第29話 王位簒奪の全容・2

 役務が課せられた王族は、身分が徹底的に隠される。名前を偽装し、髪を染め続け、その身分すら忘れて従事しなければならず、親族だろうと王だろうと詮索は許されない。


 そんな王族の素性を知る唯一の存在が後見人であり、同時に王の血統である事を証明する為の証人となっている。

 後見人が死亡したり『王の血統たる資格なし』と見限られてしまうと、王の血統を証明する者がいなくなってしまう為、役務に従事する王族にとっては生命線と言える存在だ。


 ギースベルト派はそんな後見人を介して、役務に従事しているアロイスと接触しようと考えていた。

 実母ヴィクトワール=ギースベルトからの時節の挨拶、と称して手紙を後見人に預け、アロイスの居場所を探ろうと考えたのだ。


 後見人も、ヴィクトワールからの手紙は慎重に扱ったようだ。

 手紙は郵便を使ってあちらこちらの町村を転々と移動し、自身も手紙とは無関係な場所を渡り歩いていた。


 しかし後見人も、手紙に追跡魔術が施されているとは思わなかったようだ。

 各々時間をかけて旅行を楽しんだ後見人と手紙は、やがてラッフレナンド城下の郵便局で落ち合い───そのまま、ラッフレナンド城へと持ち込まれたのだった。


 ◇◇◇


「追跡魔術はその後魔力切れを起こしちまったようだが、場所が分かれば後は探すだけだ…。

 兵士、役人、召使、料理人、庭師───十代前半の若造なんて、そうそういるもんじゃあない。

 側女の懐妊の報も、公爵家に届いたらしくてな…。警備が手薄な時に城を襲い、アロイス殿下を確保しよう、って事になった…」


 アランのが功を奏し、グレーゴーアはすらすらとギースベルト派の内情を話して行く。襲撃前ならばともかく、今はもう襲撃が起こった後だ。話してもどうなるものでもないと思っているのだろう。


 なお、幻影はまだ三体とも残したまま、グレーゴーアの側に置いている。時折彼に笑顔を向けるよう指示を出しており、幻影が愛想をする度にグレーゴーアが体を震わせる様が笑いを誘った。


「確保してどうするというのだ。アロイスの思想は知らんが、大人しく言う事を聞くとでも?」

「イイコになってもらう方法なんざ、幾らでもあるだろ…?お薬でも魔術でもな…」


 持ってきた木の椅子に腰かけて向かい合ったアランの問いに対し、グレーゴーアは苛立たしげに返してくる。その様子から、アロイスの思想とギースベルト派の思惑は必ずしも一致していない、という事実が透けて見える。


「襲撃班が殿下を確保出来れば、俺達は城へ行こうが行くまいがどっちでもいいんだ…。

 俺達が城に行ければ、襲撃班が俺達を逆賊扱いして追い払う手筈になってる。

 俺達が城に行けなくても、襲撃班があんた達と対立するだけだ。

 あの城が籠城戦に向いてるのは、あんただって分かってるだろ…?」


 どうとも思わずに、ふむ、とアランは相槌を打った。


 ラッフレナンド城は、ラルジュ湖という広大な湖の一角にある小島に建てられた城だ。城下と城を繋ぐ道は正面の石橋のみであり、小島全域を堅牢な城壁が守っている。おまけに、最近魔術システム”ラフ・フォ・エノトス”による城壁の補強も行われており、魔術的にも強度が上がったばかりだ。


 正面から攻め入るとなると、かなり厄介な城塞と言える。ギースベルト派が魔力砲を用意したのは、城壁を破壊して攻め込みやすくする為でもあったのだろう。


 なお正面の石橋以外にも、城へ入る事が出来る道、というものはある。王家に代々伝わる、主に脱出路として作られた隠し通路だが、ラルジュ湖の外から城内へ入れる道も存在している。

 しかし、甲冑を着込んだ兵を多く引き連れて行ける程整備されておらず、そこから攻め入るのはあまり現実的ではない。


「…時に、あの偽者の事は?」

「俺は知らんが、公爵家の召使か何かだろ。だが、いい具合に吹き込まれたみたいだなあ…。王族もどきの振る舞いを見るに、アロイス殿下に成り代わるつもりなのかねえ…」


 疲労に声をらしながらも、グレーゴーアは皮肉げに笑っていた。


 拘束してここまで連行した偽アロイスは、『王族たるオレ様をもっと丁重に扱え!』と周囲に噛みついているという。

 偽アロイスについては、従者はさすがに偽者だと知っていたが、他の多くの兵はその正体を知らされていなかったようだ。グレーゴーアのように内情も知っている者はごく僅かなのだろう。


「あの偽者を玉座に就かせる気はない、と?」

「万が一殿下が城で見つからなかったら、お飾りで置いとくかもしれねえけどなあ。

 だが、さすがにハイデマリー様はくれてやらねえだろ」

「国を奪う為とは言え、ラッフレナンドの血族を汚す程馬鹿ではない、か」


 ハイデマリー=ヴァーグナーは、ギースベルト公爵家の近縁で、ラッフレナンド王家の血筋も引いている令嬢だ。

 アロイスと年齢が近い事に加え、藍色の瞳と金髪という王家特有の容姿も有しており、アロイスが五歳の誕生日を迎えた年に婚約している。アロイスが兵役に就くまでは交流もあり、仲も良好だったようだ。


 現在はギースベルト公爵家に引き取られ、アロイスの妻となるべく花嫁修業に精を出している───というのがヘルムートから得た情報だ。


 大方欲しい情報が出揃ってきた。幻影に睨ませているのもそれなりに疲れるし、アランは最後の質問を投げかけた。


「では最後だ。ギースベルト派は、私の側女をどう見ている?」


 グレーゴーアはその問いかけに対して目を皿にした。しばしアランから顔を逸らし、やおら口の端を歪に吊り上げる。


「………それが最後なのかよ。最初かと思ったんだが、案外冷たいんだな?」


 その嫌味に、アランは足を組み替え、鼻で笑って応えた。


「好きに言うがいいさ。私は順序を間違えていない」

「………ああそうかよ。なら遠慮なく」


 しばしアランの顔を見ていたグレーゴーアだったが、この鉄面皮は崩れないと悟ったようだ。不自由な体で肩を竦め、ニヤニヤしながら口を開いた。


「…あんたの側女は、いの一番に抹殺せよと通達が出てたな。

 胎の子も邪魔。魔術師であるのも邪魔。まず生かしておく理由がない、とさ」

「…城の魔術システムを担っている魔術師を殺すと言うのか?」

「それこそいらねえだろ。ラーゲルクヴィスト家の三男坊がいるんだからよ」

「ああ」


 すっかり忘れていた存在を掘り起こされ、アランは顔を上げた。


 カール=ラーゲルクヴィスト上等兵。

 リーファの師匠である大魔女ターフェアイトに師事し、城の魔術システム”ラフ・フォ・エノトス”の管理の一端を担う男だ。

 ラーゲルクヴィスト家はギースベルト派であり、カール自身もギースベルト派に傾倒している。更に言えば、個人的にアランを嫌っているフシもある。


 リーファは、『魔術に向ける気持ちはとても真摯ですよ』とカールを評価する一方で、『魔術師としては…ちょっとムラがあるんですよね…』と素質と性格の面で問題を挙げていた。


 そんな不安定な魔術師だからこそ、”ラフ・フォ・エノトス”の全権までは預けていないのだが───さすがにそんな裏事情まで、ギースベルト派が理解しているはずもない。カールがいればリーファを殺しても城は回せる、と考えているのだろう。


(まあ、王権を得た事のない野党の考えなど、そんなものか)


 ギースベルト派の楽観的な考えにアランが呆れていると、グレーゴーアは困惑と不満を顔に滲ませた。


「………あんた、こんなとこで悠長にしてていいのか?」

「…うん?」

「カールのやつ、側女に惚れ込んでるだろ。今頃、延命ちらつかせながらベッドでよろしくやってるんじゃねえの?」


 その指摘に、アランは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてしまった。


 カールがギースベルト派としてリーファの前に立ち塞がり、あらゆる手段を用いてリーファを屈服させ、手籠めにする───そうした可能性はあるかもしれない。

 理由はさておき、カールがリーファを押し倒した事もあった。アランとしても、想像出来ない訳ではないが。


 カールの性格、性的嗜好、魔術師としての技量。

 リーファの性分、戦闘能力、彼女を取り巻くグリムリーパーと魔物の存在。

 それらを総合的に考えると───


「………それは、ないな」

「あん?」

「正直私も、側女に向けている彼の感情は測りかねているが───まあ、ないな。ないない」


 魔術勝負ならばリーファが先手を打ってカールを叩きのめすだろうし、グリムリーパーのサイスで魂を刈り取られれば一巻の終わりだ。ついでに言えば、キレたリーファの口八丁なら、カールなど余裕で封殺してしまうだろう。


 どうあがいてもカールが完膚なきまでに叩き潰される未来しか想像出来ず、アランは確信を込めてうなずいてしまった。


「………カールのヤツ、そんなに弱いのか…?いや、あんなナリで、側女が強い…?

 まあ、死んでようが股開いてようが、俺にゃあ関係ねーけどなあ…」


 そんなアランを眺めていたグレーゴーアは、釈然としないながらもげんなりと肩を竦めたのだった。

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