 」


詩子がずっと黙っているので不安になったのか、ユキトはおずおずといった様子で話しかけてきた。


「 貴方は…依頼人? 」


詩子が小首を傾げれば、ユキトはホッとしたようにこくこくと頷く。


「 そう…。とりあえず、席に座って頂戴。立ち話もでしょ。 」


ユキトは礼を述べると、詩子の正面に座り、指をテーブルの上でもじもじさせた。


きっと優柔不断で、臆病な人なのだろうなと、詩子は勝手に予想する。


「 それで… 」


詩子はティーカップをテーブルにそっと置くと、足を組み直した。足を組む癖は、小学生の頃から変わっていない。


「 貴方が殺して欲しい、と依頼してきたこの人…。貴方に何をしたのかしら? 」


詩子が鞄から出した顔写真を見て、ユキトは苦しそうに顔をゆがめて俯いた。


どうやら、相当難アリな人物のようだ。


「 貴方が恨むには、随分若そうな方だけれど。 」


詩子は感じたことを素直に言葉にした。


ユキトはどう考えても40は悠に越している。それなのに、依頼された人物は、20代前後。


チャラそうには見えないが、真面目でもなさそうで、特徴の掴めない男だと、詩子は思った。


顔の造形は詩子の好みではないが、ふと、姉の詩帆しほはこれを見たらどう思ったのだろうかと考える。


きっと彼女なりの独特な持論を展開されるのだろうなと思いつつ、ユキトの方へ目を向けた。


もじもじと動いている手に、何か光るものを見つける。


薬指に付けられた結婚指輪だった。名前が指輪の縁に彫ってあるのが見える。


“ Y & H ” …。Yは “ ユキト ” のYで、“ H ” は、大方妻であろう。


妻がいるということは、それなりに家庭を持っているということだ。それ関連だろうか。


「 …僕の、幸せを…全てを、かっさらって行った奴です。 」


ユキトは覚悟を決めたように唇を噛み締めると、そう言ってぽつりぽつりと、依頼までの経緯を話し始めた。

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